09 鑑定屋ですから

 この一月余り、迷宮街では蒼の貴婦人の話題でもちきりだった。

 最近では蒼の麗騎士と呼ばれているらしい。

 元々貴婦人と呼ばれていた理由の一つに「探索者として参加しているのに現場で戦おうとしない」という所からの揶揄が含まれていたようで、汚名も見事に払拭されたということか。


 実戦を重ねてどんどん腕前を上げていき、今では同期の探索者の中でもかなりの有望株だと言われている。

 腕が立つ上に甲冑を人前で脱いだ事がない謎の女性という事で、様々な噂が飛び交うが、すでに皆の興味は甲冑そのものではなく、リトさん本人の方に移っているようだ。


 あれからウチの店には一度も来ていないが、噂だけは同業者達から毎日のように届くので、多分元気でやっているのだろう。

 ちょっとしたきっかけで、変われる人はここまで変わるものなのかと、一向に増えないスープの具の量を見ながら色々と物思いに更けてみたりもする。


「お久しぶりね、呪い屋さん」

 噂をすればなんとやらで、突然店のドアが開いて、見覚えのある甲冑姿が現れた。以前とは見た目がちょっと変化しているものの、中から聞こえてくる声と、僕への呼び方は変わらない。


「ウチは鑑定屋ですって」

「いいじゃない、どっちでも」

 この辺のアバウトさ加減も変わっていないようで。

 

「随分活躍されてるみたいじゃないですか」

「毎日大きな湯船に浮かぶ夢を見るわ」

「やっぱりそこですか」

「知り合った僧侶に身体を綺麗にする魔法を使ってもらっているんだけどね。それはそれ、よね」


 傷を治す魔法の応用で、汚れを落とす魔法というのがある。本来は毒性のある血や泥を浴びた時にすぐに洗い落とすための魔法だが、金のない冒険者などは馬小屋に泊まったり野宿したりする時に風呂代わりに使ったりする。


 最近ではこの魔法を女性向けに特化して、それを使って商いをしている人がいるという。若さや美貌を保てると、探索者以外にも様々な女性に人気で、密かなブームとなっているとか。


 香水の香りも、勝手に椅子に座ってる辺りも相変わらずだけど、雰囲気だけはまるで別人だ。扉を開けてから椅子に座るまでの所作までが違って見える。

 以前も甲冑を着ている割には動作に違和感はほとんどなかったが、今は甲冑の大きさや可動範囲を全て受け入れた上で、完全に自分の身体の延長として自由に動いている。


「それにしても、いい味出てますね」

「……まあ、最初の頃はやられ放題だったから」


 勇敢に戦い続けた結果、甲冑は全身に傷がつき、凹み、美しかった装飾や彫刻も削れ落ちている。もはや貴婦人と呼ばれた頃の表面の美しさは微塵も残っていない。


「コルツさんが仰っていた通り、甲冑というのは着ている人も含めた美しさが大事なんですね」

「なあに、嫌味?」

「偽らざる真実ですよ」


 甲冑が完全に身体に馴染み、心構えも変化したおかげか、彼女の立ち振る舞いは以前とは比べ物にならないほど凛々しく映る。甲冑の見た目を鑑みず「麗騎士」と呼び始めた人に賞賛を贈りたい気分だ。


「今日は、何かいいものでも見つけましたか?」

「特に用はなかったんだけど、何となく近くに寄ったから」

「いや、丁度良かったですよ。会わせたいと思っていた人がいまして。これから来るはずなんですが」


 言い終わるかどうかと言うタイミングで店の扉が開き、店内に何人かの探索者が入ってきた。


「やほーい。久しぶりー」

「お邪魔するよ」

「うーっす」


 ただでさえ狭い店の中に客が四人も入ってくると隙間がなくなってしまう。

 よく考えたら全員何も持ってきてないから客ですらない。


「あ、君があの時の女の子かー! 大きくなったねえ!」

「……年を取るわけだわ、私達も」

「うおお、これがあのロストナンバー……! マジか……!」

「ちょ、ちょっと……?」


 三人とも入るなりリトさんに近づいて同時に話し出した。三人とも目的が彼女だからしょうがないのだけど、言われた方は何が起こったのかわからず混乱している。

 そもそも彼女の視界の狭さを考えると何人に囲まれているのかも把握していないかもしれない。


「とりあえずお前ら収拾つかないから自己紹介とかしろ」

 とにかく、話を整理していこう。


「はーい! 私はマリク! 騎士ですよ?」

 店に入ってきた三人組の中で、最初に入ってきた女性だ。

 黒く長い髪が特徴で、背はあまり高くなく、甲冑姿のリトさんよりも少し低い。


 傷む前のロストナンバーほどではないが全身に美しい甲冑を纏い、その上に白いサーコートを付けている。

 サーコートには迷宮街の領主の紋章が大きく描かれていて、一目で街の要職に就いている事がわかる。

 本人は騎士とだけ名乗るが、実際には聖騎士である。


「え……? 騎士、様……? あの時の……?」

「あ、覚えててくれたのー? うれしー!」


「あれからあんまり見た目変わってないって、いい事なのかしら」

「えー童顔って事ー? ひどー」

「あ、私は僧侶のメリト。多分覚えてないと思うけど、あの時出口まで運んでたのが私ね」


 二番目に入ってきたのがこの短い銀髪の女性。

 僕より背が高く、抜群のスタイルを誇る。僕らのパーティは前衛で戦えるアタッカーが多かったので、主に後衛としてアタッカー達のフォローに回っていたが、個人の戦闘能力はかなり高い。


