第四章

01 七日前

「じゃあ、行ってくるわ」

「お気をつけて」


 そんな、何気ない挨拶をリトさんと交わしたのが、一週間前の事だった。

 何もなければほとんど毎日のように僕の店にきて、店の中の商品をいじったり、仕事の手伝いをしたりして過ごしている彼女。

 その日もそんなごく普通の日だった。


「これは何?」


 リトさんが商品の棚を眺めていると、一本の短剣に目を止めていた。儀礼用の装飾が施された派手なタイプではなく、ごく普通の短剣だった。鍛冶屋がまとめて作成しておいて店に置いておくような飾り気のないものに、彼女は何故か興味を示していた。


 商品棚に置いてあるものは鑑定済で売却先を探している呪いのアイテムが大半なので、武器に関しては派手なものが多い。高いものほど思い入れも深まるという事なのか、呪いのアイテムはどれも煌びやかな装飾が施されていたり、宝石がはめ込まれていたりする。

 そんな中でこの地味な短剣の方が逆に目を引いたというのは、わからない話ではない。


「ああ、それは炎の剣ですね」

「なんだか伝説の勇者とかが使いそうな剣ね……。見た目は地味だけど」


 二十センチ程度の短く幅の狭い刀身に、金属の板をそのまま付けられているような味気ない鍔、申し訳程度に螺旋状に筋の彫られた柄。

 いかにも数を揃える為に考えましたというような特徴のない形は、この街で需要が伸びた時に流行った形状だ。メインの武器ではなく、懐に忍ばせておく予備として、取り回しも良く戦闘以外の用途にも人気があった。メインの武器にならない事で、逆に流行に影響を受けないまま、長い間このデザインが使われ続けている。おかげで年代の特定がちょっと面倒くさいという、鑑定屋泣かせのアイテムでもある。


「あ、抜かないでくださいよ! 抜くならそこの手袋をしてください。あと鞘は持っていてください」

「持ちにくいわね、この手袋……よっ」

 石綿で作られた簡素な手袋をはめてから鞘を抜くと、鍔の部分から刀身に向かって勢い良く炎が吹き上がった。ごうごうと音を立てながら、炎の柱は吹き上がり続ける。

 赤い炎は刀身を包み込むように伸びて、やがて剣そのものが真っ赤に赤熱しはじめる。

 次第に、剣ごしに見るリトさんの姿が陽炎で歪み始めた。


「なんだか手が熱くなって来たわ……」

「危ないのでそろそろ鞘に収めて下さい」


 左手に持っていたままの鞘に収めると、すぐに炎は消え去り、熱も収まった。真っ赤になっていた鍔も元撮りの輝きを取り戻し、おそらくは素手で触れるくらいまで冷えている。


「何よこれ」

「炎の剣ですよ。柄まで燃え上がるのが難点ですが」

「難点とかいうレベルじゃないわよ」


 正確には燃え上がるのではなく、柄も熱を持つ炎の剣だ。対応出来る装備がないと手が焼けてしまい、そのままはがせなくなってしまうだろう。

 石綿の手袋は短時間ならば熱に耐えられるが、戦闘を続けられるほどの時間は持たないし、そもそも戦闘に耐えられるほどの握力を維持出来ない。


「こんなの使い道がないわね……そりゃあここに残るわけだわ」

「焚き火のたき付けとかには最適ですけどね。燃え続けるから回収面倒ですが」

「いらないなあ……」

「うちの台所のコンロにはこれが入ってます」

「あの引っ張ると火がつく棒ってもしかして……!」

「抜き差ししてる訳ですよ」

「呪いのアイテムも生活の便利グッズ扱いされたらたまったもんじゃないわね……」


 新たな価値を見つけ出す開拓者精神を褒めて頂きたい。ただの貧乏性と言われればそれまでだが。

 僕は魔法が使えないので、物を冷やしたり燃やしたりするのに炭を使ったり人の魔法を使ったりしなければならない。こういうアイテムは活用しないと生活費に直接影響が出てしまうのだ。


「他に変なものないの?」

「買手の付かないものというと、こんなものが……」


 しばらくは店の中にある「役に立たない魔法と呪いのアイテム展示会」が繰り広げられた。

 例えば、考えた事をそのまま筆記するペン、ただし少しでも雑念が入ればそれも筆記してしまうため普通の人には使いこなせない……とか。

 一度引っ掛けたらどんな状況でも離れる事のないフック付きロープ、ただし本当に離れなくて実質使い捨てにするしかない……とか。

 ボタンを押すといくらでも水が出てくる謎の金属製の球……ただし一定確率で爆発する、などなど。


 呪いと違って魔法のアイテムは製作者が考えた通りの効果が出るものだと思われがちだが、その効果を術式に書き込む際に注意しないと、予想もつかない動作を引き起こしてしまったりするので注意が必要で、だからこそまともに働く魔法のアイテムはとんでもない値段になる。

