02 高飛車少女は甲冑を脱ぎたかった

「さーて、今日はもうおしまいにするかな……」


 平穏な日々。

 何件かの鑑定の依頼をこなし、そろそろ日も暮れそうな時間。

 近所でシチューを煮込む匂いがかすかに漂い始め、一仕事終えた男達が家路につく頃。


 ダンジョンでも最近は特に大きな動きもなく、持ち込まれるアイテムにこれといって珍しいものも、厄介な呪いのかかったアイテムもあまり見当たらなくなっていた。

 探索者が新たな階層に降りていけるようになれば忙しくなるのだろうが、まだそういう噂は聞こえてこない。

 今日はもう客の入りがなくなってしまい、腹も空いてきたことなので、少し早いが店じまいをしてしまおうと思った矢先に後ろから不意に声をかけられた。


「呪いを解いてくれる店って、ここ?」

「いやいや、ウチは鑑定屋で……うわ」


 振り向いた時に立っていたのは、実に見事な板金鎧の塊であった。


 青く輝き、全身を覆う鋼の板。

 左右対称に作られたデザインや、特徴的な足先の形、サーレットと呼ばれる兜のデザインなどから、百年近く前に作られたものだと思われる。


 最近では普通に作られる首鎧がなく、顎当ての部品が胸当てから伸びているのが大きな違いで、防御性能は多少劣る分、首回りの動きの自由度は高く、ダンジョンでモンスター相手に戦うなら、こちらの方が向いていると評価する探索者もいる。


 全身青み付けされた上で鍍金による美しい模様が随所に書き込まれ、実用性だけでなく装飾品としてもかなりの価値がありそうで、出来ればこういうものは家で飾っておいて欲しいと思ってしまう。

 古いとはいえよく手入れされていて、詳しく知らない人がいれば、せいぜい十年やそこらのちょっと使い込んだ甲冑にしか見えないだろう。


「ちょっと?」

「あ、すみません、つい見入ってしまいました」


 近年ではあまり見る事のないものだったため、まじまじと観察してしまった。

 改めて声をかけられて気付いたが、甲冑を着ているのは女性のようだ。甲冑のせいでくぐもった声になっているが、その声は間違いなく女性の、それもかなり若い方だ。

 やけに鼻をくすぐる香水の匂いも、若い女性が好むタイプだ。ちょっと付け過ぎな気がするが。


 これだけの見事な甲冑を、アンダーとしてチェインメイルと合わせて着て動けるのだから、結構な体力の持ち主だと思う。

 もっとも、街中を歩くのにフル装備で……というのは心配性とかそういうレベルではない気がするのだが……。


「リトよ。よろしく」

「カルフォです。鑑定屋です」


「ここ、呪い屋さんでしょ?」

「いや、ウチは呪いのアイテムを鑑定するところであってですね……」


 ウチはあくまで普通の鑑定屋だ。

 ただ、呪いのアイテムを鑑定するのが得意というだけで。

 という訳で呪いを解く店ではないのだけど、評判が広まるにつれて「呪いのアイテム専門の鑑定士」から「呪いのアイテム屋」とか「呪いを解く店」とか、ひどいのになるとこの女性のように「呪い屋」とか呼ばれたりしてしまっている。最後のに至っては完全に店の趣旨が逆だ。

 何故か呪いをかけてくれという客は来たことがないので、それなりに理解はされているようだけど。


「呪い、解いて欲しいんだけど!」



 ウチに呪いを解きに来たらしいフルアーマー女子の人は、勧めた椅子に座っても兜を外す事もなく、店に入って来た時と全く同じ姿のままそこにいた。

 確かにその甲冑は馬上用なので脱がなくても椅子に座れるんですけどね。

 馬上用の甲冑は、お尻からふくらはぎまでほとんど鎧がカバーしてくれないという特徴があり、チェインメイルなどのアンダーでカバーするとしても、探索者がダンジョン探索で使うには多少不利な構造といえる。


