07 昇降機

 ダンジョンも四階まで降りると、今までとは若干空気が変わってくる。

 モンスターの種類も増えて来るし、その能力も色々と増えていく。これまでのように力押しで何とかなるような相手も減っていき、事前の情報と戦術がものを言うようになっていく。

 魔法を使う相手に先んじて【沈黙】を使うというような事を、戦闘の度に駆使していかなければ無駄に消耗することになる。


「今、四階ー? ペース早いよねー」

「人数少ないのにすまないな」

「ううんー。楽だから早いのー。これなら八階までもなんだかすぐに着けそうだよねー」

「早く見つかるといいね」

「そうだな……」


 リトさんの居場所はまだわからない。八階で姿を消しているという話なので、そこから動いていないのならその界隈という事になるが、それも確証があるわけでもない。

 出来るだけすれ違いを防ぐために、各階の階段を繋ぐルートを歩きながら、枝道も確認しつつ進んできた。その分無駄に戦闘回数が増えてしまった気がするが、勘を取り戻したかったのであえて避けずに戦ってきた。

 おかげで戦闘に関してはかなり勘を取り戻せたと思う。個々の能力の把握と、戦闘状況の観察は出来るようになったので、以後の戦闘で後れを取る事はないはずだ。


「ここからは、出来るだけ戦闘を避けていこう。まともにやっていくと消耗が激しくなる一方だから」

「厄介な魔法使ってくるモンスターも増えてくるからね、本気でいかないと危ないし」

「戦闘を避けるとなるとロックさんが頼りです。よろしくお願いします」

「逃げる方なら任せてくれ」

「それから、メリトは【探魂】の魔法はどうだった?」

「うん……この階層にはいないみたい。早く降りていこう」


 僧侶の魔法【探魂】は、ダンジョン内に漂う魂を探す魔法だ。要するにダンジョン内での死者を探し出すもので、術者のいる階層に死者がいると、おおよその場所までがわかるようになっている。厳密に言うと階層まるごとチェック出来るのは高位の僧侶でなければ無理なのだが、メリトはそれに該当する。


 この魔法の難点は死者でなければ見つけられない事と、探す相手を指定出来ない事の二点だろう。

 生きている人を探せないのでは意味がないかもしれないが、パーティメンバーに死者がいて、その人を連れて移動している場合などには手がかりになり得る。


 探す相手が指定出来ない方がどちらかというと問題だ。ダンジョンに残っている死者を片っ端から認識してしまうため、何度も使うと術者の精神的な負担が大きくなってしまう。

 メリトは慣れているから、と気にせず階層ごとに探してくれているが、慣れている事と辛くないという事はイコールではないだろう。

 しかし、この魔法を使えるのがメリトしかない以上は頼るしかない。


「すまない、何度も使わせてしまって」

「今更そんな事気にしないでよね。この魔法で見つからない事の方が本当は有り難いんだし」


 確かに、死者として発見する事態になってしまえば、色々と問題が発生する。

 状態が良く、そして運も良ければ寺院に運んで蘇生してもらう事も出来るが、それも確実な話ではない。一度蘇生の魔法に失敗してしまえばその体は灰と化し、さらにそこからの蘇生でも失敗してしまえば、その存在は完全に消えてしまうのだ。

 二度の挑戦権がある、と解釈するか二度しか挑戦できないと解釈するかは人それぞれだが、一度でも消失を経験してしまった人は、その回数を増やす術はないものか考え、探したことがあるだろう。

 そんなものはどこにもないのだけど。

 この仕組みを考えた神が、あの愚行の女神のような性格だったなら

「二度もチャンスを与えているのに何が不満なのか」

 などと言ってきそうな気もする。


「大丈夫だよー。きっと生きてるよー」

「わ、わたしも、そう思っています……。ね、ロック?」

「ああ、あの姉ちゃんがそんな簡単に死ぬわけないって!」

「そうだな……」


 歩いて行く内に、昇降機の前までたどり着いた。

 他の部屋にあるものとは少し違う、作りのしっかりした扉が付いていて、その扉の前にはいくつかボタンが並んでいる。暗がりの中でボタンだけがぼんやりと光っているため、知らないで近くによるとちょっと驚かされる。


