05 大人の魅力

 盗賊ギルドに行ってから使いの者が来るまで、リトさんはずっとギルドとデュマの話ばかりしてくるようになった。


 街の中心部出身のお嬢様であるリトさんは、元々外周部の事はほとんど知らなかった。

 探索者となった現在でも、直接取引をする店や宿屋以外の施設についてはわかっていない。


 そこに突然今まで見てきた世界と正反対な光景を見ることになった彼女が、どれほど興奮したことか。

 店に帰ってきてからはずっとデュマに関する質問攻めにあい、翌日も昼頃にやってきてデュマの話を繰り広げる。


 デュマはあまり自分のことを話さないタイプなので、どれだけ質問されても答えられることはそう多くはない。

 昔、自分が南方の出身だという話をちょっとした事があったが、それも別な話の流れでついこぼしてしまった、という雰囲気だったので、それ以上詳しいことは誰も聞けなかった。


「もう、本当にデュマさんて素敵な人ねえ」

「すっかりお気に入りですね」

「なんていうか、大人の女って感じよね」

「実際大人ですからね」

「そうじゃなくて! 大人というかオトナの魅力っていう……、わかんないかなー」


 もちろん年齢の話ではない事くらいは理解している。

 彼女の世界の中には、ああいうタイプの女性がいなかったというだけだろう。


「もう、早くこないかな、ギルドの人」

「また付いてくるつもりですか」

「最後まで付き合うって言ったじゃない。もう忘れたの?」


 心底あきれたような表情で言われてしまった。

 デュマと違って僕はあまり大人扱いされていないのではないかという気がしてきたが、張り合っても勝てるはずがないので、黙っておくことにする。


「鑑定屋のカルフォってのは、ここでいいのかい」

「呪い屋さんなら、ここで合ってるわよ」

「え?」

「え?」


 ややこしくなるから黙っていていただきたい。


 店に入ってきたのは盗賊ギルドの使いの人だ。ギルド内で何度か顔を見たことがある。年は二十かそこらで、盗賊にしては筋肉質で大柄な体型なのが特徴的なので、結構目立つのだ。

 もちろん、今まで挨拶などをした事は一度もないし、名前も聞いていない。

 外部の人間にほいほい名前をひけらかす者もそうはいないと思うけど。


「僕がカルフォだけど、ギルドからだね」

「調べがついたから、来いと」

「すぐに行くと伝えておいてくれるかい」


 ギルドの使いの人は黙って頷くと、すぐに店を後にした。


「ねえ、私の顔になにかついてる?」

「何もついてませんよ」


 ギルドの彼が、ちらちらとリトさんの方を見ていたのが、本人も気になったらしい。

 別に顔に何がついているとか、変な服装だとか、そういう事でもなんでもない。

 自分の容姿にあまりに無自覚なのは、ちょっと気をつけておいた方が良いかもしれない。無自覚に何らかのトラブルに巻き込まれたりしそうだ。

 腑に落ちない表情のリトさんはさておき、ギルドに急ぐことにしよう。




「ねえ、私も名乗れば入れるのよね?」

 例によって廃墟にしか見えない盗賊ギルドの入り口で、リトさんのテンションがやけに高い。

「デュマがそう言ってましたね……」

「やってみていい?」

「どうぞ」


 リトさんが先頭に立ち、ゆっくりと入り口まで進む。一生懸命普段通りにしようとしているのは伝わるが、無駄に姿勢が良すぎてかえって不自然に見えて、笑いを堪えるのに苦労した。

「……リトだけど」

「……入りな」


 普段出さないような低い声で名乗っていたのは、彼女なりの精一杯の背伸びだろうか。

 あまり派手に喜びの表現を示さないが、見たことがない表情の緩み方をしているので、かなりうれしがっていると思う。


「ねえ、ねえ、あの人普通に通してくれた! こっちの事なんか全然見なくて!」

「それが仕事ですから」


 周りに聞こえないように、極力小声で話しかけてくるが、普段見せない程に高いテンションなのが面白い。

 普通に接してくれたことが、かえって通い慣れた感じがして嬉しかったらしい。

 そういう所に喜びを感じる辺りが若さを感じさせる。


「ここも私がやっていい?」

「まあ、いいんじゃないですか」


 両手をぐっと握りしめて喜びを噛みしめている。そこまで嬉しいか。

 一度ノックする手を引っ込めてから、目を瞑って深呼吸。

 かっと目を見開いて、意を決してドアにその拳をぶつける。


 音が小さすぎれば相手に聞こえず、大きすぎれば相手に悪い印象を与えかねない。

 適切な力で叩かなければ……!

