04 盗賊ギルドの女幹部と青の麗騎士

「鑑定屋がアイテムを持ち込むなんて、敗北宣言みたいなものじゃないか」

「そうかもしれないね」


 迷宮街の地下に広がる、盗賊ギルドの奥。

 ギルドの幹部の部屋の中で、僕はその幹部と対面していた。


 盗賊ギルドの幹部とは言っても、元は僕と一緒にダンジョンに潜っていた探索者なので付き合いも長く、鑑定屋と盗賊ギルド幹部という立場になっても必要な時はこうして出向く。


 大きな机の上には大量の書類が積み上がり、資料の本や筆記具なども乱雑に置かれている。

 男性と勘違いしそうな程短い髪と、彫りの深い端正な顔立ち。

 若干浅黒い肌と、細く引き締まった筋肉質な体は、こうしてデスクワークが主体となった今でも鍛え続けている事が覗える。


 探索者時代から、男性よりも女性にもてまくっていた彼女だが、年齢を経ることでその魅力は衰えるどころかより引力を増しているように感じる。


「いつもの呪いのアイテムなのかい」

「ちょっと違う。単純に出所というか、作った人がわからないかなと思って」

「モーリスの管轄外ってことかい。見せてみなよ」


 デュマが机の真ん中に積まれていた本の山を左右に振り分け、スペースを作ってくれた。

 預かっていた短剣を鞄から取り出そうとしたところで、ふいに後ろからノックの音がした。


「来客中だよ」

「申し訳ありやせん。怪しい奴がおりまして……」

「なんだい、そういうのはエルシーに任せているだろう」

「いえ、少し問題というか……」


 扉の奥で部下の男性が口ごもると、直後に聞き慣れた声が聞こえてきた。


「こっちから入れば良いの? あ、違うの? あの、そこにカルフォって呪い屋さんがいると思うんだけど!」

「……!」


「知り合いなのかい。なら入りな」

「いいんですかい?」

「武器は預かりな」


 声の正体に気付いて驚いていると、デュマが応対して中に入れてしまった。


 小さな扉を開けて入ってきたのは、青の麗騎士ことリトさんだった。

 もちろん甲冑の類いは身につけておらず、普段僕の店に遊びに来るのと大差ない格好なので、親しい人でもなければ青の麗騎士だと気付く人もなかなかいないだろう。


「あら、初めまして、美しい方。リトと申しますわ」

「おや、青の何とかって探索者だね」


「甲冑も着ていないのに、よくわかったね」

「甲冑が本体みたいな言い方しないでよね」

「似顔絵描きの得意な奴がいるんでね」


 盗賊ギルドは街のあらゆる情報が集まると言われている。当然、ちょっとした有名人なんてのはすぐに情報が届くのだろう。

 ましてやその幹部ともなれば。

 

