10 二度目の光景

 大規模なダンジョン攻略は、全員の帰還をもって終了した。

 予想外の事態は発生したものの、死者なしというのは十分な成果と言えるのではないだろうか。

 もっとも、成果とかそういう事は、正直言ってどうでも良かった。

 聖騎士に抱きしめられて、安堵の表情を見せたこの少女が今ここにいる事の方が、よほど重要だった。


「なんだか、見覚えのある光景ね、これ」

「わたしもー」

「……他の皆は」

「大丈夫よ。寺院に連れて行ったし、重傷の人はいなかったわ」

「……よかった」


 戦わなくて良かった事を認識した瞬間よりも、仲間が無事であった事を認識した時の方が、安堵のため息が深かった。

 彼女はそういう人だ。


「何があったのか、教えてもらえますか」

「カル、もうちょっと落ち着いてからの方が……」

「ううん、平気よ。むしろ誰かに話したくて仕方がないわ!」


 彼女はそういう人だ。

 そうはいってもすぐに長話が出来る程回復している訳でもない。言葉だけは強気だが、言った側から咳き込んでいる。顔色も、まだまだ悪い。

 水や果物で喉を潤してから、ゆっくりと話し始めた。


「八階までは、順調だったわ。人数も多かったし、特に手こずる相手もいなかったし」

「揺れがあった時にはもう八階だったの?」

「降りた直後くらいだったと思うわ。一部の人が大崩壊経験者だったから、凄く動揺してて。しばらく様子を見てたけど、特に何もなかったからすぐに探索は再開したの」


 一番懸念していたのが、大崩壊と同じような事が、あの揺れで起きてしまったのではないかという事だった。

 幸いにしてそのような事はなかったようだが、しかしそうなると大崩壊でもないのに致命的なトラブルが発生したという事になって、あれだけのメンバーで起こりうるものなのか、と気になってしまう。


「八階で何があったんだ? 確かあの階層で罠らしきものは大体網羅したんじゃなかったか」

「二つ、残っていたの。どっちも引っかかっちゃった」

「発端から聞かせてもらえますか?」

「そこはね、簡単。揺れに動揺した盗賊の人が罠の解除に失敗しちゃったの」

「今更どんな罠があったんですか」

「通路の奥に隠し扉を見つけて、その中に宝箱があったの」


 宝箱というのはダンジョン内に置かれている箱の総称で、素材もデザインも統一されている訳ではない。大抵は木製で金属の補強と大仰な鍵がかかっている。誰が置いているのか、中身は誰が入れているのか謎だが、大量の金貨やアイテムが入っている事が多い。

 ちなみに武器や防具の類いは大抵そのまま床に落ちている。理由はその殆どが中古品だからだ。強制的に中古品という存在に「なってしまう」ため、箱にいちいち入っていない。余計な部分は、掃除屋が片付けてくれている。

 極まれに箱に入れられた武器や防具も存在するが、それらは本当に特殊なものである事が多いので、ちゃんと鑑定した方が良いだろう。


 宝箱には大抵何らかの罠がしかけられており、何も知らないで開けた者には制裁が与えられる。罠の種類は様々で、毒針が飛び出してきて開けた物に毒を注入するようなものから、爆発して全員に被害を及ぼすものなどがあり、酷いものになると強制的にどこかへ転移させてしまうものもある。この罠で石の中に閉じ込められてしまうと、もう助ける術はない。


「どんな罠だったんですか」

「アラームみたいなものだったらしいんだけど、出てきたのが見たこともない巨人だったのよ」

「アラームって普通は近くのモンスター呼び寄せる罠よね。すっごい音が鳴る……」

「今回に関しては、どうも召喚されたらしいのね。突然皆の真ん中に現れたせいで慌てちゃって総崩れで、戦う体制を整える前にどんどんやられていっちゃって……」

「聞きたいことは山ほどあるんですけど、とりあえず巨人ってどんな奴だったんですか」


 体勢が整わない状態で、隊列も揃えられずに集団の真ん中に現れたというのは、さすがに対処しきれなくても仕方がないかもしれない。それが見たこともないモンスターであれば、なおさら対抗策も知らずにやられてしまう可能性は高い。


「巨人はね、青い体で、大きな角が……こう、ひつじみたいになってて。あとドラゴンみたいな羽が付いてるの。こめかみの辺りからも角が伸びてたかな」

「なにそれ」

「気持ち悪っ! 身長は、巨人ってくらいだし高いのね?」

「姿勢が悪くて少しかがんだ状態で天井まで届きそうだったから、三メートル以上あったと思うわ。爪で盾を軽々と引きちぎるし、挙げ句【大凍】まで使うのよ! 戦闘の始まった場所が場所だけに、僧侶や魔法使いから倒れていって……」

「想像を絶するものがあるな……」

「しかも仲間を召喚したわ」

「絶望の底にまだ蓋があったのか」


 目の前に見たこともない巨人が突如現れて暴れ出したら冷静に対応出来るだろうか。隊列の真ん中に、ともすれば武器も仕舞っているかもしれない状況の中で現れたとしたら。

 ここまでの説明はマウジに聞いた話とほぼ合致する。マウジの説明の方が若干マイルドというか絶望の度合いが低い気がするのは、あまりに悪い事が連続しすぎていて作り話だと思われないように配慮でもしたのだろうか。