 魔法使いの中にはそういうアイテムを作成する専門の修行をしている人もいるそうだ。


「ああ、やっぱり楽しいわ、ここ」

「人の店を遊技場みたいに言わないでくださいよ」

「おもちゃ箱をひっくり返したままの場所が面白くない訳ないじゃない。転がってる玩具はどれも見た事がないような面白いものばかりなんだもの」


 言葉のあやなのはわかっているけれど、それだけ聞くと何だかとても散らかっているように見えてあんまり嬉しくない。

 置いてある物は、一部はとても危険なものが混ざっているので、僕がいない時には勝手に触らないようにはお願いしてある。先ほどの炎の剣のように、怪我をしたり呪われたりする事もありうるのだ。


 他の人は店の評判のこともあり、呪われたアイテムを自発的に触ってみようとはまず思わないのだけど、リトさんだけはすっかりここに慣れてしまったおかげで気をつけなければならない。


「そういえば、明後日からダンジョン行くの、私」

「そうですか」

「久しぶりに本格的に攻略していこうって話だから、二、三日は来られないと思うの」

「はい」

「……寂しくない?」

「そうですね」

「なによその感情のまるで籠もってない返事は! というかこっち見なさいよ!」


 リトさんは現在、攻略派と呼ばれるグループに属している。

 このグループは、主に他の探索者が踏破していない部分を中心に探索していく役割を持っていて、可能な限り率先して先に進み、地下に降りていく事を目的としている。

 経験年数の浅いリトさんだが、その成長は目覚ましく、すでに聖騎士になれるだけの実力があるとも噂されているほどで、攻略派の中でもかなり中核の人物であるらしい。


 大崩落以後、情報が錯綜し、振出しに戻ったダンジョン攻略において、以前のダンジョンの知識がない彼女らの世代はむしろ先入観を持たない分、攻略に向いているとも言われている。


「今は何階まで行ってるんでしたっけ」

「八階よ。九階への階段が見つからないままなのよね」

「もう一年近く見つかってないんですね……」

「もう未踏破地域はほとんどないって話だから、本格的に複数のパーティが同時に回って探すことになったの」

「随分組織的に動けるようになったんですねえ」

「前は違ったの?」

「僕の頃はそこまでは……」


 色々な所から、様々な目的で集まって来た人達の集まりだ。冒険者なんて仕事で生活しているような我の強い人達が、そうそう集団生活に馴染めるものでもなく。

 一つのパーティの単位ですら、長期間維持出来る所は稀だった。ちょっとした事で仲違いをしたり、実力差が出て離脱したり。

 もちろん、死傷者が出る事による入れ替えも日常茶飯事だったが、これについては今もそう変わりない。


 特に僕らのやっていた頃は報酬を誰よりも早く手に入れる事を最大の目的としていたので、大人数で協力するという事はほとんどなかった。


 その辺りの雰囲気が変わったのは、大崩落以後ではないかと思っている。

 大崩落によってダンジョンの構造は大きく様変わりしてしまい、情報が錯綜して混乱を極めていく。個人で、または単一のパーティ程度で出来る事はたかがしれているし、そんな中で少しずつ協力して情報を集めて、一から攻略をしていくようになった事が、今の流れに繋がっているのではないだろうか。

 まあ、その頃には僕はもう現役じゃなかったので、ダルト達から聞いた話からの憶測なのだけど。


「とにかく、これで新しい道が開ければ、このお店にも色々新しいものが持ち込まれるかもしれないでしょ」

「そうなれば有難いですねえ」

「まあそういう訳だから、しばらく来られないけど……」

「無事を祈ってますよ」


 ダンジョンに行くのは、そもそも彼女にとっては本業であり、いつもやっている事だ。

 今回も特に変わった所があるわけでもない。

 数日経てば色々な土産話と共にやってくるだろう。


「……そうね! 成果を楽しみにしていてよね! もう、持ちきれないくらい色んなもの運んで来てあげるから!」

「楽しみにしています」

「……馬鹿」

「なんですか?」

「なんでもないわ! じゃあ、行ってくるわ」

「お気をつけて」


 何か呟いたような気がしたが、聞き取る事が出来なかった。ただの独り言なら、本人も何でもないと言っているし、大丈夫だろう。

 ダンジョンに関しても、特に何事もなく帰ってくると、数日でいつものように顔を出すだろうと、この時は疑いもしなかった。


 しかし、彼女はそれから一週間姿を見せなかった。

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