13 思い出した人


 図書館の受付の近くで、見知らぬ美しい女性が我々を待っていた。

 薄くて露出の高い独特のローブを着て、首回りや指などには色とりどりの宝石や貴金属が大量に纏わり付いている。量が多いためあまり上品な印象を受けない。

 

 身長はとても高く、踵の高い靴を履いている事もあり、僕とほとんど変わらない。

 真っ黒な髪を後ろでまとめ上げていて、降ろせばかなりの長さがありそうだ。

 なにより、そのローブのおかげで強調されているスタイルの良さが目を引く。その挑発的な体型は、貴金属などなくてもそれだけで男達の耳目を集めることだろう。


「いやあ、本当におめでとう! 信じていたとも!」

 バチパチとまばらな拍手をしながら、若干軽薄そうとも取れる話し方で、彼女は僕らに話しかけてきた。


「この難問をクリア出来るなんて、君たちの愛は本物なんだねえ! 実に素晴らしい!」


 両手を派手に広げて二人を称賛するが、言われている当人……特にロックさんの表情は、親の敵でも見つけたかのように険しかった。

 すぐにロールさんをかばうように後ろに下げて、自分の影に隠す。


「西の……魔女……」

「え、あの美人が?」

「あらあら、美人だなんてそんな。知ってたけどありがとうね、お嬢さんも素敵よ」

「そ、そうかしら」

「ええ、とっても美味しそう……!」

「……それは太ってるってことかしら?」

「魔女だからって取って食ったりはしないわよ。そういう魔女もいるかもしれないけど」

「……何しに来た」


 リトさんと話をする魔女に、ロックさんが割って入った。

 左手はロールさんをかばうように構えているが、いつでも飛びかかれるような体勢で、警戒を強めている。

 二人がここにいる元凶を作った人物であり、自身も魔女であると発言しているのだ。場の空気は一気に緊張感を高めた。高めまくった。武器を持ち込まなかったために四人全員が丸腰の状態だったが、もし武装していたなら、ロックさんは今頃飛びかかっていたかもしれない。


「モーリス、何かされなかった? 大丈夫?」

「平気」

「大丈夫よワタシ達知り合いだから。長い付き合いだものねー!」

「別に付き合いはない」

「なによう、ちょっと間が開いただけじゃないの」

「二百年はちょっととは言わない」

「んー、まあいいか。価値観の相違は認めないとね!」


 ロックさんから発せられる殺気は弱まるどころか一層強まり、その表情もまた和らぐこともない。無理矢理感情を押し殺したような、腹の底から響くような声で魔女に問う。


「何をしに来たと聞いている」

「お二人に、祝福をね」

「何が……祝福だ!」

「ええー。ご不満なの?」


 実に意外、いやそれどころか心外だ、くらいの表情で魔女が驚く。

 一体どこにここまでの経緯で満足だとか思う人がいるというのだろうか。巻き込まれた人の身にもなって頂きたい。


「良い経験が出来たでしょう? 人間なんて、元来自分さえ良ければ後はどうでもよかろうなのだって人が多いのよ。それがこうして永遠の愛なんて誓えたわけで。あんな感動的な誓いのキス、初めて見たわ」

「見てたのかよ!」

「見てたわよーずっと見てたわー。久しぶりに楽しめたわよ」

「お前の娯楽に付き合わされてたのかよ……!」


 震えるほど強く握られた拳と、ヒラヒラと適当に舞う指先が対峙する。

 地下深くの図書館の光景は、遠見の魔法か何かで見ていたのだろうが、もしかしたら指輪を渡したときから一部始終を覗いていたのかもしれない。


「ねえ、お嬢さんも、指輪のおかげで真実の愛の姿と、花婿の本性と、若干の弱みも握れてまんざらでもなかったんじゃない? 終わってしまえば皆良き思い出って言うじゃないの」

「それは、他人が言って良い事では、ありません!」

「そうね、そうかもしれないわね! でも感動しているのは本当よ? 真実の、そして永遠の愛を手に入れる瞬間を見られたんだもの! なかなかここにたどり着けた人っていないのよ!」

「……それは、その指輪はいくつもあったという事ですか」

「そっちのお嬢さんが付けてるでしょ。それは試練を超えられなかった人の片割れ。好きに使っていいからね、それは」


 それは、ちょっと盲点だった。

 確かにリトさんが持っていたミスリル銀の指輪は、その意匠が二人の指輪のそれにそっくりな作りになっている。

 まだ魔法を入れていないのだと思っていたのだけど、そんなものだったとは……。


 それを言われたリトさん本人も、指輪を見る目がかなり不快なものを見る目に変わってしまっている。憎々しげに指から外して眺めていたが、しばらくしてポケットにしまい込んだ。

 確かに、捨てるにはちょっと惜しいかもしれない。


「いやあ、本当に良かった。お二人にはワタシから祝福を与えましょう。本物だよ!」

「何が祝福だよ」

「ええー。直接祝福受ける人なんて今時滅多にいないのにぃ」

「……まさか貴女は、愚行の女神本人なのでは……?」


 堕ちた女神は地上で永遠に暮らしていくという。

 ルーンを保持したままの女神は、むしろ地上で好き放題やっているという話もある。

 もしもこの女性が愚行の女神本人であるというのなら、魔女というのは堕ちた女神のなれの果てという事だろうか。


「仮に本人だとして、その本人目の前にして愚行とか、貴方も大概失礼な人ね」

「あ、す、すみません」

「大体、貴女は女神ですかなんてよほど酔っ払ってなきゃ聞かないわよね普通!」


 言いながらケラケラと笑う西の魔女。やはり軽率そうな印象は拭えないものの、それでもその美しさや魅力は衰えない。

 もっとも、事情を知らなければ、という条件はつくし、ロックさんはその険しい表情で片時も彼女から視線を外さない。

 実際の所、否定も肯定もしていないので、勝手に確定も出来ない


「とにかくね、あんまり永く生きていると、娯楽に飢えるわけよ。大概のことはやってきたからね。で、結局観ていて楽しいのは人なのよ。人間の生きる様を観てるのが一番楽しい! ていうか苦しんでる所とか最高!」