 実際に、これがリトさんの口からの説明でなければ失敗を誤魔化すために話を盛っているのではないかと疑う所だ。あまりに状況が悪すぎる。


「私達のパーティは少し離れて別なことを調べていたから、他の人たちより体勢が整っていたの。慌てて巨人に向かっていって、皆から引き離すことにしたのよ」

「勝機はあったんですか」

「……なかったわ。なかったというか、そんな事を考えてる余裕すらなかったわ。次々に探索者の人たちが蹂躙されていく状況で、呪い屋さんなら何もしないでいられる?」


 そういう質問は、ずるい。

 周りの人たちも苦笑いするしかないようで。


「こうして、今リトちゃんを囲んでいるという事が、その答えだと思うわ」

「……そうね。とにかく巨人の前に立って、周囲の人には体勢整えて助けに来てくれってお願いして、後ろに引っ張っていったの。私達が調べていた小路の方へ」

「覚悟のある者が通れるとかいう、あれか」

「そう、それ。意外な罠というか仕掛けだったわ。なんで誰も気付かなかったのかなってくらい」

「そんなの八階にあったのか」


 以前マウジのパーティの盗賊の人から聞いた話だ。小路の奥に「覚悟のある者だけが、通る事を許される」と書かれたプレートが貼られているという。特に何か仕掛けがあるわけでもなく、行き止まりなのでこれまで誰も気にしていなかったらしい。


「ああ、そういえば聞いたことがあるなあ。何人も調べたけど、結局何も見つからなかったって」

「あそこは、別に難しい事じゃなかったのよね。六人揃ってプレートの前に立つだけでよかったのよ」

「それだけかよ!」

「罠を警戒して一人だけで調べるからわからなかったのよね。行き止まりにわざわざ六人揃って立つ事なんてないものね」

「確かに……」

「そういう訳で、青色の巨人と共に地下に落下したわ」

「本当に蓋だった!」


 実際の所、六人である事以外にも何か条件が存在する可能性は高いが、しかしこれで九階への移動方法がようやく発見された。


「落ちた先で何とか巨人を倒して、さまよってたら昇降機が見つかったから中に入ったの。で、次に扉が開いたらマリクさんがいたのよ。おしまい」

「最後突然雑になったな」

「どうやって巨人倒したんですか」

「昇降機どうやって動かしたのー?」

「昇降機までどれくらい歩いた?」

「他に敵は出なかったー?」


 突如説明が雑になって一言で終わってしまったので質問が殺到した。当然といえば当然だが、一番気になる部分がおざなりにされてしまってはこちらも困る。今までの話だけでも、今後の攻略に関して重要な情報が山ほど混じっていた。ちゃんと聞けばさらに有意義なものになっていくだろう。

 しかし、リトさんの表情は、次々飛んでくる質問にどう返答したものか困っているという雰囲気だ。


「……記憶があまり残ってませんか?」

「そうね。必死に戦った事は覚えてるけど、その後はもう、気がついたらマリクさんの顔があったくらいまで飛んでるわ」

「そんなにきつかったのねー」

「巨人がとにかく強くて。三体のうち二体倒した段階でこっちのパーティは魔法が弾切れ。まともに動けるのが私しかいなくなっちゃって、もう最後の一体はどうやって倒したのか全然覚えてないわ」


 一人で巨人を倒せたというのか。

 魔法による加護もなしに、たった一人で。

 忍者ならば、その独自の暗殺術で首を切り落として一瞬で殺害する方法があるが、そういった特技もない彼女が、己の剣術のみで倒したというのは、にわかには信じがたい。

 しかし現に彼女はこうして全員を無事に昇降機まで連れて行った。


「一人で、よく戦いましたね……」

「だって他にいなかったんだもの」

「また随分こともなげに言いますね」

「どうやって勝ったのか覚えてないしね」

「本当に凄いよー。初めての敵で何の情報もないのに戦うのってー、本当に大変だものー」

「そうね。【大盾】の加護もなかったとしたら、本当に凄いことだわ」


 先輩達に褒められて、さすがに悪い気はしないらしい。ちょっと照れくさそうに笑っていた。

 しかし、マリクの次の一言で表情が凍り付いた。


「リトちゃんはー、本当にカルにそっくりだよねー」


 全員がマリクに顔を向ける。

 そして黙る。


「……どの辺が?」

「んー、なんていうかー、自分より他人を大事にする所とかー」

「そうだねえ。大体同じような事いうのよね、二人って」

「同じ事?」

「他にいないでしょうって。いないからって自分が率先して行動する所も含めて同じよね」

「あとねー、自分を大事にしない所ー」


 リトさんがさっきその言葉を口にしていたのは覚えているけれど、自分がそういう事を言っていたかどうかは覚えていない。

 それは、なんというか自分の中では当たり前のことであって、ことさら口にする事とか、意識するような事でもないと思うのだけど。


「大崩壊の時にー、カルがやってた事と同じ事してるよねー」

「それそれ。私も思った」

「そうか?」

「そういえば、その時のこと、いつか聞かせてくれるって言ってたわよね」

「そうでしたね……」

「大崩壊のこと……聞かせてくれる?」

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