10 屑宝石とカモミール

 戦士の防御力というものには、純粋な体の強さや丈夫さ以外にも、上手な受け身や受け流し方がどれだけ出来るか、という要素も含まれている。


 如何に鍛え抜かれた肉体であっても、ふいを突かれてしまえば意外と脆い。優れた格闘家も、構えの姿勢を取らずに相手に礼をしようとした瞬間に殴り掛かられてしまえば一撃で沈むという話もある。

 全身凶器などと謳っていても、完全に油断した所で脇腹に突然衝撃をくらってしまえば、この騎士団長のように床に横たわってしまうわけだ。


「なんだか凄惨な事件現場みたいなんだけど……」

 二人を介抱するために、僧侶のメリトを呼んできたが、第一声がこれだった。

 特に間違ってはいなかった。


 僧侶の回復魔法で二人の怪我を癒やし、あとは意識が回復するまで待つ事にした。見えない衝撃を食らわせる魔法だったために目立った外傷はなく、腰の位置まで落ちた手から発せられた事から頭部への直撃もなかったため、二人とも命に別状はないし、後に影響が出るという事もないようだ。


「あんたがいながら魔法の暴発を見過ごすなんて、ちょっと情けないわね」

「現場出てないと勘が鈍るもんだなって実感したよ」

「うん、たまにはダンジョン潜ったりした方がいいかもね」

「いや、僕はもう普通の人だからね?」


 何度も言うが僕はもう魔法が使えない。

 年齢的にも今更戦士や盗賊の修行を始めてもなあ、という所もあって、探索者に戻ろうというつもりは全くない。


「魔法が使えないのって、何があったの?」

「そうですね……。機会があれば、そのうちお話しますよ」

「……そっか」


 あまり楽しい話ではないし、当事者が僕以外に二人もいる状況ではちょっと話しにくいと思っていたが、表情から読み取ってくれたのか、リトさんはそれ以上追求してこなかった。

 そこまで秘密にしていたいという程でもないので、機会があれば話す事もあるかもしれない。


「リトちゃんが思ってるほど酷い話じゃないから大丈夫よ」

「そう……ですか」

「誰しも若かりし頃のやんちゃな思い出なんて恥ずかしくて話したがらないものだから」


 やんちゃな思い出とかそういう括り方をされてしまうとちょっと複雑な気分になる。年を取った人が昔は悪かったとかそういう自慢をし始めるみたいでなんだか格好悪い。

 いや、まあ、確かにあれは若さ故の暴走と言えない事もないけれど。


 そんな話をしていると、アルマさんが先に起き出した。

「……あれ、ここ……?」

「お目覚めかしら」

「えっと、わたしは……その」

「呪われたアイテムで正気を失って、ついでに気を失ったわ」


 リトさんに言われてはっとして周囲を見渡し、ちょうど起き上がってきたダルトを見て、ようやく何があったのかを思い出したようだ。


「わたし……すみません、なんだかご迷惑を」

「詳しく聞かせてもらえるかしら? もちろん、本当の話を」


 テーブルについて、一度お茶を淹れて落ち着いてもらうことにした。

「ああ、なんだか甘い香りのお茶ですね」

「カモミールのお茶です。気持ちが落ち着くと思います。慌てる事はないので、ゆっくりどうぞ」

 ハーブを利用したお茶には色々な効果があり、お客さんの状態に合わせて出す事で話を進めやすくする事がある。

 今回は、単純に落ち着いてもらいたかったのでカモミールを選んだ。


「いつもお世話になっている家の奥様が、何か面白い物を買ってきたというので見に行ったんです。実際に見てみると、見た目にはあまり高級そうな感じはしなかったんですが、奥様が言った購入金額は結構な額で……」


 真っ当な取引だとデュマからは聞いているが、予想通りそれほどまともなものでもなかったようだ。

 とはいえ、お互いが納得した上で金を払っている以上、外野がどうとか言う問題でもない。


「呪われてるって思ったのは、いつなの?」

「いえ、呪われてるなんて、ちっとも思ってもみなかったんですけど」

「ええ!?」


 あれだけ呪われていると主張し続けていたのはアルマさん本人だというのに?