 などと考えて逡巡してしまっていたのだというのを後で聞いた時は

「はあ」

 としか返答出来ず、また呆れられてしまった。

 

「あ、あノッ! リとでシュッ!」

 ノックは普通に行けたものの、続けて発した声は裏返り、名前で咬み、最後も裏返った挙げ句に音量を上げすぎてもう名前を名乗ったのか何らかの暗号なのかわからないレベルの挨拶になってしまった。


 さすがのリトさんも両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。


「嬢ちゃんも来たか。入りな」

「……いい。帰る」

「最後まで付き合うって言いましたよね」


 何とかリトさんを立ち上がらせて、デュマの部屋に押し込んだ。

 本来なら羨望のまなざしでデュマから視線を外さないでいる所だろうが、恥ずかしすぎて下を向いたままだ。


「さて、短剣の話だけど」

「うーん、この割り切り方。やっぱりオトナは違いますね、リトさん」

「あんた意外と性格悪いわね……」

 あれだけ派手にやらかしたリトさんへのフォローもなく、何もなかったかのように躊躇なく本題に入る辺り、デュマも大物だ。


「こちらからそれとなく当たってみた。真っ当な商売として買って貰ったのだから文句を言われる筋合いはない、とさ」

「買って貰った?」

「魔法の品だとも、何らかのいわくのある芸術品だとも言ってないと。価格が適切だったかどうかについては、納得したから払ったはずだというのが向こうの言い分だよ」


 そういう言い方をされてしまえば、あとは買った側がどういう風に勝手に思い込んだかという話になってしまう。魔法の品だとは言っていないかもしれないが、何らかの強い力を感じるとかあやふやな事を言って勝手に思い込ませるというのはよくある話だ。

 彼らの言い分だけを鵜呑みにするわけにもいかないだろうが、もちろん引っかかったのはそんな所ではないのだった。


「確かに、そちらは買っていったと言ったんだね?」

「そうだな。真っ当な取引だったと言っていたんだが……どうした?」


 アルマさんはダンジョンで拾ったと言っていた。

 もし彼女が購入したのなら、普通に買った所に文句を言うだろうし、説明の時にわざわざ嘘の入手経路を話す必要もない。


 最近作られたものが、探索者に買われて、それをダンジョンで失い、アルマさんが偶然、ほぼ無傷の状態で手に入れるというのは、少し出来すぎと言われても仕方がないだろう。

 誰かの持ち物がダンジョンで失われるというのは、そこまで頻発する事でもないし、普通の状態でもないので、無傷でこの程度の価値の品物が手に入ることはちょっと考えにくいのだ。

 しかし最初に買った人を調べるというのも、なかなか簡単な事ではない気がする。


「そうか。そういう話だったとはな」

 今更ながら事の経緯をデュマに説明すると、僕の微妙な表情についても理解してもらえたようだ。

 単純に、魔法のアイテムか何かだと勘違いして購入した客が文句をつけてきたとか、そういう話だと思っていたらしい。

 それだけならよくある話なのだが、たいていの場合は買った人が死んでいるので文句をつけてくる事自体は珍しい。なのでデュマも特別に不思議に思わなかったようで。


「まあ、難しく考えなくてもいいんじゃないか」

「そうかな」

「少なくとも、曰く付きの品じゃあなくなったわけだろう?」

「それが確認出来ただけでも有り難いんだけどね」


 作られる過程で呪われるような要因はほとんどなさそうだ。

 あとはアルマさん本人が、本当はどんな経緯で手に入れたのかがわかれば一番良いのだけど。それにはやはり最初に買った人を探す必要が出てきてしまう。

 デュマの言う通り、そこまで掘り下げなくても問題はないのかもしれないが……。


「こちらとしても、余りこの話を広げたくないという所もあってね……」

「そうか。その辺で迷惑をかけたくないしな、僕も」


 短剣の制作者はこのギルドの関係者、ないしは息のかかった所の人間という事らしい。

 友人の依頼とはいえ、特に悪い事をした訳でもない身内を売るというのも問題があるのは僕にも分かるし、それによってデュマの立場が悪くなるのも困る。


「悪い人をこらしめなくてもいいの?」

「うーん、悪い人という訳でもないんですよね」

「嬢ちゃん、確かに度を超した奴や、周りに迷惑をかける奴に関してはギルドとしても対応していかなければ秩序は保たれない」

「ですよね!」

「今回は、そういう話とはちょっと違うんだよ」


「そっか……。何となく、デュマさんなら悪い人を退治してくれるのかと思ってしまって」

「ははは、盗賊ギルドは別に正義の味方でも何でもないさ」

「うーん……」


 リトさんがちょっと神妙な顔で考え込んでしまった。

「あの、変な事を聞いてもいいかしら」


「何でも聞きなよ。答えるかどうかは私が判断するから」

「盗賊ギルドって、結局何するところなの?」

 リトさんから、意外な質問が飛びだした。

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