03 家の前にいた

「まず、例の大規模攻略の時に俺は街を離れていたのは知っているよな」

「仕事だったんでしょ?」

「ああ。ロベルト伯の護衛だった。前から決まっていた事だし、あんな騒動が起こるなんて夢にも思ってなかったしな」

「遠征先で知り合ったの?」

「帰ってきたら家の前にいた」

「ちっともわからんな」


 この街の領主であるロベルト伯が隣国に行く際、近衛騎士が護衛として付き添う事となり、騎士団長であるダルトは当然同行する事になった。

 近衛騎士団は迷宮街の治安や運用に関する事には大体関わるため、重要人物の護衛なども全て近衛騎士が行う。街で何か事件があれば出動するのは近衛騎士なので、住民からも親しまれている。街で騎士を見た、といえば大抵は近衛騎士団のことだ。

 逆に、聖騎士はダンジョンやモンスターに関する事にのみ関与し、戦闘力の高さだけを追求していく傾向が強い。仕事内容からも実際にその活躍を目にする機会は少なく、噂だけが先行して他国で有名になっているのは聖騎士団の方らしい。


「隣国の騎士団長に挨拶にいったら聖騎士じゃない事を残念がられたけどな。あいつらガッチガチの戦闘集団だから俺らみたいに楽しく適当に談笑とかしねえんだけど」


 美しいミスリルの甲冑だとか、儀礼の際に並ぶ真っ白な甲冑だとか、見た目は美しいし強さも各地で話題になる程だが、ダルトの言う通り個々の強さを最優先する戦闘集団なので、あまり交渉ごとだとか政には全く向かないのが聖騎士だ。

 マリクの人当たりの良さは団の中では例外と言って良いくらい、他の人は融通が利かないというか、話が通じない。


「遠征って結局どれくらい行ってたの」

「一週間って所かな。そんなに長くはいなかったんだが、移動だけでもちょっとかかるしな」


 隣国までは移動だけで数日かかる距離がある。とんぼ返りで往復したとしても四日から五日はかかるだろうから、滞在期間が三日程度でも、ダルトの言う通りの期間は留守になる。



「久しぶりに帰ってきたら、俺ん家の扉の前で座り込んでたんだよ。何を言っても喋らないし、帰ろうともしない」

「ダルトもそこで初対面だったの?」

「そうだな。少し話していたら彼女の腹が鳴って、ああ、こいつ腹減ってんだと思って、しょうがないから中に入れて飯を食わせた」

「見ず知らずの人をよく家に入れたわね。そんなの泥棒だったらどうするつもりだったのよ」

「泥棒ならまだしも、命を狙っていたりなんかしたら……」

「大丈夫だろ。大丈夫だったし」

「そりゃあ結果的にはそうかもしれないけど!」

「物を盗るなら留守のウチにやってしまった方が確実だし、殺すつもりならそんな不確かな方法で家に入ろうなんて計画は、少なくとも俺ならやらない。留守のウチにドアノブに毒でも塗っておくかな」


 ダルトは、適当な性格ではあるが、決して愚かな男ではない。普通なら危険な行為だが、彼の言う通りにどちらの計画にも穴が大きい。

 それでも、迷宮街の近衛騎士団長という立場を鑑みて、万が一の事を考えて慎重に行動してほしいところではあるけれど。


「大体、俺ん家に盗むものなんかないぜ?」

「あれ、ダルトの家って武器とか沢山あるんじゃないの?」

「ないぞ」

「ああ、ダルトの家は二つあるんですよ。武具を収めるための家を別に借りてあって」


 ダルトは武具を集める趣味があり、お金が入れば入っただけ買ってしまう。武器だけでなく鎧なども揃えてしまうと場所を取る上、数が増えすぎて家に収まらなくなってしまっているのだ。

 向かいにある家をもう一件借りて、買った物は全てそこに収めている。僕らはその家を武器庫と呼んで時折遊びにいくのだけど、ちょっとした博物館のように並べられた姿は、実に壮観だ。