「呪われてしまった、というのは、どういうアイテムで」


 世の中、いろんな人がいる。

 服を着たがらない人だっているし、人前で脱ぎたがる人だってたまにいる。

 甲冑を脱ぎたがらない人がいたって不思議ではないだろう。

 無理矢理そうやって自分を納得させて、甲冑姿についてはとりあえず放っておくことにした。珍しいものが見られて僕も嬉しかったし。


「これよ、これ」

 これといいつつ何か差し出してくる訳でもなく、姿勢を変える訳でもなく。

 思い付いたように自分自身を指差しているが、そりゃあ呪われたのはあなたでしょうとしか……。

 いや、まて。


「その甲冑が?」

「そっ」


 頷くフルアーマーガールを見ながら、思わず深いため息をついてしまった。


「え、何か問題でも?」

「ああ、いやすみません。少し難しい仕事になりそうだなと思いまして」


 呪いのアイテムの鑑定ではなく、呪われた状態でのアイテムの鑑定と、おそらくは解呪の依頼。

 しかも鎧の呪いは武器より強い事が多い。

 一番面倒なタイプの仕事だ……。


 呪いというのは布にしみこんだ複雑な染みのようなもので、染みの種類を全て調べてそれぞれに適切な処置を、適切な順序でやらなければ完全に綺麗にする事が出来ない。

 場合によっては途中で何もかも受け付けなくなってしまい、永遠に消せなくなってしまったり、染みが広がったりと悪化する事もあり得る。


 使用時間の長い鎧の類いは、この染みの種類が特に複雑に入り組みやすいため、調査だけでも時間がかかるし、解呪そのものも手間がかかる。

 鑑定屋を始めたばかりの頃は、鎧に関してだけは手を出さないようにしていた。

 正直に言えば、今でも手を出したくない。

 そうは言っても目の前に呪われた人に頼まれれば、さすがに投げ指すわけにもいかないだろう。


 状況を見るに、恐らくは彼女から甲冑が外せなくなっているのだろう。それ以外にも何らかの効果があるとすると、解除のための因果の確認だけでも骨が折れそうだ。

 外せない甲冑では裏側を見ることも出来ないし、革部分なども細かく見るのが難しい。


「とりあえず、甲冑を見させて頂きますがよろしいですか」

「まあ、いいけど」

「じゃあ、まっすぐ立っていただけますか」

「ん……」

「で、腕を横にまっすぐ上げて。すこし辛いかもしれませんが、すぐ済ませますから。まずは右手を」

「こう、かしら……」


 甲冑が外せない以上は外見だけでもしっかり調べなければならない。

 当時品であるのか、それとも後年作られたものであるのか、色々と知っておきたい。


「ね、ねえ」

 やはり思った通り貴重な品だった。

 ベースはやはり百年前に作られたもののようだ。ほとんど傷らしい傷がないので、保存状態も大変良い。一部に、修繕の跡が見受けられるが、板の厚みや筋の入れ方などは当時の技術によるもので間違いないだろう。何しろ今時このデザインにするメリットはあまりない。

