08 二度あることなら何度もある
「どうでしたか? やっぱり呪われてました?」
とびきりの笑顔でそんな事を言われるというのも微妙な気分だ。
特にこんなシチュエーションでは、尚のこと。
「この場合は、残念ながらというべきなんでしょうか」
「はい?」
「やはりこの短剣、何の問題もありませんね」
「そんな! だって私が……持ってる時は……!」
こればかりは自己申告なので、嘘だろとは言えない。どのような内容であっても本人がそう思っている事は誰にも否定出来ないからだ。
かといって客観的な事実として、エーテルが介在していないというのも間違いないので、やはり呪われていないと判断せざるを得ない。
「作った人にも聞いたんですが、特におかしなものではなかったみたいですね。普通の取引だったと言ってました」
「え、行ったんですか?」
「出自を調べるのが一番手っ取り早いですから」
「……」
「え、どうかしましたか?」
「いいえ?」
ぼそっと「余計な事を……」と呟いていたのを、聞こえないふりをしておく。
急に表情を曇らせ、声のトーンも若干下がったように思う。
こう言っては何だが、あまり嘘をつくのが上手でないような気がする。もう少し表情や感情の自制をした方が良いのではないか、などと思ったけど、あんまり上手だと僕が困るのだった。
それにしても、やはりあまりつっこまれたくない部分なのだろう。びっくりするくらい低い声で、怨嗟混じりの話し方は実にドスが利いていて、ちょっと怖かった。
今の発言については、必要になったら効果的に使っていこう。
「この数日、僕が預かっていましたし、調査に出した人にも預かってもらいましたが、これといって不幸な事は起こりませんでしたね」
「私はちょっと恥ずかしい目にあったけど」
「ほら! ほら!」
「あの時持ってたのはリトさんじゃありませんよね?」
「……」
「とにかくもう一度持って帰っていただいてもよろしいですか。もう問題ありませんから」
「そうかなあ……。私にだけかかる呪いとか、そういうのもありますよね?」
「ないこともありませんけど」
特定の人に対して効果を発揮する呪いというのは確かに存在する。
先日リトさんが持ってきた、メイジマッシャーというのはまさにそれだ。
最初に拾った人にだけ効果が出るとか、特定の職業や性別、人種など限定したものにだけ効果が出るようになっているものは結構ある。
要するに呪いたい対象が明確だとそういうことになる。
彼女は自分自身が呪われる対象になる存在だと言っているようなものなのだけど、そういう事には気付いていないようだ。
「あの……これ、本当にダンジョンで拾ったんですよね?」
「そう言ったじゃないですか! なんでまた聞くんですか!」
珍しく感情を昂ぶらせ、大きな声を出してきた。
やっぱり、これは聞かれたくない事なのだろう。
そしてやはりアルマさんは嘘をつくのがあまり上手くない。
「追求するの?」
「いえ、多分逆効果なので……」
リトさんにこっそり耳打ちされたけれど、当然追求するつもりで聞いたわけではない。
「いいです。持って行きますけど、また呪われておかしな事になったら責任取ってくださいね!」
「そうですね、いつでも持ってきてください」
テーブルの短剣を掴んで、来た時よりも幾分大きな足音を立てて、アルマさんは店を出て行った。
店内が急に静寂に包まれ、しばらくしてからようやくダルトが口を開いた。
「あれで良かったのか?」
「この後にどう動くのか見ておきたい。ダルトは悪いけど依頼主の奥様に毎日話を聞いてくれ。アルマさんが何か報告とかするかもしれない」
依頼主の人が心配するほど顔を出していないというのなら、そろそろ進捗の報告くらいはするかもしれない。
彼女が何を望んで、何を報告したかったのかがわからないので、実際に行くかどうかはわからないけれど、それでも網を張っておいて損はないだろう。
「そうだな。適当に理由付けて通ってみるわ」
「そして甘い関係に……」
「ならねえよ。十以上も年上だぞあっちは」
「あんたって年いくつなのよ」
「あれ、いくつだっけ。三十になったのか?」
「僕と同じで今年三十一だよ」
「ええっ!」
「どうかしましたか?」
「なんか、色々びっくりしてる。二人が同い年なのとか、呪い屋さんが三十超えてるとか、そうすると騎士様の年がいくつなのかとか……」
「お前何重にも失礼だな、本当に」
「ええ、だって……呪い屋さん、三十には見えないでしょ、いくらなんでも」
「そんなに童顔ですかね……」
「ちがうな……呪い屋さんというより、あんたが老けてるから若く見えるだけかもしれないわね……」
別に同情から言うわけじゃないが、同年代から見て、ダルクが老けていると考えた事はない。僕と違って鍛え抜かれた肉体と、姿勢の良さからはむしろ若々しさすら覚える程だ。
彫りの深い目とうっすら残る髭の跡が、若い人から見たら年齢を重ねている印象を持つのかもしれない。
「お前な……」
「あ、騎士様はおいくつなの?」
「あいつは若いだろ。まだ二十五とかそんなくらいで」
「それで聖騎士とか、やっぱり凄いお方なのね……」
「ああ、あいつはすげえぜ」
現役時代のパーティメンバーで最後に加わり、一番若かったのがマリクだ。
最初はムードメーカーとして皆に可愛がられていたが、驚くほどの速度で成長し、その雰囲気を保ったまま、実質的にパーティのリーダーとなっていった。
誰がリーダーとか決めた事もない適当なパーティだったのだけれど、いつの間にか重要な局面では彼女が皆の考えをまとめ、決定していくようになった。
僕を含めて他の奴らが全員主体性がなかっただけかもしれない。
リトさんが幼少期にダンジョンでモンスターに襲われかけた時も、真っ先に駆け出しつつ全員に的確な指示を与えていったのが彼女だ。迅速で的確な判断を下せて、それでいて冷静に現状を把握し続けられるのが彼女の凄いところだと思う。
普段はのんびり喋る、ゆるふわ系女子なのだけど。
「さあて、それじゃ奥様にご挨拶でもいってくるかな」
「そっちは頼んだ。こっちは、そうだな……また呪われてたって言われたときの事でも考えておくよ」
「何かあったら連絡くれよな。面白そうだから最後まで付き合うぜ」
ここまで対策しておいてなんだが、まさか本当にやってくるとは思わなかったのだが、アルマさんは数日後に短剣を持って店に現れた。
「やっぱり呪われてました!」
若干嬉しそうな表情で持ち込んでくる辺りはもう、彼女としても維持になっているのではないかという気がするが、まあ念のために短剣に目を凝らしておく。
「え……!」
「ちょっと、どうかしたの?」
信じがたい光景を目の当たりにしてしまい、思わず声が出てしまった。
短剣から、エーテルの光が見えたのだ。
短時間で消耗するタイプの魔法の光ではなく、永続的な、自然に生まれた光。
この短剣は、呪われている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます