06 探索

 日の光の通らない、真っ暗な空間。

 風の通らない湿気った空気と低い室温のおかげで、肌寒さと、若干の不快感が肌に張りつく。

 石畳は所々欠けていて、瓦礫が転がっている所もあって足元を照らさなければ満足に歩けず、移動速度は自然と遅くなってしまう。


 最近は絨毯が敷かれている図書館ばかり歩いていたおかげで、ダンジョンの歩きにくさや緊張感に慣れるまでにしばらくかかってしまった。


 朝になってもリトさん達のパーティは帰ってこなかったため、入り口で集合していた僕たちは、そのまま救出のためにダンジョンに入る事になった。

 メンバーは僕、メリト、ロックさん、ロールさん、そしてマリクの五人。急造のパーティで人数も通常より一人少ないが、それぞれの戦闘能力は十分高いので問題はないはずだ。

 

 最初は出来るだけ戦闘を避けようという話をしていたのだけど、浅い階層にいるうちに感覚を取り戻しておく必要を感じ、何度か戦ってもらった。幸い、僕が現役だった頃とモンスターの顔ぶれは大きく変わっていないようで、当時の経験と、知り合いからの伝聞でも十分対応出来るものばかりだった。


 何度か戦闘をしていくうちに、今のパーティの戦力も大体把握出来てきたので、地下三階に下りる頃にはまともな指示を出せるようになっていて、メンバーの緊張も幾分ほぐれていたように思う。


「なんか、人数少ないのに普段より戦うの楽な気がする。マリクさんてやっぱ強いんだな……」

「ううん、ロック君のサポートがあるからねー。だからダーって戦えるんだよー。一人じゃ勝てないってーあはは」

「それにしても、本当に来てくれてありがとう、マリク。まさか自分から来てくれるとは思わなかったわ」

「うふふー! 大規模攻略の件は聖騎士団でも話題になってたからねー!」


 聖騎士団の一員として活躍しているマリクは、僕の元パーティメンバーの一人だ。緊張感のない喋り方とは裏腹に、戦闘ともなれば鬼神のごとき強さを発揮する。

 聖騎士であるために自由な時間はあまりなく、今回のように私用でダンジョンに潜る事は滅多にない。


「なんかねー、色んな方面から残った人の救出に行くべきだって話が上がって来たみたいなのねー。デュマとかも手を回してくれてたんじゃないかなー」

「商会も、さすがに評議会メンバーの娘のリトさんが絡めば無視するわけにもいかないだろうし」

「そゆことー。でも大っぴらに救出作戦なんて打てないからねー。こうして見逃してもらった感じかなー」


 デュマもマリクも、情報の速度は大した物だ。僕が入口で呆然とリトさんの帰りを待っている間に、情報を揃えて、ここまでの手筈を整えていたという事だろう。特にデュマは仲間の手配だけでなく、マリクが動きやすいようにしてくれていたらしいというのはもう、頭が上がらないし一生敵わない気がしている。


 マリクはマリクで、この呑気な会話を巨大なカエルに切り掛かりながらのほほんと話してくれているのが恐ろしい。時折敵を見ないで僕らに向かって話しながら急所に的確に当てたりしていて、こっちにも一生喧嘩は売らないようにしようと心に誓った。


 という訳で戦闘中なので、四匹の巨大なカエルのために、こちらからも全員に指示を飛ばしていく。巨大なカエルはこれといった特殊な力はないが、長い舌で食われないように注意しなければならないので、出来るだけ動いてもらって標的を固定しないように注意している。


「そこでロックさんは右の奴を足止めして。マリクは左のにトドメを。ロールさんは奥の奴に【軟化】をかけておいてください。メリトはマリクのが終わったタイミングで奥に」


 三人が次々に切り掛かり、あっという間に巨大カエルを屠っていく。ロールさんの魔法は丁寧で、成功率が抜群に高い。マリクとメリトの攻撃力があれば、下手な攻撃魔法で二人に飛び火させるよりも防御を崩したり攻撃力を下げたりしておいた方が効率が良い。

 手数の多いロックさんが常に注意を逸らしてくれるため、戦闘を有利に持っていく事が容易になるし、このパーティは少ない人数を感じさせないバランスの良さがある。


 程なくして巨大カエルは全て葬り去られ、石畳には体液と臓物が散らばった。放っておくとこれを食べに来るモンスターに出くわしてしまう。特に怪我をした者もいないので、武器の手入れもそこそこに退散することにした。


「すごいねー。なんだかサクサク進んじゃうー」

「メリトさんも、まさかそんな強いとは思わなかったな……」

「ウチのパーティで戦えなかったのはカルだけだよね」

「うんー。あとは皆すっごい強かったのー」

「いいんだよっ! 僕は観察して指示する係だったんだから!」


 いくら個々が強くても、それぞれがバラバラに動いていては効率が悪いし、隙も増える。無駄をなくすために観察して指示をするようになってから、僕のパーティでの役割は自然と決まっていった。


「しかし本当に、オレってこんなに強かったかって勘違いしそうだ」

「あの……呪い屋さんの指示が、凄い的確なんだと思います。弱点とか、状況とか、本当に……すごくて」

「まあ、昔の知識がまだ使えて助かってますよ。モンスターの状況なら見てればわかりますから」

「いやわかんねえ」


 ロックさんの超速のツッコミが飛んで来た。一歩引いて見れば案外わかるものなのだけど。


「そうかな。攻撃した回数と傷の深さとか、モンスターの動き方とか見てれば大体わかるでしょう?」

「いや、わかんねえし……」

「あのねカル、そんなの見るだけでわかるのあんまりいないから。攻撃回数だって全員分数えて覚えてる人なんて他に見たことないから」

「そんな事してんのかよ……」

「数えるだけだし見てるだけなんですけど……」


 皆はちゃんと身体を動かして戦っているし、前線に出れば視界は自然と狭くなってしまうのだから、周囲を見ろと言っても難しいだろう。僕は元々魔法使いで後ろにいたので、そういう観察は最初からやりやすかった。多分それだけの事だと思う。


