第五章 

01 猫の手も借りたい

 長く停滞していたダンジョン探索に、久しぶりに大きな進展があった。

 リトさん達が発見した八階から九階へ降りるルートによって、探索者はその活動の場をまた一層広げることとなった。


 さらに四階から九階までの直通の昇降機が発見された事で、下層までの移動時間が大幅に短縮された。

 新階層では新たなモンスターも多数発見されているが、同時に新たなアイテムや武具も多数発見されており、街も久しぶりに活気づいている。

 もちろん、その恩恵は僕の店にも波及している。


 新階層発見に、間接的とはいえ僕も関与する形になっていたおかげか、この店も探索者の間でちょっと有名になり、未知のアイテムの鑑定依頼が急造した。噂の出所が出所なので、鑑定屋というより呪い屋という名前の方が圧倒的に有名になってしまっているようだが、仕事がもらえるのであまり文句も言えなくなってしまった。

 街に出て声をかけれられる事も出てきたが、ほぼ九割近い確率で


「よう、呪い屋!」


 という呼ばれ方をするのも、最近では慣れてきたので鑑定屋だと訂正する事もしなくなった。

 実際、仕事の方は普通に未知のアイテムの鑑定が依頼されるし、呪いをかけてくれという依頼が来たこともないので特に支障もない。

 支障と言えば仕事の量が増えすぎてしまったことで睡眠時間がかなり削られることになったのは少し問題かもしれない。

 日中は客が増えた分接客の時間が長くなり、落ち着いて鑑定出来るのは夜になってからという日が多い。おかげで依頼を受けても実際の鑑定まで数日待ってもらっているような状態だ。

 毎日そんな生活を続けても未鑑定アイテムの量は減るどころか少しずつ増えており、店内にどんどん怪しげなアイテムが積まれていく。


 店は狭くなる一方で、色々な雑務も放置されてしまっていて、以前のようなスープの具の量を気にする生活が少し恋しくもなる。

 全くもって猫の手も借りたい程の忙しさで、あっという間に日々が過ぎていく。


 そんなある日の夜、久しぶりにリトさんが訪ねてきてくれた。


「忙しいみたいね。これ差し入れよ。そこの首なし亭で作ってもらってきたから、まだ温かいわよ」

「ありがとうございます。そちらも大変なんじゃないですか」


 籠から出したのは大きなミートパイだった。首なし美人亭の主人の得意料理の一つで、店で食べるだけでなく、リトさんのように持ち帰って食べるという客も多い人気メニューだ。僕もあの店のお気に入りの一つなのだけど、一人で食べるには若干大きい事もあって滅多に頼めず、はがゆい思いをしていた所だ。

 ちょうど仕事のキリも良いところだったので、お茶を淹れて休憩することにした。


「久しぶりね、こうして落ち着いてお茶を飲むのも」

「以前は毎日のようにしてましたからね」

「あれはあれで楽しかったわよね」


 若干遠くを見るような目で懐かしんでいるようだが、たかだか数週間前の出来事ではある。それくらい、お互いに急に忙しくなったという事でもあるのだけど。

 新しい階層が開かれてからは、リトさんも毎日のようにダンジョンへ赴き、鍛錬を続けている。以前のように毎日店に顔を出すという事もなくなり、こうして時折夜に顔を出してくれるくらいになった。

 おかげで常連さんからは彼女に会えずに不満の声が上がっているのだが、そもそもがこの店の人間ではないので、そんな事を言われても困るのだ。


「もうね、なかなか思うように進まないのよ」

「初めての階層なんて、最初の内は大変ですよね。行動範囲がなかなか広がらなくて」

「まあ、ちょっと楽しくはあるけどね」

「知らない事を見つけていくのは、探索者としては一番おいしい所ではありますね」

「そうなの! 今までが完全に後追いだったじゃない?」


 リトさんはまだ探索者になって日が浅い方で、彼女が探索を始めた段階では既に八階までの探索がほとんど終わっていた。下層に降りる方法以外には、ほとんど未知の部分はなかったと言って良い。

 ずっと先人がたどってきた既知の部分をなぞるだけの探索は、彼女にしてみれば少し物足りなかったようだ。


「モンスターは特に今は情報を貯めていく時期なので、リトさんは頼りにされてるんじゃないですか?」

「ふふん、そうね。今は攻略派の中でもモンスター攻略とダンジョン攻略でメンバーを構成してるのよ。もちろん私はモンスター攻略側ね」


 こういう時に変に謙遜しない所が彼女らしい。その分、凄い人の事は心から認めて称賛するので、特に嫌味に感じる事もない。

 

「モンスターの事もあるけど、先輩の探索者と一緒に戦うのって、すっごい勉強になるわ。結構自身あったんだけど、まだまだね、私も」

「レベルの違いが理解出来るならリトさんはまだまだ強くなりますよ」

「奇跡の生還者に言われると悪い気はしないわ。ありがと」


 新しい階層ではまだ道もわからない事が多く、罠も把握出来ていないのでなかなか探索範囲が広がっていかない。

 モンスターも、例の青い巨人を筆頭に今まで見たことのないものが多く、その対応に苦戦しているという。青い巨人ほどではないにしろ、どのモンスターも今までと違って相当な強さなのだそうだ。