 板金技術については新しい方が確実に高いので、古いデザインを再現する場合にも、より効率的な作り方が出来てしまうものだ。


 本当に貴重な品で、出来ればあまり使わずに保管しておいて欲しいと思ってしまう位だ。

 矯めつ眇めつ眺め続けていると、

「ちょっと!」

 いきなり大声を出されて驚いてしまった。


「ど、どうしましたか?」

「……あんまり触らないで欲しいんだけど!」

「あああ、すみません! つい夢中になって触ってしまいました!」


 どうにも言い逃れの出来ない謝罪の仕方をしてしまった。

 夢中になったのはあくまで甲冑であって中の人に興味があったわけではないのだけど、それはそれで相手に失礼な気がする。

 あくまで仕事です、仕事。


「とても貴重で、素晴らしい甲冑だったものですから、つい」

「鑑定屋さんみたいな事言うのね」

「ウチは鑑定屋ですよ」

「そうだったかしら」

 何度も言うが当店は鑑定屋であって拝み屋の類いではない。


「甲冑についてはよくわかりました」

「呪いについては……?」

「……」

「ちょっと?」

「まずは呪われた経緯を伺いたいのですが」


 呪いのことについては、完全に忘れて甲冑を見ていたとはとても言えないので誤魔化した。


「家にあったのよ、これ」

「随分昔からあったのではないですか?」

「そうね……曾祖父の代からずっとあったらしいわ」


 曾祖父の代からこの街に住んでいて、こんな見事な甲冑があるとなると結構良い所の家なのではないだろうか。

 迷宮街と呼ばれるようになってから探索者相手の商売を始めて当たった人は多いが、今でも代々暮らしている名家となるとそう多いものではない。


「倉庫の奥にあったのよね。で、触れてみたらバーッと体にまとわりついてきて」

「自動で甲冑が体に?」

「そう。もう最悪。試しに着てみようかと思っただけなのに!」

「それは……凄いですね」

「しかもそれから脱げないのよ! どうなってるのよ!」


 あ、いや、自動で甲冑が着られるのが凄いなと思ったのだけど、まあ黙っておこう。

 通常、こういった全身を覆う甲冑は一人では着脱出来ない。

 こんなものをしつらえる事が出来る人というのは従者がいるような階層の人間なので、そういう人間に手伝って貰うわけだ。もちろん戦場にだって連れて行く。


「試しにという割にはアンダーの装備がしっかりしてますね」

「当たり前じゃない。ドレスの上に甲冑を付ける阿呆がいて?」


 興味本位で触れるだけならドレス姿でも十分あり得る話で。キルト地の厚手の服やチェインメイルまで用意した上で触れるというのも用意し過ぎな気がするけど。


「ああ、もともと着てみるつもりだったんですね」

「そうよ。下僕と一緒にね。まさか下僕の仕事が要らなくなるとは思わなかったけど」

 下僕がいるあたり、やはり裕福な家のようだ。恐らくは街の中心部に住んでいる人たちだろう。


「もうずっと脱げないんですか」

「色々試したのだけれど、どうにもならなかったわ。もう四日になるかしら……」

 今時の女性が四日も甲冑を付けたままでいるというのは、かなりの負荷がかかるのではないだろうか。香水の香りが強めなのは、彼女の精一杯の配慮なのかもしれない。


「とにかく、調べてみましょうか」

「え、なんかこう、呪いを解く魔法みたいなのがあるんじゃないの」

「着用したままではどんな影響があるかわかりませんし、ある程度呪いの種類やその理由などもわかっておいた方が良いんです」

「ああ、そうなの……」


 とにかく早く甲冑を外したいのだろう。甲冑越しのくぐもった声でも、その失望感が伝わってきた。

 そもそも僕は魔法が使えないのだけど。


「……どう?」

「うーん……」

 改めてエーテルを視る為に目を凝らす。

 通常の甲冑と違って全体的にエーテルがまとわりついている。ほとんど魔法の鎧と同じくらいの量で、これなら自動で体に装着されたというのも頷ける。留め具の辺りにより強いエーテルの輝きが見えるのは、動作が複雑な部分だからだろうか。


 エーテルの光の色を視るに、あまり負の感情を感じられないのがひっかかる。

 これほどまでに強烈な効果を引き出す想いが、ちょっとした善意で引き出せるものだろうか。家にあったという事からも、着用者の無念だとかそういうものではないだろうし、どうにも想像が付かない。


「実にわかりにくいというか、難しいですね」

「ちょっと、何とかならないの?」

「いや、何とかしますとも」

「お願いね!」


 何とかするとか言ってみたものの、実に厄介だ。

 エーテルの輝きの強い所を中心に改めて見て回る。

 一番輝きの強い所をさらに詳しく見ていけば、予想通り複雑な文様が重なり、絡み、何層にもなっていた。どうにか意味のある言葉を探そうと目を凝らすと、いくつか関係しそうな言葉が見えて来た。


「孫……子孫、かな……。あとは……守護、女性……。探索者……? あとは……、なんだ、これ……?」


 光の中に、一人の老人の姿が見えた。


 強い想いによってエーテルが影響するほどの、つまり呪いが発生するほどになると、そこに記憶が埋め込まれる事がある。エーテルの光が見える人なら、この姿も見ることが出来る。

 例えば持ち主が最後に見た敵の姿だったり、逆に一番恩義を感じている人の姿だったり。

 この老人が一体どっちなのかはわからないが、とても穏やかな表情のようだ。

 使われた形跡もほとんどないこの甲冑で見える人の姿といえば、制作した人の可能性が高いだろう。


「何かあったの?」

「あ、いえ。大したことではないですが、少し見えてきたような気がします」

「そう……!」

「とりあえず、リトさんの家に行ってみたいのですが」

「案外大胆ね、貴方……」

「いやその、おいてあった場所にも何かヒントがあるのではないかと思いまして」

「ふうん……まあいいわ。早く解決してほしいし。明日にでも来てちょうだい。住所は……」

 聞き取った住所は、予想通り街の中心部だった。

「では、明日の昼に伺います」

「頼りにしてるわ」

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