第一章 脱げない甲冑と高飛車少女

01 呪いのアイテム鑑定します

 迷宮街の外れの方にある、小さな店。特に看板は出していないが、ここが僕の住居兼店舗だ。


 中に入ると、狭い部屋の中に所狭しと武器や防具が並べられ、真ん中のテーブルには薬品やアイテムの類いが乱雑に置かれている。

 どれも新品には見えない上に、置かれ方もあまり法則性が見えない。なにしろ適当に、崩れない事だけを念頭にして置いているからだ。置いた本人が言うんだから間違いない。

 一見するとアイテム屋だとか武器屋の類いのようだが、実際にはここはアイテムの鑑定屋だ。

 奥のカウンターでは、今まさに客の持ち込んだ長剣を鑑定している最中だった。


「これは、呪われてますね……。うっかり鞘から引き抜いていたら大変な事になってました」

「ああ、やっぱりそうでしたか……」


 呪いのアイテムが効力を発揮する条件は様々で、特に武器は慎重に扱わなければならない。

 鞘から取り出すという動作のある剣などは比較的わかりやすいが、メイスや槍などの鞘がない武器は厄介だ。

 単に柄を握っただけで発動するものもあれば、何かを強く叩くなど、実際に使ってみるまで発動しないものがあったりもする。持ってみて何事もなかったために安心して持ち歩いていて、戦闘開始直後に呪われていては洒落にならない。


 鎧は逆に身につけなければほとんど呪われる事もないので、そういう心配は少ないのだけど、武器など他のアイテムに比べて呪いが強い傾向にある。

 そういう訳で、鎧の呪いに一度囚われてしまった人を解除するのは他と比べて難しくなる。


「呪いについての詳細は改めて調べなければわかりませんが、おそらくは持ち主を凶暴化してしまうような、そういった類いの呪いのようですね」

「はあ……。何となく嫌な予感がしたので持ち込んだんですけど、本当に見て貰って良かった……。それにしても見ただけでわかるものなんですか」

「まあ、そこは専門家ですから」


 最初に怪しいと感じたのは、柄のデザインと鞘のデザインのラインに年代のズレがあった事だった。鍔から柄頭にかけて施された細かい装飾は、蔦が絡まるように複雑に入り組んだもので、大体百年前に流行したものだ。


 その辺りで一時期平和な時代があったらしく、その頃に作られた武器は実用性よりも装飾に凝ったものが多い。青み付けや鍍金による装飾などもこの頃に流行した。中にはその模様の中に自分のサインや型番、通し番号を隠し入れたりする人もいたという。

 もっとも、この流行も実に短い期間で終わってしまい、装飾の少ない実直なデザインが主流になってしまうので、平和も長続きはしなかったようだ。


 今は迷宮街と呼ばれるこの街も、昔は鍛冶の街と呼ばれていた事があったらしい。街の中心部に家を構える階級の人の中には高名な鍛冶屋とか武器商人とか、そういった類いの家系が多いと聞く。

 もちろん迷宮街となった今でも武器や鎧の需要は高く、この店から少し歩けばカンカンと鉄を叩く音が四六時中聞こえてくるような通りも存在する。


 翻って鞘を見ると、こちらも似たようなデザインに見えるが、モチーフとなる植物が違っており、絡ませ方も幾分単調だ。十年ほど前、昔のデザインを復刻するような流行があり、その時に作られたものだと思われる。

 剣と鞘の年代が違うことで、普通に保管されていたものではないだろうとアタリをつけて調べてみれば、刀身にエーテルが集中している事がわかったので、そこから解明していったのだった。


 呪いのアイテムも魔法のアイテムも、エーテルが強く作用しているという点では同じようなものだ。

 エーテルというのは、この世界における魔法の力の根源となる目に見えない物質で、世界中に普遍的に存在している。


 これが実際にはどういうものなのか、というのは今のところはよくわかっていないのだけど、とにかく魔法の発動に関して必要な物質であることだけはわかっている。

 高名な魔術師が言うには、人の願いや想いといったものに反応するらしい。呪文というのは人の感情や願いを効率よくエーテルに読み込ませるための「公式」なのだそうだ。

 強い願いや想いといった感情に反応するという事は、負の感情にも反応してしまうわけで、前の持ち主が強い負の思いを持って手放すことになった場合などに、そのアイテムには呪いが付与されるのだ。


 前述した、鎧の方が呪いが強いというのはここに起因する。武器と比べて使用時間が極めて長いため、着用者の想いが強く残りやすいのだろう。

 ただし迷宮に落ちている鎧の多くは大きな傷がついていたり、留め具などの革部分が腐っていたりとそのまま使える状態のものは多くない上に、サイズの問題もあるために鎧に呪われるという人は滅多にいない。


