第二章 呪われて「いない」短剣
01 メイジマッシャーを高く売る方法
メイジマッシャーという武器がある。
そういうカテゴリの武器……両手剣であるとか、メイスであるとか、そういう確固とした形状があるのではなく、魔法使いに対して効果を発揮するタイプの武器を総称してそう呼ぶ。その効果のためにかけられたものが魔法なのか呪いなのかも区別は特にない。
効果が同じで害が無いなら同じだろう、というのが一般的な意見だからだと思われる。
魔法使いに恨みを持って死ぬ探索者というのは実に多く、比較的害の少ない呪いの武器としては結構な本数が世に出回っている。
ものによって発揮される効果は違い、切れ味が良くなるものから使用者の能力を一時的に増幅するもの、対象となる魔法使いに何らかの制限をかけるものなど様々である。
大半のメイジマッシャーは持ち主にとっては無害と言ってもいいが、中には魔法使いを見ると使用者が逆上して襲いかかるというタイプのものもあるので注意が必要だ。
「まあ、だいたいそういう感じなわけですよ」
「へー。で、これは強いの?」
「そうですねえ……。元の剣が、まあそれほど良いものでもありませんし、効果も魔法使い相手だと剣が軽くなる程度ですからね」
「無理して使うほどでもないか」
メイジマッシャーを持ち込んできたのは青の麗騎士こと、リトさんだ。
以前、家の倉庫にあった甲冑を着たら呪われていて脱げなくなってしまい、甲冑姿のまま一ヶ月以上過ごすハメになった女性である。その時はウチで鑑定して、色々あって呪いを解くことが出来た。
鎧鍛冶の名家の出でありながら探索者をやっている放蕩娘で、呪いの依頼の後もずっと贔屓にしてもらっている。
「頑張って解呪した所で今お使いの剣の方が良いものですし、予備として持ち歩くほどでも」
「そうねえ。こういうのって買い取ってくれるの?」
「それなりのお値段で」
「お願いしようかな」
「ありがとうございます」
呪いの武器は解呪して普通の武器として使う場合と、あえてそのまま利用する場合と、完全に破棄してしまう場合などがある。
今回の武器は、持っているだけなら特に害は無く、かといって使おうにも微妙な性能という事で、リトさんにも無理に使わなくても良いのでは、と提案した。
剣自体は悪い物ではないとはいえ、この街が迷宮街と喚ばれ出した頃に大量に生産された中の一本という事で、特筆すべきものではない。探索者が急に増えて武器の需要が突然跳ね上がり、それに対応するために色々と作業効率を上げる努力をしていた頃であり、品質よりも量を重要視していた時代の製品だ。
その時の大量生産の技術は今でも活かされているため、悪いことではないのだけど、いかんせん過渡期の製品という事で、その前後のものと比べると刃付けの質や柄の立て付けなどが甘かったりと見劣りする部分は多い。
そうは言っても、呪われている分普通の武器よりは高く買い取れるのだ。
「こんなの買い取ってどうするの?」
「世の中には好事家という人たちがおりまして」
「ああ……やっぱりいるんだ、そういう人」
鎧鍛冶の名家であるリトさんは好事家と言っただけで大体の事は理解してくれたようだが、呪いのアイテムを蒐集する事を趣味や生きがいとする人がいるのだ。
僕のお得意先にも何人かいて、それぞれが色々なこだわりを持って集めている、らしい。
「呪いの武器なんていっても、使わなければ普通の武器と何も変わらないじゃない?」
「見た目に怪しい奴は使わなくても所有者に悪い影響与えますからね、そんなものはお売り出来ません」
「何が面白いのかしら」
「それは、御本人に聞いてみるしか……。紹介しましょうか? 多分喜びますし」
「結構よ……」
若干うんざりしたような表情で断られてしまった。
家のことを考えると、彼女にも色々とそういう知り合いがいるのだろう。
「呪い屋さんみたいにちゃんとした所と付き合いがあるならまだしも、下手な好事家は簡単に騙されちゃいそうな気がするわね」
「僕のお得意先の半分はそんなもんでしたよ」
「やっぱりね」
いい気味だとでも言いたげに、悪戯っぽく微笑まれた。
相変わらず僕のことは鑑定屋と呼ばずに呪い屋と呼ぶし、年上に対する敬意を微塵も感じない態度を取られ続けているけれど、こういう表情をされるとちょっとだけ息が止まって顔の辺りが若干熱くなるような錯覚を覚える。
彼女は、率直に言って美人なのだ。
それも、「街でも有数の」とかそういう言葉を加えたくなる程の。
ちゃんとしたドレスを着て、ちゃんとした化粧をすれば、道行く人が皆振り返るだろう。