 こちらも僧侶と名乗ってはいるが、役職としては司教であり、今日も探索者用の法衣を身に纏っている。


 最後は前にもやってきたダルト。実に微妙な表情でリトさんの甲冑を眺め続けている。残念でした。


「彼らは僕が探索者だった頃に一緒のパーティを組んでいた人たちなんですよ」

「ちょっと、じゃあ呪い屋さんって、騎士様の……?」

「いやあ、知り合いでした」

「ふざけんな」


「あ、ごめんねー? カルが変な事言ってたの?」

「ち、違うんです! 違うんです! そうじゃなくて、まさか、お目にかかれるなんて……!」


「レアキャラだよね、すっかり」

「だってーしょうがないじゃん。お仕事増えちゃったしー」


 当時のパーティメンバーはほぼ全員探索者として以外の仕事が増えていてダンジョンに揃って入るという事もなくなっている。おかげで探索者がパーティを組むために集まる酒場などにもほとんど見かけない。


 聖騎士や司教ともなると当然、公務の比率は高く、今も甲冑や法衣を身に着けたままである辺り、街の見回りなどを口実に来ているのだと思われる。

 平たく言えばサボりである。


「マリク、メリト、……カル? あんたの名前ってもしかしてカルフォ?」

「言いませんでしたっけ?」

「どうかしたー?」

「同じパーティで、探索者だった……?」

「そうだよー! 随分前の話だけどねえ」

「大崩落の後でカルフォが抜けたんだっけ」

「別にいてもよかったのにねー」

「しょうがないだろ、魔法使えなくなっちまったんだから」


 大崩落というのは、あのリトさんがダンジョンに落ちた時の地震と同時に起こった、ダンジョン内での大災害だ。


 地震のせいなのか、大崩壊のせいで地震が起きたのかは未だにわからないが、とにかくあの時はダンジョンの壁が崩れ、通路がうまり、一部の構造が変化してしまったのだった。


 おかげでマッピングは最初からやり直しになり、探索者間でも情報の新旧が入り乱れ、ダンジョン探索の進捗が大きく立ち後れる事になる。


 僕らはその大崩落に巻き込まれ、大量のモンスターと共に狭い通路に閉じ込められてしまう。初めての階層で見たこともないモンスターと対峙する事になってしまい、色々あって無理をしたせいで、僕は魔法を使えなくなった。


 なんとかその場を切り抜けたとはいえ、ボロボロの状態で帰路についていた時に、小さな少女の泣き声が聞こえてきて、マリクが駆け出し、あとは以前話した通り。


「つ、つまり皆さんはあの「奇跡の生還者」……!」

「そんな呼び名もあったねえ。懐かしい」

「奇跡でもなんでもねえけどな」


「ちょっと! なんで黙ってたのよ!」

 リトさんに小声で叱られてしまった。甲冑姿の彼女にすごまれるのもちょっと久しぶりだが、やっぱり無駄に怖い。

 しかしまあ、叱られるよな。


「知ってるとは思わなかったんですよ」

「今時の探索者で知らない人なんていないわよ! 新米はどこに行っても貴方たちの話をまず聞かされるわ! あの大崩落さえなければ今頃魔法使いの首は持ち帰られているとか、周辺各国の冒険者を集めても負けないだろうとか!」

「そんな評価になってんのかよ、オレたち」

「すごいねー!」

 他人事か。


 いや、僕が一番他人事だと思っているかも知れない。

 何しろ他の五人と違って復帰のしようがないのだし。


「だいたい、僕の顔なんて覚えてなかったでしょう」

「うっ……それは、そうだけど」

「騎士様の顔しか見てませんでしたからね」


 リトさんを助けて外に出た後、しばらくダンジョン入り口の近くで焚き火をして回復を待っていた。僕らも休みたかったし、親御さんが来られるまでは付いていようとマリクが提案したからだ。しかし気がついて以後は生まれたての雛鳥のようにマリクの事だけをずっと見つめていたのを覚えている。


「だ、だってしょうがないじゃない! 騎士様のあんな強さとか、美しさとか、目の当たりにしたら!」

「それは否定出来ませんけどね」


「騎士様って呼ぶのやだなー。マリクでいいのにー」

「す、すみません! マ……マリク、様?」

「様もいらないよー」

「マリクさん……!」


 もじもじしながら照れる甲冑というのもなかなか見られるものではないかもしれない。


「うん! それにしてもさ、立派になったね! すごいね!」

「ちっとも凄くなんかないです」

「ううん、全部聞いてる。頑張ったねー!」

「そんな……!」


 二人の世界が出来上がりつつある中、泣きそうな声で震える甲冑というなかなか見られないものが。

 あ、もういいですか。

 目標である騎士様に会えることが解呪に繋がるかと思ったので、マリクには全て説明しておいてある。彼女も当時の事をよく覚えてくれていたので話は早く、こうして来てくれたというわけだ。


