04 君の名は

「カルがちょっと前に、西の魔女の話をしただろ?」

「そうだな。一応、近衛騎士には知らせておくべきだろうからな」

「永遠の指輪の話?」

「そうです。街の住人が被害にあっているわけですし。名前がわからないので西の魔女という仮称をそのまま使ってます」

「そうよね。他に名前有るわよね、普通。名乗らなかったのかしら」

「そのようです」


 名前がわからなくても、あれだけ特徴的な姿であれば見ただけで判別出来そうな気がするので多分大丈夫だろう。今までの愚行の女神や西の魔女に関する情報はどれも外見に関する部分が似通っているので、魔法で見た目を変えたりはしていないようだし。


「あっちの国で魔女が出たって話を聞いたんだよ。で、そいつの特徴を聞いてみると、どうもカルの言ってた西の魔女ってのとそっくりでな。魔女ってのは皆そういう外見なのかなとも思ったんだが」

「流石にそれはない」

「呪い屋さんって他に魔女の知り合いとかいるの?」

「いえ、そんなに沢山知っているわけじゃありませんけど、人それぞれですよ。共通しているのは、価値観とか倫理観がだいぶずれているって所でしょうか」

「やっぱり年取ると偏屈になっていくものなのかしら」


 どちらかというと、変化していくのは周囲の方なのかもしれない。

 この百年あまりで武器や甲冑に求められていくものが大きく変化しているのを見ていると、時代の変化というのは我々が想像しているより大きいのではないかと思う事がある。あまりに長い間生きていると、考え方や価値観が、どんどん時代とズレていくものなのだろう。


「それにしても、魔女もそうだけど名前がわからないって、案外不便ね」

「人は名前を付けることで、初めてその存在を認識するという話もありますし」

「この子も名前がわかればいいのだけど……。むしろ名前を付けてあげた方がいいのかしら」

「名前なあ。こいつ、喋らないんだよ」

「十日も一緒にいて?」

「どうやって意思の疎通してたんだ?」

「飯の時くらいしか話しかけないし、話す事もないだろ?」

「あるだろ!」


 流石に三人で突っ込んだ。

 彼女がどこから来たのか、目的は何なのか。

 聞きたいことは山ほどあるし、症状が落ち着いたら彼女からも色々と話を聞こうと思っていたところだった。まさか喋らないとは。


「珍しい髪や目の色だからよ、遠くから連れてこられたんじゃねえかなって思ったんだよ。だとすれば、言いたくない事の一つや二つ、あるんじゃねえかなって。デュマには調べて貰ってるけどな」

「そういうのは、悪くはないと思うけど……無理強いさせるわけにはいかないわね」

「最初は俺だって名前くらい聞いたぜ? でもよ、困った顔して左右に頭振るだけの奴に、それ以上聞くのはな……」


 そういう事は先に言って欲しい。

 美しい金色の髪とオレンジの瞳は、確かにこの辺では全く見かけない。遠い国には珍しい髪や目の色をした人がいるという話はよく聞くし、デュマが囲っている女性にも時折そういう人がいるので、実際そういう事なのだろうという想像は付く。東の果てには美しい真っ黒な髪と、同じ色の美しい瞳を持つ人ばかりの国があるそうだし。


 ベッドで眠る彼女は、今の所は大人しく眠っている。そうはいっても【大癒】でも二十分程度しかもたないので、もう少しすればまた具合を悪くしてしまうのだろう。

 実際、すでにうっすらと汗をかいているようだ。


「回復魔法で【大癒】より強い魔法というと、もう【快癒】くらいしかないと思うんだが」

「そうね……。でも、あれは【大癒】以下の魔法と比べてかなりレベルの違うものだから、かなり効くとは思うわ。次にはそれをかけてみるつもり」

「一度だけかけてもらった事があるわ……。瀕死の状態でも何事もなかったように元に戻ったから本当に驚かされたのをよく覚えてる」

「運が良かったわね。あれを使えるのは街でもそう多くはないの。戦闘中にかけてられないほど詠唱に時間がかかるし、迷宮の中ではあまりお目にかかれないはずよ」


 リトさんは探索者としてのキャリアが浅い割に、そういった特殊な事にはお目にかかりやすいタイプだと思う。始めたきっかけもかなり珍しいものだったし、色々な縁と本人の努力が重なっている。