 これは一階から四階まで直通で降りてこられる便利な装置で、探索者もよく利用している。

 図書館の地下四階にも同じような設備があるが、ほとんどあれと変わらない。

 図書館が、このダンジョンの主である魔法使いと同じ人が作ったと言われている理由の一つが、この施設の存在だ。

 それにしても、わざわざ探索者の方に便利になるこんな施設がなぜ作られているのかは、さすがに作った本人に聞いてみないとわからないだろう。


「大きな揺れがあった時、これが使えなくなるかと思ったけど大丈夫だったんだな」

「これ使って降りてこられればー、もっと楽だったよねー」

「それだとすれ違ったときにわからないからね、しょうがないよ」

「ここまでがウォーミングアップみたいなものだから。八階までは歩いて行くしかないし、ようやく本番といったところかな」

「部屋はここに降りてるみたいだから、誰も四階からは上がってないんじゃないかな」


 ロックさんが昇降機の状態を見てくれていた。さすがにこういう時の行動が早い。

 昇降機は一つの部屋がまるごと上下に移動していて、最後に移動した所に留まっているので、ロックさんが言う通り、リトさん達がこれを利用していない可能性は高い。ここまで来て彼女らが昇降機を使わずに移動する理由が全くないので、現状で四階より上にいるということは、おそらくないだろう。


「それなら間違いないと思うー。今日はわたしたち以外の探索者入ってきてないからー」

「そんな規制かけてたのか」

「ああ、なんか人に会わないと思ってたら、そういう事だったのか。ロールは気付いてたか?」

「わたしも……なんだか変だなとは思ってたんだけど、ロックも何も言わないし」

「僕は、最近のダンジョンはこういうもんなのかって……」

「普段はもうちょっと人に会うかな。私も久しぶりだけど」

「だってー、この方が探しやすくなるでしょー?」

「そりゃあそうなんだけど」


 それをするためにどれだけの権力が必要で、どれだけの人や金が動くのか。

 一瞬だけ考えようとして、すぐにやめた。

 マリクとデュマがいればこの街で大体の事は出来るんじゃないだろうか。ついでにダルトとメリトを足して、リトさんもダメ押しで追加したらもうこの街を征服出来てしまうのではないかという気すらしてくる。

 ちなみに僕にはなんの権力もない。というかそれが普通で、彼女らの功績が人並み外れているのだと思う。


 また雑談で止まってしまったので、慌てて昇降機を背にして、今度は五階へ降りる階段へ向かって歩き出した。

 人の通りの多い通路は瓦礫が少ない代わりに戦闘回数も多いようで、石畳のひびや欠けが目立つ。場所によっては壁面に尖ったもので削られたような跡や、黒い煤や染みがついていたりもして、激しい戦闘の痕跡がそこかしこに見られる。


「この辺で立ち止まってると危ないから、早めに動いておこうぜ」

「そうだねー。出てくるの変なのばっかりだしね」


 こういう、激しい戦闘があったと思われる場所には死体を処理するモンスターが集まりやすい。特にスライムやグールなど、探索者が掃除屋と呼ぶモンスター達は一度見つけた食事の場所を延々と巡回する性質があると言われている。どちらも人だろうがモンスターだろうが、死体でありさえすれば食べてしまうので質が悪い。

 まあ、それらがいなければ、こんな湿り気のある空気の淀んだ空間が、人の出入り出来る状態で維持される事もないのだろうけれど。


 探索者が全滅してしまった場合、運が悪いとそれらに見つかってしまって肉体を失ってしまう事もある。【快癒】という上位の僧侶が使う魔法があれば、肉体の損傷を復元する事も出来るのだけど、体の半分以上が失われると、何故か効果を発揮しなくなる。

 魔法も万能ではない。

 過信して取り返しのつかなくなった探索者を何人も見てきた。

 今日は何があろうと全員無事に帰還させるつもりだ。


「あ、やばい。何か来る」

「掃除屋?」

「いや、違うな……これは、でかい! 来るぞ! 気をつけろ!」


 前方から突進してくる巨大な足音に対して全員で身構えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る