 鎧の方が傷が多いというのは、まあ説明するまでもないとは思うが、志半ばで倒れた探索者が着用していた鎧に傷一つないということはまずあり得ないという、それだけの話だ。

 もちろん、誰かが大事にしまっておいたものであればその限りではないし、世の中例外というのは往々にして存在する。


 話が逸れた。

 呪文という「公式」の存在する魔法と違い、呪いは複雑な人間の想いを汲み取って効果を発揮するため、その効果や発動条件を読み取ることがとても難しい。

 僕はその見えないエーテルを「視る」事が出来る人間なので、普通の鑑定屋よりも確実に呪いや魔法のアイテムを識別することが出来る。


 意識して目をこらせば、エーテルの流れが光のようなもので見えてくる。

 エーテルの光は、さらに良く見ると複雑な文様のリボンが絡まっているように見える。描かれている文様一つ一つが意味のある呪言であり、それを読み解く事でそこにかけられた魔法や呪いを解読する事が出来る。

 光が強い場所と言うのは、この呪言のリボンが多数重なり、絡まっている状態というのが一番近い状態だと思う。


 普通の魔法であれば、理路整然と並べられた呪文という言葉が連なるため、読み進める事でその効果を理解する事は比較的容易いのだけど、呪いなどの自然に発生したものは、色々な言葉が出鱈目な方向に連なり、さらにそれが何重にも重なる為に普通に読み取れない。強い作用を起こすもの程この複雑さと重複度合いが増していくため、単語を拾っていくだけでも時間がかかる。


 極まれに、光の中に何らかの映像が浮かび上がってくる事があるが、かなり強い想いが集中している時にだけ出てくるらしい。

 らしい、というのはこの能力を持った人間はとても珍しく、この街では僕以外には存在しないので正確にはどういうものなのか聞いたことがないからだ。

 探索者相手の大きな商会があるにも関わらず、こうして鑑定だけで食っていけるというのは、その能力に寄るところが大きい。


「前の持ち主も、その前の持ち主も、志半ばで倒れてきたようですね。たくさんの無念が積み重なって、呪いに変質してしまったようで」

「そんなにたくさんの人が使ってきたんですか、これ」

「鞘が新しいのでわかりにくいのですが、剣本体は百年近く前のものですね。この頃は鍛冶技術も大変高く、手入れの仕方によっては十分今でも使えると思います。装飾も美しいですしね」

「ものは良いんですね……」

「剣の中子には当時有名だった刀鍛冶の銘が彫られていました。鞘が揃っていれば結構な値段で取引されたでしょう」


 中子というのは刀身の根元にあたる部分で、鍔を貫いて握りの部分に入り込み、刀身を固定する役割を持つ部分の事を言う。

 わざわざ分解しなければわからない部分だが、ここに銘を彫る人がいたりする。

 刀身の意匠に銘が邪魔になる事も多いために取られる措置だが、たまにこれを見て奥ゆかしい人物だったのだろうと解釈する人がいる。

 何人か中子に銘を彫る刀匠を知っているが、案外そうでもない。


「このタイプのものは寺院で祓ってもらう事で解呪出来るはずです。お使いにならないようであればこちらでこのまま引き取りますが」

「いや、前の持ち主の無念を晴らしてやれればと思います。解呪してもらって使おうと思います」

「それでは、紹介状を書きますので、寺院に渡してもらえればすぐに解呪してもらえると思います」

 不安そうな表情で入ってきた依頼主は、返された長剣を眺めてから、強い決意を持って部屋を出て行った。

「ご武運を」


 呪いを解く方法はいくつかあるが、一番簡単なのはエーテルに記録された呪言を読み解き、適切な言葉でそれらを「説得」してやる方法だ。


 呪文で構成された呪いは、これがわかりやすく記録されているために、読み解けてしまえば比較的簡単に説得して解呪出来る。エーテルを直視出来なくても、呪文がどういうものかわかれば、そこから呪言を解析、または予想して解呪出来る。


 しかし想いが連なった呪いは、文章の構造がバラバラなのでエーテルを直視した上で、内容を完全に把握していないと説得できない。何しろ単語の順序も文章の構造も前後がわからない状態なのだ。読み方を間違えれば意味が真逆になってしまう事もありうる。

 今回の剣の呪いは、比較的単純とはいえ呪文によるものではないため、紹介状を書いて状況や呪言の説明をしておいた。これで寺院でも解呪が問題なく出来るだろう。


 僕自身は魔法が使えず解呪も出来ないので、こういう時は寺院に頼るしかないのだ。

 という訳で、呪いのアイテムの鑑定は、鑑定料と紹介手数料を少し頂くことで僕の仕事は終了となる。


 今日の依頼のように簡単なものであればその日のうちに終わるが、鑑定のために呪いの原因を追及する必要があったり、すでに呪われてしまっていたりすると厄介で、数日を要することがある。

 あくまで鑑定屋なので、そういう仕事が飛び込んできてしまうと、結構割に合わない。

 ただ、どういう訳かそういう客が多いのがウチの店の特徴でもあったりする。


 数日後にやってきた客は、まさにそんな「割に合わない客」だった。




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