 こういうのは案外本人はわからないものなので、運が良かったと言われてもピンとこないらしく、へえ、と軽いリアクションしかしなかった。


「あんな魔法使わなきゃならないような事態になっといて運が良いもなにもねえだろ。回復魔法なんざ使われないに超したことはないんだからな」

「そうね……あの時は、ちょっと調子に乗っていた部分もあったと思うわ。探索者になって初めて死を覚悟したし」

「ダルトだって昔は散々お世話になった魔法でしょう」

「いいんだよ、昔の事は!」


 昔の事を知っている人がいる所でのお説教はやりにくい。

 ダルトとメリトと僕は駆け出しの頃から一緒だったので、過去の様々な失敗も色々知られている。そういう失敗の経験を踏まえての訓示であり説得力なのだから、昔の事を引き合いに出すのは勘弁して欲しい。

 という訳で話を逸らす。

 いや、そもそも今の話題がすでに脇に逸れていたので本題に戻すというべきか。


「で、魔女がどうしたんだ」

「迷宮街でこういう魔女がいなかったかって聞かれたんだよ。その特徴がカルの言ってたのと同じだったからいたと思うって答えたんだ」

「そういや最近こっちで彼女の噂聞かなかったな」

「いるだけで噂になるし、何かやらかせば一発で話題になるしねえ」

「何かやらかしたの?」

「さすがに詳しくは教えてくれなかったな。聞き返しても適当に話を濁すし」

「場合によっては国家機密レベルのトラブルかもしれないからな、言わないだろうね」


 西の魔女、存在自体が迷惑というか災害みたいな扱いになってきている気がする。

 僕らが関わったのは最近だけど、迷宮街でも結構前からいて色んなトラブルを起こしていたらしいし。


「結局その話もそれくらいで特に広がりはないんだけどな」

「ないんかい」

「まあ、よその国に行っててくれれば、こっちで何かトラブルが起こらなくなる……かしら」

「どうでしょうね……置き土産とかありそうですけど」


 すでに何らかの布石が敷かれている可能性も否定出来ない。

 本人にその気がなくても変なものをそこらに置いていったら、もうそれだけでトラブルが発生する事は確定する。


「そうはいっても、全く関係ない話ってわけじゃないんだろう? 僕の所に真っ先に連れてきたんだし」

「まあ……確証はないんだけどな」


 そういうと、ダルトは彼女の方へ視線を落とした。見ているのは顔ではなく、腰のあたり。

 ダルトの視線に合わせて目を凝らすと、彼女の左手に強いエーテルの光が見えた。

 もともと全身からエーテルの光が漏れている状態ではあるけれど、それらに比べて左手の光はより一層強い。


「左手に何かあるのか?」

「ああ、視たのか。やっぱり気付くほど違うのか?」

「明らかに左手付近の光だけが強い。そこに強い呪いか魔法がかけられているんじゃないのか」

「多分」

「左手……? うわ、なによこれ」

「どうしたのリトちゃん……あらあら……」


 二人が見つけたものを確認しようと反対側に回ってみると、確かにこれは何らかの効果が出そうなものがあった。

 一般的にはこれも呪いの一種と言えない事もないが、実際にここまで強くエーテルが輝くというのは普通ではない。


「名前も知らないのにこういう事は手早いのね」

「違うって!」

「何が違うのよ。こんなの用途一つしかないじゃない」

「いや、だからな……」


 女性二人に連続でつっこまれ続けてダルトも話がうまく続けられない。

 二人とも実に楽しそうにダルトをいじる。

 言われている側はかなり必死に弁明しようとしているが、こういう場はあまり得意では亡いのか、うまく自分のペースに持って行けていないようだ。

 

「だから最初からついてたんだって」

「そんな言い訳が通じると思ってるの?」

「言い訳じゃねえって」

「どうだか」

「俺がこんなもん買う人間に見えるか?」

「……見えないけど」

「そうだろう!」


 なんとも情けない内容で二人を論破して満足げなダルト。

 それで満足してしまって本当によかったのか。

 逆に、完全に否定されてしまい、予想していた方向に話が転がらなかった二人は不満の表情を隠そうともしない。


 話題の渦中にある彼女の左手。

 彼女の左手の薬指には、銀色の指輪がはめられていた。

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