 六人で戦ってもギリギリで勝てるような場面では、一人でも戦えないものが出ればその段階で一気に戦力ががた落ちになって崩れていく。そこで何とか勝てたとしても、その後怪我人や死人を運びながらの逃走も難易度が高く、共倒れになってしまう。

 忙しいのは僕らだけでなく、寺院も同様らしい。


「メリトもたまに昼頃顔出して愚痴っていきますよ」

「本当にお世話になっているわ……」

「あまり無理はしないでくださいね」

「わかっているわ。あの一件で十分身に染みたから」


 その後しばらくはミートパイをつつきながらお茶を飲みつつ、お互いの近況を話し合った。僕の方は仕事ばかりで面白い話題もなかったけれど、鑑定したアイテムの話を楽しそうに聞いてくれていた。

 彼女の話は主に新しいモンスターの話で、色々と聞きながら彼女の観察眼の鋭さに驚かされたりもしていた。定石を崩してくる新たなモンスターの戦い方に対しても、上手に機転を利かせて立ち回り、前線で戦いながらも司令塔としての役割も果たしているようだ。

 マリクが、いつか聖騎士に引き入れたいと言っていた事があるが、既にそれだけの資質はあるように思う。


「ちょっと長居しちゃったかしら」

「いえ、丁度良い気分転換になりました」

「まだ続けるの?」

「もう少しだけ」

「無理はしないでね。私はこれでおいとまするわ。おやすみなさい」

「おやすみなさい」


 一人に戻ると、途端に店中が静まりかえる。

 人の移動と灯りの強さは関係がないはずなのに、心なしか暗く、気温が下がったような気さえしてくる。

 お茶を淹れ直して改めて作業に向かう。


 持ち込まれるものはやはり剣が多く、次に指輪などの装飾品が続く。新しい階層で手に入る武器類は呪いよりは特殊な効果を持っている事が多いようだ。まだ人がほとんど入っていないという事もあって、今までと同様の呪いのものはほとんど見当たらない。

 指輪やアミュレットの類いについても同様で、今までに比べても格段に魔法のアイテムの比率が上がっているし、その効果も強力なものが増えている。


 今までのような、人の負の感情が寄り集まって出来たような呪いのアイテムは、しばらくは減るかもしれない。代わりに魔女の悪戯のようなアイテムは、今後も出てくるのではないだろうか。

 それによって僕の仕事が減っていくのだろうか、と一瞬考えてから思い直した。

 うちの店は呪い屋じゃなくて鑑定屋だ。

 入手した本人がわからないアイテムであれば、それを鑑定するのが僕の仕事であり、それが呪われているかどうかは関係ない。

 どうも呪われた人が駆け込んでくる店だという風に自分が一番勘違いしかけている気がする。


 改めて鑑定屋として指輪を見ていくと、これが意外と面倒なのだ。

 指輪の価値の大半はそこに付いている石の値段と言っていい。ルビーやサファイアなどの希少な宝石の、その大きさや色などが価値を大きく左右する。形の悪いものや傷の付いたものなどは価値が大きく下がり、台座の部分はよほど有名な職人の手によるものでもなければ重視されない。

 いわゆる屑宝石を多数まぶしたような指輪は、個々の宝石を鑑別していくのが面倒な割には、あまり高い値が付かない事が多いので労に見合わない。


 宝石の鑑別がその仕事の大半を占める事が剣や鎧などと違う点であり、個人的にあまり楽しくない点でもある。

 さらに宝石はエーテルとの親和性が高いため、ダンジョンにあるような指輪の大半は呪われているか魔法の封じ込められたものだ。慎重に扱わなければ呪われたり力を解放したりして台無しにしてしまう。そのため、鑑別の為に時間をかけた上でエーテルを視るために更に集中しなければならず、体力の消耗が通常より遙かに多い。


 リトさんからの差し入れのおかげで何とかここまで頑張ったが、さすがに限界が近い。意識はすでに体から離れかけているし、手元も怪しくなってきた。

 今視ている指輪の内容がわかったらもうやめにしよう。

 そう思いながら指輪を触っていると、持ったままうとうとしてしまい、うっかり指に通してしまった。


 指輪のサイズはかなり余裕があった。僕の手が小さい事を考慮しても、かなり大きなサイズと言えるだろう。

 おかげで、最初の節までしか通っていなかったのを、慌てて力を入れてしまったせいで逆に根元まですっぽりと、何の抵抗もなく通してしまった。

 そしてその瞬間、エーテルの光は大きく膨れ上がり全身を包み込む。


 僕が昨晩の事について覚えているのは、ここまでだった。

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