今は甲冑の下に着る厚手のキルト地の服にすっぴんという、実に適当な服装だが、それでも元が良いだけに十分美しいと思う。
ウチの店に来る時にわざわざ化粧してきた事は一度もないのだけど。
以前その話を元パーティメンバーの女僧侶であるメリトに話したら、
「若い内は気を遣わなくてもいいからいいわよね……」
と深くため息を吐かれたことがある。
「……なによ、顔に何か付いてる?」
「いえ、すみません」
「ねえ、好事家のコレクションで面白いものってあった?」
「そうですねえ……」
呪いのアイテムに強いと評判を得てから、何人かの好事家が店に来て、呪いのアイテムが来たら売ってくれと話を持ってきてくれた。
こういう人は自分のコレクションを自慢したがる人が多いので、少し話を振ると皆喜んで家に招待してくれる。
見せてもらいに行くと、良くて半々で普通のアイテムが並んでいる。一生懸命呪いで変質したかのように細工されたものもあったりして、詐欺を働く方も意外と頑張ってるんだなあと感心した事もあった。
ちなみに、一人だけ全く呪いのアイテムが陳列されていない、という人がいた。
「あはははは! やっぱりいるんだ!」
「もちろんそこは良いコレクションだと褒めるしかないわけですよ」
「そういうのって、モノは良いの?」
「いやあ、割の良い商売なんだろうなって思う程度には」
「そりゃそうか!」
さらに大きな声で笑い出した。
こんな話題でそこまで笑いが取れるとは思わなかったけど、多分リトさんの家が家だから面白がってくれるのだろうなあ。
「なんか言ってあげないの、これは本物じゃないとか、一週間後に本物を見せてあげるとか」
「そんな事言おうものなら、翌日から往来を歩けませんよ。商売敵から目の敵にされてしまう」
「奇跡の生還者がモグリの商人なんか怖がるの?」
「僕は魔法が使えないんですよ? 怖いに決まってるじゃないですか」
再びけたたましく笑われた。
僕は昔は探索者としてダンジョンに潜っていたのだけど、ある事件をきっかけに魔法が使えなくなってしまい、それ以外に取り柄もなかったので今はこうして鑑定屋なんてものをやっているわけで。
魔法が使えない魔法使いなんてのは武器を取り上げられた戦士と違って徒手空拳で何とか出来たりはしないのだった。
ちなみに奇跡の生還者というのは、その事件に立ち会った僕らのパーティについたあだ名だ。
「あーもーおなか痛い……。それにしても好事家は使わないからまだいいわよね」
「と、いいますと」
「探索者が掴まされちゃったら、偽物だとわかった時にはすでに死んでそう」
「ごもっとも」
実際にそういう事があるらしい。
高い金を払って購入した魔法の剣が、ダンジョンの中であっさり折れたとか。
特定のモンスターに効力を持つと言われて、そのモンスター討伐に装備していった鎧がただの安物であったとか。
「鎧に関してはちょっと洒落にならないわね……」
「板厚が薄いのを革張りで誤魔化して、『魔法の加護によって重さが軽減されています』とか言ってたらしいですよ」
「ちょっと許せないわね」
迷宮街には多くの探索者が集うため、その人たちを相手に商売をしようとする人も大量に集まる。
人が増えればよからぬ事を考える輩も出てくるというもので。
僕は物に宿ったエーテルの光が見えるので、呪いのアイテムや魔法のアイテムが本物かどうかはすぐにわかる。しかしリトさんを含めた普通の人はそういう能力がないので見ただけでは呪われているかどうかというのはわからない。
ここを突いて好事家に嘘を吐いて売りつける人もいれば、呪いでも何でもないものを怖がったり有り難がったりする人がいたりもする。
見ようによっては、そういう人はその段階で呪われていると言えるのかもしれない。
「じゃあこのメイジマッシャーは引き取って頂戴ね」
「毎度ありがとうございます」
この手の武器ならあの人が高く買い取ってくれるかな、なんて事を考えながらリトさんに買い取り料を手渡した。
「モーリスの所に寄ってから帰るとするわ」
「お気を付けて」
「きゃっ!」
リトさんが店の扉に手をかけようとした瞬間、そこにあったはずのノブは遠ざかり、代わりに外から一人の女性が飛び込んできた。
ぶつかる直前にリトさんが反応して避けられたが、飛び込んできた女性はそんな事は意にも介さず中に入り込み、僕に向かって話しかけてきた。
「あの、呪われちゃったんですけど!」
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