02 詐欺の教材
店に入ってきたのは、年の頃ならリトさんと大して変わらなさそうな、若い女性だった。
萌黄色のローブを着て、長い栗色の髪を後ろで編み込んでいる。
「あの、呪われちゃって……」
「あ、はい」
「はい、じゃないでしょ」
飛び込んできて開口一番呪われたと宣言されて、その後の静寂を経て改めて呪われたと繰り返されて。
実に返答に困る。
「そういう事なら寺院の方へ行かれた方が」
「ここって呪いのお店じゃないんですか?」
名前の原型とどめてなさすぎだろう。
「あのね、ここは道具や武具を鑑定するお店だから。呪われた人の駆け込み寺じゃないから」
「そ、そうだったんですか」
「そうなんですねー」
「なんであんたまで乗っかるのよ」
何故でしょうね。
まあ、何故か知らないうちに呪いのアイテム専門店みたいな扱いを受けてきているので、話くらいは聞いてからにしよう。
状況によっては寺院への案内なり何か出来ることはあるかもしれない。
「とりあえず、そちらにおかけになって下さい」
「あ、はい」
テーブルを挟んでソファに呪われたという女性が座り、こちら側には僕と、何故か隣にリトさんが腰を下ろそうとしてきた。
「帰るんじゃなかったんですか」
「いいじゃない、面白そうだし」
悪戯っぽく微笑みながらソファに深々と座った。完全に居座る気だ。
特に邪魔をする訳ではないだろうから、僕は別に構わないのだけど。
「あなた、名前は?」
「えっと、アルマです」
「そう、アルマさん、お話聞かせていただいてよろしいかしら?」
いや、なんでリトさんが話進めてるんですか。
「えっと、これなんですけど」
そう言って机の上に置いたのは、一本の小さな短剣だった。
鞘の長さが十センチにも満たないので、おそらく刃渡りはさらに短く、五センチから七センチといったところだろうか。実用品ではなく、装飾品とか儀礼用とか、そういう類いのものだろうと思う。
複雑に曲がりくねった鍔や柄頭には沢山の、色とりどりの極小の宝石がちりばめられ、細かい紋様も彫られていて、一見するとかなり高いものに見えるのだが……。
「これは、どこかで買われたのですか?」
「え? い、いいえ。拾いました。ダンジョンで。わたし、探索者なんです」
「そうでしたか……。まあ、それなら……」
「ねえ、これ高いの? 安いの?」
リトさんがこっそり耳打ちしてきた。
これを見て高いのかどうか疑いをかけてくる辺り、鍛冶屋の娘である彼女の鑑識眼はかなり高い方らしい。
見た目が豪華なので高そうに見えるが、その実紋様の彫りはあまり綺麗ではないし、宝石も加工の際に出来る屑を寄せ集めて作られていて、それほど高いものではない。
紋様に関しても、この手のものにありがちな「色々な時代の紋様を無秩序に並べて彫る」というミスをやってしまっているため、ちょっと知っている人が見ればそれだけでも年代がそうとうに若いものである事がバレてしまう。
「宝石は本物よね? でも何だか……彫りの方はあんまり……」
さすがにヴェレント家の娘だけあって、紋様部分に違和感を覚えたようだ。宝石が本物であるとわかったのも正しい。
紋様のデザインについてはちゃんと調べたり勉強していないと、具体的にどういう間違いなのかまでは指摘出来ないだろうから、違和感を覚えるだけでも十分凄い。
「好事家の家のコレクションでよく見かけるタイプですね」
「やっぱりそうなんですね!」
「やっぱりそうだったのね」
恐らくは二人の言葉の意味は全く逆だろう。
さすがに持ち主の前でそれは安物だと言うわけにもいかないので、リトさんにだけ分かる言い方で誤魔化してみた。
「これが何かあったんですか」
「ええっと、これが不幸を呼んでるんですよ」
「何か悪さを?」
「これを持ってダンジョンに行くと何かしら事故が起きるんですよ」
「事故が」
なんだかちょっと雲行きがあやしい。
思わずリトさんと目を合わせてしまった。
「いつもはちゃんと罠を発見出来る盗賊が急にミスを連発したりとか、避けたはずの攻撃に当たったりとか……」
「なるほど……」
「あのね、それだけでこの短剣が原因だってなんでわかったの?」
言いにくい事をはっきりと言ってくれたという点においては同席してくれて助かったかもしれない。
「だって、この短剣を持つようになってからですよ? おかしくないですか?」
「おかしいですねえ」
「ですよね!」
「ちょっと、本気で言ってるの?」
もちろん、本気である。
本気なので、ちょっとこの仕事は乗ってみることにする。
「一度、預からせていただいてもよろしいですか? 細かく調べてみたいのです」
「大丈夫かしら……勝手に帰ってきたりしないかしら……」
「伊達に呪い屋とか呪いの店とか言われておりません。アルマさんにご迷惑をおかけする事はないように注意いたしますので」
「それじゃ、お願いします!」
満足そうにアルマさんは店を出て行った。
テーブルの上には件の短剣が置かれ、ついでにリトさんもまだ椅子に座っている。
「何考えてんの? こんなの呪いでもなんでもないんじゃないの?」
リトさんが若干語気を強めて聞いてきた。
僕自身が大したものではない、というような事を彼女に伝えておいてこんな対応していれば、不満が出るのも致し方ないかもしれない。
「短剣にはエーテルの光はまったく見えませんでした」
「だったらどうして」