 武具以外にまったく趣味や興味がない男なので、住んでいる家の方は見事に殺風景で何もない。最近は、一つだけ気に入った武器を家の方の入り口に飾っているらしいが。


「近衛騎士団長だなんていう割には、呪い屋さんのところでいつも金がないって話ばかりするもんだから、ろくなお給金頂いていないのかと思ってたわ」

「それは逆なんですよ。あればあるだけ使っちゃうんです、こいつ」

「探索者時代の蓄えも、もうほとんどないしなあ」

「なんで独身なのかがちょっと理解出来たかもしれない……」


 僕らのパーティはそれなりに有力なメンバーで、最前線で戦っていた事もあって、蓄えも結構あった。きちんと等分で分配していたので、僕がこの店を立ち上げるのに使った額と同等の財産が彼にもあったのは間違いない。その大半が金や宝石ではなく、武器に化けていたというだけで。


「武器庫の中身全部売り払えば、相当な額になるとは思いますけどね。中にはかなり高額なアイテムもあったはずですし」

「売らねえよ?!」

「……まあ、こういう反応する程度には、あり得ない話ですけど」

「結婚相手としてはかなり考えちゃう感じよね……。ねえ、メリトさん?」

「ちょっと、私に振らないで……。二人とも付き合いが長すぎてそういう対象には、ちょっとね」

「マジで答えるのやめてくんね? つうか話の趣旨そこじゃねえだろ」


 そうだった。今考えるべきは彼女の事だった。

 もう少し細かく聞いておかないと何のヒントも得られていないので、遠征時の話を詳しく聞いてみることにしよう。


「遠征に行った時の話、もう少し何かないかな」

「つってもなあ。ずっと領主にくっついて晩餐会出たり狩りに付き添ったり、貴族の方々がお茶してる間に外見てたりとかそんなもんだぜ」

「隣国の晩餐会ってどんな感じなの?」

「どこも大して変わんねえ。海が近いから魚の料理が多いとか、出席者が普通の貴族が多いとかそんなくらいだぜ。俺に音楽の善し悪しはわかんねえし、会場の豪華さだけならウチの街は結構なもんだからな。しかも壁際で領主の動向伺ったりしてるだけだし、飲めるわけでもないし。まだ狩りの方が動ける分マシかな」


 貴族の行う狩りは、娯楽でもあり、ちょっとした演習としての側面もある、大事なイベントだという話である。

 大量の人員や犬などを手配し、作戦を立てて獲物を追い立てるという行為全てが大規模戦闘の演習や模擬戦のようなものなのだそうだ。

 他国の貴族を招いて行われる狩りは、自国の規模や運用の手際の良さを紹介するという目的が少なからずあるらしい。

 招待された側の護衛が大きく狩りに関与するような動きをするわけではないだろうが、晩餐会よりは自由に動き回れるのは間違いないだろう。


「何か面白い事はなかったの?」

「狩った鹿の角が随分立派だったとか?」

「もうちょっと……普段とは違うような事で……」

「あー……。ああ、そういや狩りの最中に、隣国の兵の奴らから変な噂を聞いたぜ」

「そういうのを先に言え!」


 ダルトが女性二人に全力で突っ込まれた。

 大声を上げた途端に女性の具合がまた悪くなってしまったため、あわててメリトが【大治】の魔法をかけ直す。前の魔法をかけてから二十分もかかっていないだろうか。最初にかけていた魔法の効果時間は知らないが、それほど大きな差はないように思う。

 

「うーん……【大治】でもこの程度となると、本当にあまり時間はないわね。ダルトも無駄な事話してないで、早くヒント出しなさい」

「出せって言われて出るもんじゃねえだろ。こっちはこいつの名前すらわからねえってのに」

「やっぱり名前もわからないのか。それすらわからないで一緒に暮らしてたのか?」

「暮らしてるっていったって、十日くらいだぜ。会話もないし」

「……十日も何して暮らしてたの?」

「最初は俺が飯を作ってやってたんだが、二・三日見てたら覚えたらしくて、そこからずっと飯作ってくれるようになった。朝は俺が仕事に出て行って、夜に帰ると飯作って待っててくれる」

「あとは?」

「俺が鍛錬してるの黙って見てて、あとは寝てるだけかな」

「それを十日ほど?」


 黙って頷くダルトに、落胆の表情を隠さない女性二人。

 憮然とした表情の女性二人を見ても、何が彼女らの機嫌を損ねたのか全く理解出来ないダルトはダルトで首を傾げる。


「……まあ、いいか。で、噂って何だったの?」

「それなんだけどよ、西の魔女って、前に話してたことあったよな?」


 突然出てきた単語に、僕とリトさんの表情が強ばる。

 その、あまりにも不穏な名前の登場に、場の空気すら一瞬で変わってしまい、黙ってダルトの次の言葉を待った。


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