「呪われているっていうと、きっと箔が付くっていうか、値段が上がるんじゃないかって」

「じゃあダンジョンで拾ったっていうのは、やっぱり」

「ですー。ここが呪い屋って言って有名なんで。ここで呪われてるって言ってくれたら価値上がるかなって」


 単純に呪われた品だというだけで高額で買い取ってくれる好事家は結構いる。元々富裕層との付き合いがあるらしい彼女は、そういう人とも繋がりがあってもおかしくはない。

 あまり良い話ではないが、エーテルの光が視られるような鑑定屋は他にないので、持ち込んだ人の演技次第で呪われていると鑑定結果を出すかもしれない。


「しかしここの店は本物だったので認めてくれなかったわけね」

「ですー。だから、ちょっと意地になっちゃって」


 そうして呪われていると主張し続ける事によって、自分自身でも信じ込むようになって、宝石のおかげでエーテルが反応してしまったわけだ。普通ならあり得ない状況だが、あの短剣が呪われやすい状況であったためにこんな短期間で状況が変化してしまった。


「それで、奥様の買った金額が取り戻せたらなーって……」


 やり方は褒められたものではないが、世話になった人のためにやろうとしていた事ではある。

 宝石が手助けしたとはいえ、それだけの為に呪いに発展するほど思い込めるというのも、なかなか凄い事だと思う。


 誤算だったのは、この店に持ち込んだ事と、宝石の配列によって本当に呪われた品物になってしまった事か。


「呪われた品物になった事はなったけど、同時に壊しちゃったからねえ。結局価値は下がっちゃったね」

「ですー……」


「いや、そう悲観したものでもないでしょう」

「そうなんです?」

「何しろ実際にこれは呪われた短剣だった事は間違いないんだ。しかも特殊な配列でエーテルの増幅の効果があった事が判明した。十分価値は上がると思いますよ」


 図書館で調べる必要があるが、もしかしたら今まで見つかっていない配列である可能性すらある。そうなれば魔術学院に高額で買い取って貰えるかもしれない。


「本当です?」

「どうかな、ダルト?」

「ああ、多分魔法使いの護身用としては相当な価値が出るだろうぜ。オレもちょっと欲しいくらいだ」


 偶然とはいえ、購入した価格以上の価値が出てしまった。

 売るかどうかはさておき、これまでの内容を元にした、正式な鑑定結果を奥様に報告すれば、きっと満足してもらえるだろう。


「よかった……! ここに持ってきて本当によかったです!」

 お茶の効果なのか、とても安心しきった笑顔がアルマさんからこぼれた。そういえば、ここに来て笑顔を見せてくれた事はこれが初めてかもしれない。


 嘘をついたり、駆引きをしたりする事がそれほど得意とも思えないタイプだが、一生懸命僕らに対して演技をして、駆引きをしていたのだろう。他人のためにそこまで頑張れるのだから、本来の彼女はとても素直な良い人なのだと思う。


「これで一件落着といったところかしらね」

「いや、一つ問題が残っています」

「あれ、まだなにかあるの?」

「短剣の価値を上げるためには、持ち込まれた時の状態と同じじゃなければならないんです」

「……やべ」

 最初に気付いたダルトがバツの悪そうな顔をして店を出ようとしたので襟を掴んで引き留めた。これからやることには人出は多い方が難易度は下がるはずだ。


「持ち込まれた時と同じ……?」

「そうです。今は解呪のためとはいえ、少し破損させてしまいましたからね」

「え、じゃあこの部屋の中から……」

「ダルトが飛ばした宝石を見つけなければ、価値は上がりませんね」


 部屋の床には先ほどの騒動で商品が散乱してしまっていた。

 ガラスや陶器の破片も混じったそれらの中から、芥子粒ほどの小さな宝石を一つ、探し出さなければならない。

 長期戦を覚悟して、僕はカモミールのお茶をもう一杯用意することにした。

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