「一日置いたら、案外冷静になるもんですよ。偶然が重なっただけだとわかったり、短剣がないのに呪われた状態が続いたりすればね」
呪われたと信じている人に言葉で否定した所で意固地になるだけだ。
何度か無理矢理説得しようと頑張った事があったが、むしろそれが原因で事故を起こしたりしたこともあるので、今はとにかく否定しないようにしている。
「それより、この短剣を詳しく見たかったんですよね」
「私もちょっと気になってたけど、呪い屋さんとしてはどの辺が気になったの?」
「何というか、詐欺の手口の勉強に」
この短剣、おそらく最初から騙して高く売るつもりで作られている。
わざとらしく複雑に構成された鍔は実用性がないのはもちろんだが、祭事で使うにしてもこんな形のものを使うのは見たことがない。
詳しくは図書館で調べる必要があるだろうが、存在しない事を証明するのはかなり難しいので出来ればやりたくない。
柄頭や鞘の装飾も、全て同一の時期に作られたもので、補修の跡は見つからないのに紋様の時代が複数入り乱れている辺りはちょっとツメが甘い。
完全なオリジナルではなく、ちゃんと本物を参考にしているだけマシかもしれないが。
「間違った資料を見て作ったって事?」
「細かく見るとどれも微妙に間違っているので、本物を見ないで記憶を頼りに作ったんじゃないかと」
逆に言うと中途半端に正しいので、ここで騙される人は多そうだ。
「騙すつもりなのに宝石はこんなに豪華に使われてるのが気になったのよね」
「その辺はさすがよく気付きましたね」
宝石はエーテルとの相性が良く、魔法の効果を高めたり出来るので、魔法のアイテムに宝石を埋め込むというのはよくやられる手段だ。
なのでちょっと知識のある詐欺師は呪いや魔法のアイテムだと言って売りつける場合には宝石のついたものを持ち出す場合がある。
この短剣も、そういう効果を出すために宝石をちりばめたのだと思う。
「でもそれじゃ儲けが減っちゃうんじゃないの」
「これくらいの小ささだと、宝石の加工職人に伝手があれば安く手に入るもんですよ。加工の時に出る屑ですからね、このサイズ」
「色んな宝石使って豪華に見えるのって……」
「逆なんですよ。同じ宝石で揃えられなかった。これはこれで綺麗だし豪華に見えるしで、作った人は頭良いなあと思いますけど」
「やっぱり安物かー」
「今日のメイジマッシャーの方が実戦で使えるだけマシでしょうね」
「安物な上に、呪いも何もないのね」
「不運というか失敗が重なるタイミングというのは誰しもあると思うんですよ」
呪われていると思ってしまえば全部そのせいにしてしまえる。
一度そう思ってしまうとなかなかその考え方からは抜け出せない。
冷静になるには、手元から離すのが一番良いだろう。
「明後日来たら、何もなかったと言って返しますよ」
「じゃあ明後日は私も見に来るわ」
「暇なんですか」
「悪い?」
「お待ちしております」
以前なら、面倒なのでお断りしていたと思う。
人との関わりが面倒になって、一人で出来るものを考えてこの仕事を選んだようなものだったので。
旧パーティメンバーが店に来てくれた時も、割とそっけない対応をして、あまり長居しないように仕向けていた。
今はむしろ、人がいてくれた方が気が紛れて良いな、などと思えるようになっているので、最近よく来るリトさんの事も、割と歓迎している自分がいる。
翌々日、約束通りアルマさんが来店された。
最初の時と同じようにテーブルを挟んで僕とリトさんがアルマさんと対峙する。
リトさんの事、もう完全にお店の人だと勘違いされていそうだ。
「細かく調べてはみたんですが、短剣そのものには呪いはかかってはいないようで……」
「そうですかあ?」
「昨日一日、どうでしたか?」
「え? 普通でしたけど?」
「……ねえ、わかってないんじゃないの」
横からリトさんが小声で言ってくる。
確かにこの人、なんというか自覚がなさそうだ。
「とにかくお持ちになっていても問題ありませんから、このままお持ち帰りいただけますが」
「ふーん、じゃあ、そうします」
アルマさんが店を出る前に短剣を一度眺めていたが、随分とつまらなさそうにしていたのが印象的だった。
当てが外れたというか、希望したプレゼントがもらえなかった子供がこっそり見せる表情のような。
薄れた興味は短剣に対するものだったのかどうかは、わからなかったけれど。
「納得はしたけど満足はしてないって感じの表情だったわね」
「不調の原因をあの短剣のせいにしたかったのかもしれませんね」
「だとすると、何かまたあったら持ってくるかもしれないわよ」
「そうなったら偽の解呪の儀式とか考えないと……」
頼めばメリトが適当に何かしてくれるかもしれない。
しかしそこまでいってしまうと僕自身が詐欺師みたいになってしまうので、出来ればそれは避けたい。
「いやあ、いくらなんでもそういう事はないと思うんですけどね」
「そうね」
などと二人で笑っていたのだけれど。
翌日、店を開けた途端に扉が開き、アルマさんが飛び込んできた。
先日よりも若干テンションが高く、こちらから声をかけるよりも早く、そして実に困ったことを口にするのだった。
「やっぱりわたし、呪われてます!」
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