「ね、お顔見せて」

「いや、これ外れなく……、ちょ、ちょっと、え?」


 至極自然に、すっとリトさんの兜の留め具を外し、面頬を外して持ち上げてしまった。

 兜は何の抵抗もなく持ち上がり、中に閉じ込められていた髪が本来のボリュームを誇示するかのように膨れ上がる。


「だっ、駄目……っ! 汚……っ!」

「そんなことないよ、綺麗だよ」


 慌てて手で顔を覆い隠そうとするも、マリクが優しくその手を押しのけて両手でリトさんの顔を包み込む。その手が髪の氾濫を押さえつけて、彼女の顔が露わになった。


 リトさんの素顔はとても美しかった。

 大きな目と、傷んではいるがブロンドの長い髪。真っ白な肌の中で肉厚な唇の艶めかしさが一層引き立って見える。全ての部品が端正に出来上がっていて、なおかつその配置も絶妙。

 面当てを外した時に見えていた目だけでも十分その片鱗を見せていたが、こうして全体が見えると改めてその美しさに驚かされる。

 メリトもダルトも甲冑から突然現れた美しい姿に目を奪われている。


「というか、呪い……解けてる?」


 兜が外せるという事は、すでに呪いは効力を失っているという事のはずだ。

 意識を集中して甲冑を見るが、すでにエーテルの輝きは失われていた。

 完全に解呪が成功してしまっている。


「そりゃそうだよー。だってリトちゃん強いもの」

「それは認めるんだけどさ、何が基準だったんだ?」

「んー、強くなろうって思った時には、多分もう強くなってたんじゃないかな。甲冑に傷がつくようになったのって、多分そこからでしょ?」


 適当に言っている割に、実に的確な指摘をしてきた。

 実際、初めてリトさんを見た時の甲冑は、本当に新品かと思うほどに美しいままだった。あの段階ですでに何度か戦闘を経験しているはずで、さらに数日あの姿のまま暮らしていたならば日常生活での細かい傷も相当あってしかるべきなのに、それはほとんど見られなかった。


 今にして思えば、それもまた呪いの効力だったのだろう。

 そして、リトさんが決意を見せたあの時から、すでに呪いの効力は失われていて、以後は普通に傷付いていったということなのだろう。


「そういう事か」

「だからね、あとはリトちゃんの気持ち次第だったんだと思うな」


「そこで外して戦ってくれていれば今頃は新品同様の……ああ……」

 落ち込んでいるダルトは放っておこう。


「どっちにしろ、この甲冑を着けて戦っていたわ。それがおじいさまの願いだったんだから」

「そうだねー。それで良かったんだと思うー」

「それに、その方が美しいのよね?」

「それはもう」


「武器も鎧も、使われている時が一番美しいものなんだよな……。いや、オレもわかってるんだよ、わかってるんだけどさ……でもなあ」

 まだウジウジしているダルトは放っておこう。


「とにかくこれで開放されましたね。おめでとうございます」

「そうね。とりあえずお風呂にゆったりと入りたいわね」

「あー、いいお店知ってるんだー! 魔法でね、すっごく綺麗にしてくれるお店でね!」

「ああ、是非紹介していただけますか!」

「あのお店、良いわよね……」

 噂の美容魔法の店に、マリクもメリトも通っているらしかった。まあ一ヶ月以上甲冑を着続けていたリトさんには丁度良いかもしれない。

 素顔が晒せた事も手伝ってか、あっという間に三人は打ち解けてキャイキャイと女子トークに花が咲き始めた。こうなると長いので、僕とダルクは店の奥で落ち着くのを待つことにする。預かっていた武器について聞いたりしている内に、三人の方も落ち着いてきたようだ。


「じゃあ、この後お店いってみよー!」

「よろしくお願いします!」

「一度甲冑外して着替えてからがいいわね」

 女子トークはそのまま女子会に発展したらしい。最終的なゴール地点は図書館で、モーリスにドレス姿を見せるそうだ。


「ああ、呪い屋さん、帰る前に解呪のお代を払いたいんだけど」

「そうでしたね。じゃあ……これで」


 机からメモを持ち出し、金額を書いてリトさんに提示した。


「え? 何この値段!」

「相場ですよ」

「変な気遣いしないで、ちゃんとした金額教えなさいよ!」

「いやいや、これがちゃんとした金額なんですってば」


 僕が提示したのは甲冑の鑑定料と、調査のためのちょっとした費用の合計。それだけだ。


「解呪にかかる費用の相場くらい知ってるわ! こっちは感謝してもしきれないくらいなのよ! せめて、せめて……!」

 甲冑が外せてもやっぱり迫られる運命なんだろうか。

 甲冑姿に慣れすぎて、素顔だとまた違った迫力がある。


「だから最初から言ってるじゃありませんか」

「何をよ!」

「ウチは、鑑定屋ですよ」

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