「それにしても、なんでこんなところまで」

「窓から外見たらあなたが朝から出かけてるから、面白そうだなと思って」

「窓……ってどこにいたんですか」


 僕の店は街の外周部にある。リトさんの家からは歩いても結構な時間がかかるし、方角的にも肉眼で見えるような位置ではないはずだ。


「言わなかったっけ? 私、家出たの」

「聞いてませんよ!」

「近くに部屋を借りてるの。窓からお店の入口くらいなら見えるわ」


 それで最近やたら遊びにくるようになったのか……。

 服装も化粧もどんどん適当になっていくなと思ったが、窓から見えるほどの近所まで行くだけならそうなっていくものかもしれない。


「もう乗りかかった船なんだから、最後まで付き合うわよ」

「アルマさんは、リトさんの事完全に店の人だと思ってましたよ」

「じゃあ、このまま手伝えば問題ないじゃない」


 そういう問題だろうか。

 リトさんが今までに見た事もないような楽しそうな表情で押し切ろうとしてくる。今はそんな事で揉めている場合じゃないので、ひとまず僕の方が引いておこう。


 二人で話をしていると、デュマが珍しく上機嫌でリトさんの方を見ていた。

 あまり他人に感心を持たないタイプなので、リトさんに対してもそっけない態度を取るのかと思っていたが、僕の予想以上に興味があったらしい。


「知り合いが入ったからって、まあよくあんたもこんな所に入ってきたもんだね」

「この人が臆せず入れるような所でしょう。少なくとも命の危険がある場所ではないと判断したわ」


「確かに、矢が飛んできたりはしないがね」

 苦笑しながらデュマがそう答えた。


 言われるとおり「そういう類いの危険」についてはダンジョンと違って発生しないと言い切れる。しかしダンジョンとは危険という言葉の意味がちょっと違うので、それだから安全だという事では決してない。


「リトさん、一応ここは盗賊ギルドですから、命の危険がないとは言い切れないんですよ」

「そうなの?」


「モールズリーの奴だったら今頃首を刎ねられていたかもしれないね。カルフォの連れでなけりゃ、私だってどうしたかわからないさ」

 普通は適当に「処理」されて、彼女がここに入ってきた事すら僕は知らずに帰ってもおかしくはない。

 実際、ここが昔の体制なら、そうなっていたと思う。


「そうか……。デュマさん、今更だけど、急に押しかけてごめんなさい。許してくださる?」

「はっはっは。今更だね。だけどその勇気が気に入ったよ。次からは入り口のジョンに名前を言えば通れるようにしといてやるよ。用事があるかはわからないがね」


 デュマが笑いながらリトをさらりと許した。やはり、よほど彼女の事を気に入ったのだろう。

 僕はほっと胸をなで下ろすと、改めて鞄から短剣を取り出して机に置いた。

 固い金属音が部屋に響き、全員がそれに視線を集中させた。


「……大した物には見えないんだがね」

「大した物じゃないからこそ、なんだ」


 デュマが短剣を手に取り、値定めをするように真剣な目で見つめている。

 様々に角度を変えたり、近づけたり遠ざけたり、その外観から読み取れる情報を見逃すまいとするかのように、丹念に見続けていた。


「なるほど、そういう奴かい。この手の細工をする奴ならいくつか知ってる。とりあえず二日ももらえれば何とかするよ」

「助かるよ。これくらいでやってくれるかい?」


 紙片に金額を記入して、机の上に差し出した。

 ちらりと紙片を一瞥すると、デュマが満足げに微笑んだ。


「え、お金取るの?」

「仕事だからな」

「お友達なんじゃないの、二人は?」


 リトさんが納得出来ないというような顔で、僕ら二人を交互に見つめてくる。

 そんな表情を見るデュマの目が、妙に優しく感じられる。

 多分、彼女が今リトさんに対して抱いている感情は、僕と似たようなものだと思う。

 若い頃を思い出すなあ、的な。


「リトさん、友達だからこそ、ちゃんとお金を払うんです。これは立派な仕事ですから」

「お互いにその仕事の価値を称え合える関係でいるわけさ」

「そういうものなのね」


「金も貰わない頼み事に責任なんか取れないだろう? 逆に言えば、金を払うという事は、相手を信用しているとも言えるかもしれないね」

「ありがとう、よくわかったわ。私も安易に手伝いを頼んだり、頼まれたりする事には注意しようと思うわ」


「直接の金銭の貸し借りとは違うけど、似たようなトラブルのもとではあるからね。まあ、もしもめ事があったらそれこそ私が手助けしてやってもいいさ」


 それは、ちょっと洒落になっていない提案かもしれない。

 さすがのリトさんも、その発言に関しては軽く真顔になって遠慮するとだけ答えていた。


「それじゃ二日後、こちらから使いの者を出すから、待っていておくれ」

「楽しみにしているよ」


 盗賊ギルドから使いの人が店に来たのは、きっかり二日後の正午だった。

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