「それだけ的確に指示があれば無駄な行動がなくなるから……」

「そうそうー。カルと一緒だとねー、そういうの楽なのー」

「現役復帰しなよ、カル」

「戦力にならないのに?」

「新しい職業、軍師として」

「冗談抜きでそれはありかもしれない」


 本来は緊張感を維持しながら、慎重に、静かに進むのが正しいダンジョン攻略のような気がするのだけど、僕のパーティメンバーは全員よく喋る。しかも内容は雑談に近い。

 今回のこのパーティでも、慣れて来た頃に雑談が始まり、もはや雰囲気も何もあったもんじゃない。ロックさんとロールさんはちょっと戸惑っていたものの、次第に慣れていって一緒になって話すようになっていった。

 久しぶりのダンジョンだったけれど、当時の雰囲気が思い出せてちょっと楽しかったし、随分と気も晴れた気がする。


 こんな調子で地下三階まで順調に降りて来て、四階に下りる階段の手前で休憩を取った。

 救出が目的なので戦利品を集める事はほとんどしておらず、かといって食糧はリトさん達に与えるために用意したので殆ど口に出来ない。つまり鞄の中身がほとんど減らないし、増えない。


 僕だけが現役を引退してから本当に身体を動かさなくなっていたので、たった三階ですでに体力が限界に近い。他の人達は休憩時にも楽しく話を続けているが、もはや僕にそんな余裕はなかった。


「そろそろ行くー?」

「かまいませんよ」

「そ……そうだな」

「うっし、急ごうぜ」


 僕以外はとても元気で、とてもやる気に満ちている。一緒に行動するのでなければこれほど頼もしい事はないのだけど、正直言ってかなりきつくなっている。後方にいて灯りに照らされる事もないので、肩で息をしていてもあまり目立たずに済んでいるのは助かる。

 何かあったら囮くらいにはなれるだろう。

 体力を振り絞って、勢い良く立ち上がる。

 精一杯の強がりだが、周囲を不安にさせないためにはこれくらいはしておきたい。


「あ、カル、ちょっとそのまま動かないで」

「ん? どうした、メリト……っておい」


 ふいに身体がやわらかなものに包まれた。

 温かくて、少しいい香りのするもの。

 鼻先に触れた毛先がちょっとくすぐったい。

 メリトが覆い被さるように、包み込むように僕に抱きついていた。彼女は僕より背が高いので、こういう時には僕の方が包まれる側になってしまう。

 後ろまで手を回した所で、なにやら耳元で囁かれた。かすかに聞き覚えのあるその言葉は、【治癒】の呪文だった。

 全身がじわじわと温かくなっていき、体の緊張がほぐれ、疲れが消えていくような気がしてきた。治癒は怪我を治す魔法だと思っていたが、こんな使い方があったとは知らなかった。 


「【治癒】の魔法は、本人の自然な治癒能力を短時間で一気に高めるものなのよ。そして接触によって効果を高められるから、こうすると全身に魔法の効果が発揮されるの。」

「まさかこんな使い方があるとは……」

「口数減ってたからね、きっと疲れてるんだと思って」

「バレバレかよ」

「顔色も悪かったしね」


 雑談をしながら探索する理由が、まさか疲労した人を見分けるためだったとは思わなかった。確かに疲れていたり具合が悪ければ、話をする余裕もなくなってしまうだろうけど。

 おかげで疲れもほとんど吹っ飛んだ。

 またしばらくは何とかなりそうだ。


「あーいいなー。わたしにもやって、それー」

「マリク、甲冑着てて痛いからやだなあ」

「金属鎧間に挟んだら効果ないだろ」

「大丈夫だよーこれミスリルだもんー」

「全身ミスリルなのか! 聖騎士の甲冑えげつないな!」


 同じ重さの金と同じか、それ以上の価値を持つミスリル銀で全身を覆う騎士がいるとは思わなかった。聖騎士ともなれば魔法も堪能なので、防御力と魔法の力を両立させられるミスリルの鎧はまさに理想の装備ではあるが、そんなもので隊を作ったらそれだけで国が一つ買えてしまうんじゃないだろうか。


「ミスリルの甲冑なのは隊長とわたしだけー」

「それでも十分凄いな」


 マリクがどれほどの強さを誇り、そしてその存在の期待値がどれほど高いかを端的に示していると言えるだろう。


「ふぁー! 気持ちいいー!」

「変な声出さないの!」

「ええー、だってこれすっごいよー。こんなのはじめてー! お顔がおっぱいで包まれるのも気持ちいいのー! ロールちゃんもしてもらいなよー!」


 怪しげな声で効果を声高に語る聖騎士。

 メリトの身長は僕より高いくらいなので、大抵の女性は頭一つから二つ分の身長差が出る。そのまま正面から抱きつけば、確かにマリクの言う通りの状況が出来上がる。

 遠慮していたロールさんも、マリクに強引に押されて同様に骨抜きにされてしまっていた。ロールさんのとろけるような声があまりに官能的すぎて全員微妙な空気になりかけたのは、まあどうでもいい話かもしれない。


 ロックさんは声をかけられた時に一瞬もの凄く嬉しそうな笑顔でお願いしようとしたが、ロールさんの視線攻撃に気付いて辞退していた。

 さすが盗賊は周囲の殺気に敏感だ。


 全員がほどよく回復した所で、さらに深部へと進むべく、階段を降りる。

 その先はさらに暗く、不快な空気が漂っているように感じられた。

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