「そうやって他人の人生壊して遊んでるのかよ!」

「壊してないわ。人が乗り越えられない試練は与えてないもの。貴方たちも、ちゃんとこうして乗り越えたでしょう?」

「それは……そうだが」

「一度失敗したかなって感じで堕ちてからの復活って燃えるわよね! よかったわー貴方たち。特に完全に消えてからの復活なんて、普通あり得ないもの! 奇跡の生還って感じ!」


 やはりロールさんが店に来た事自体が相当な冒険であり、ギリギリの状況だったということか。間に合ったのが奇跡のようなものだったとは、言われて初めて冷や汗が出てきた。


「とにかく、君は合格だよ。呪い屋クン」

「鑑定屋です」

「あまりにレアな生い立ちと現状で、お姉さん気に入っちゃった! その生まれで魔法が使えないとか、もう面白すぎるじゃない?」

「……放っておいてください」

「お嬢さんたちやロックちゃんと違って君にはあんまり興味なかったんだけど、遊び相手には最適だよね!」

「あ、遊び相手ってなにするのよ!」

「あら、気になるの?」

「べ、別にそういう訳じゃない、けど」

「うふふ、可愛いわね」


 つかつかとリトさんに近づいて彼女の顎に指をかける。

 いちいちその所作が美しく、間近で見ているリトさんは顔を真っ赤にして身動きがとれなくなっている。

 指を顎にかけたままぐっと顔を近づけて、頬にキスをするのかと思う程まで接近すると、彼女になにやら呟いていた。

 急に顔色を変えて魔女をにらみ付けると、その表情が見たかったとでも言いたげな、満足そうな表情でゆっくりとリトさんから離れていった。


「ウフフ、とにかく楽しかったわー! また遊びに来るから、その時はよろしくね!」

「二度と来るな……!」


 魔女は颯爽と振り返り、悠然と図書館を歩いて出て行った。

 館内には静寂が戻り、同時に今まで呼吸を忘れていたかのように、全員でため息をついた。

 最後に招かれざる客は来たものの、ロックさんとロールさんの指輪に関しては無事に解決出来た。

 遊び相手と言われているのが気になる所だが、とにかく濃密すぎる一日がようやく終わった。疲れ切ったので明日また店に集まろうという事になり、そのままここで解散した。

 店に戻るまでにリトさんと何を話していたのか全く覚えていないし、店に着いてから、翌朝起きるまでの記憶もほとんどない。ただ、とにかく起床時の空腹感だけは普段の比ではなかった。



 翌日、ロックさんとロールさんが二人揃って店にやってきた。

「こんにちは!」

「世話になったな、ホントに。今日は謝礼の相談に来たんだけどよ」

「準備しておきました。こちらでお願いします」


 いつものように、金額を書いたメモを二人に手渡した。

 請求内容の明細と金額を見て、二人の顔色が変わる。しばらくメモと互いの顔を往復しながら、書かれた内容を飲み込むのに時間がかかっているようだった。

 毎回請求するたびにこんなリアクションを取られるので最近は割と慣れてしまった。


「……おい、これでいいのかよ」

「適正価格ですからね」


 今回の鑑定代は、ロックさんの指輪の鑑定料。

 あの宿屋で見せて貰った時の代金だ。


「あ、あの、わたしの、その……」

「ロールさんの指輪は、結局観させて頂いていませんから、鑑定代が頂けないんですよね。残念ですが、ロックさんから頂くことにします」

「あのね、こういう人だから。それだけ払っちゃってね」


 ロックさんがお金を払ってくれた後に、二人で並んで僕らに深々と頭を下げた。

 視線が完全に足のつま先を見るくらいまで下げていて、いつまで経っても頭を上げようとしない。


「ちょ、ちょっと? 二人とも?」

「この恩は、一生忘れない!」

「いやいや、そこまでは……」

「今後、何があろうと、最優先でお前を信じて、従う! 一生だ!」

「そんな大げさな。頭上げて下さいよ」

「大げさなんかじゃありません! 一生かかっても、このご恩はお返しします!」

「普通に鑑定のお仕事回してくれればそれで十分ですって。呪いを解いたのは貴方たち二人の功績なんですから」

「わたし達だけじゃ、何も変わりませんでした。あなたがいてくれたから……!」


 そうはいっても、図書館の地下を紹介した以外に、今回特にこれといって仕事をしていない。地下にも同行していないので、二人だけの力でなんとかなっているというのは事実だ。

 呪い屋などと言われても、結局何とかするのは本人なのだ。


「なあ、あんたは本当に、なんなんだ? 」

「だから、前にも言ったじゃありませんか」


 定着しつつあるけれど、僕だけはちゃんと主張しよう。

 ウチは、呪い屋じゃない。


「ただの鑑定屋ですよ」

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