06 生きるための技

 盗賊ギルドの存在意義。

 真面目に聞かれると、案外答えに窮するところかもしれない。

 何しろ僕らにしてみれば、ある事が当然のものなのだ。

 今更その存在に疑問を投げかけることもない。


 しかしデュマは、そんな質問に対してあっさりと的確な回答を用意してくれた。

「そうだね、嬢ちゃんの親父さんが入ってる商会と同じさ。同じ仕事してる奴らが集まって助け合ってる。それだけの事さ」

「盗賊って言い方が、なんかイメージ悪いと思いません?」

「イメージ?」

「なんだか、悪い人の集団みたいだわ」


 さすがのデュマも、この言葉には吹きだしてしまった。

「え? 何か変な事言った?」

「いえ、変ではありませんよ」


 これもまた、リトさんの中ではそういうイメージだというだけの話なので、無下に否定してはいけない事だ。

 とはいえ、盗賊を指して悪い人ではないというのは、さすがに他で口にしたら世間知らずと言われても仕方がないかもしれない。


「世間様が望む姿になれない人という意味では、悪い人だろうさ。本当に性根の腐ってるやつもいるけど。あたしらの大半は、人並みの仕事に就けなかったやつらだからね」

「え、仕事なんて、この街ならいくらでも……」


 あえて口は挟まなかったが、とてもリトさんらしい言葉だと思う。

 彼女の周囲の世界なら、その言葉は、多分真実なのだ。


 デュマも同じような事を思ったらしく、リトさんを見てちょっとだけ微笑んだように見えた。

「嬢ちゃんの想像もつかないような暮らしをしてきた奴もいるんだよ。そういう奴は、どこに行っても、使ってもらえない」


 迷宮街などと言われて、一見栄えているように見えるこの街でも貧富の差は激しい。

 僕自身は農村部の出だから、差も何も全員が一様に貧しくて助け合って暮らしていたので、逆にそういう世界は見てこなかったけれど、街の外周部の狭い路地には、デュマの言うような人もまだ多い。


「ガキの頃に泥水を啜って死ななかった奴が、ここでこうして寄り添っているのさ」

「……」


 リトさんにはちょっと刺激が強かっただろうか。

 デュマの説明に表情をこわばらせ、怒りとも悲しみともつかない感情が、彼女の中でドロドロと溶け合っているようにも見える。

 何度か口を開きかけては諦め、唇を噛んだり、目を瞑ったりしている。吐き出すべき言葉を探っているのだろう。吐息に単音が混じる。


「私の知り合いの、盗賊の探索者は、自分たちは職人みたいなもんだって言ってたわ」

 やがて、一生懸命吐き出すように、自分自身に言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 反論という訳でもないだろうが、リトさんの中の世界での盗賊というものについて、自分なりに定義してみたかったのだと思う。


 探索者としての盗賊は、宝箱やダンジョンの罠を見つけたり、鍵を開けたりといった特殊な技能を持った人たちであり、戦士や騎士とは違った戦い方でパーティに活路を開く特殊なアタッカーでもある。


 当然ながら、パーティメンバーの持ち物を拝借したりとか、突如敵に寝返ったりとか、そういう道義に反した事をするような奴はいない。

 それは、単純にダンジョン内でそんな事をすれば生きて帰れないからだ。無事に生還するという目的が一致しているからこそ一緒に行動しているのだから、当然と言えば当然だ。


 リトさんにしてみればその部分しか知らなかったので、デュマのいう本来の盗賊達の姿は、ギャップが大きすぎたかもしれない。


「私達が生きるために必要だった技術が、たまたま冒険者や探索者にとっても必要な技術だったのさ。その技術を学ぶためにウチに来るモンも、なかには居るね」


 ちょっとした規模の街なら盗賊ギルドは存在する。そんな名前で呼ばれていない場所もあるだろうが、表通りを歩かない人たちの集まりというのは、どこにでもあり得る。

 迷宮街は人口に比して探索者が多い事から、他の街に比べてもそういう職人的な、街での「仕事」をしない盗賊が多いかもしれない。


「ベイツのことなら、あいつは戦士からの転向でウチに修行に来たやつだから、根っからの盗賊とはちょっと違うかもね。最近の若い探索者には、そういう盗賊が多いかもしれないね」


「あの、どうして色々、私のことご存知なの? 父のこととか、ベイツのこととか……」

「気になった子の事は、知りたくなるもんだろう?」

「そ、そんな……気になるだなんて……!」


 魅力的な声と台詞でリトさんはメロメロであり全くもって誤魔化されてしまったが、デュマの情報力は街では右に出る者はいないだろう。この街の事で知らないことなどない。

 その気になればどんな事でも調べられるので、「リトさんがよくつるんでいる探索者」などという足の短い情報だって簡単に仕入れることができてしまう。


 知っていたからこそ、今回の仕事を頼んだのだけど、こうして目の当たりにすると敵じゃなくて良かったと心底胸をなで下ろしたくなる。


「あの、デュマさんは、どちらなの?」

「ふふ……さあね? まあ、私も生きるためなら、なんだってやるよ。それはここの連中と何も変わりはしないさ」

「……なんでも?」

「幻滅したかい?」

「いいえ。きっと、デュマさんの「何でも」には線引きがされてると思います。勝手な思い込みかもしれませんけど」

「へえ」


 悪くない読みだ。デュマもちょっと感心している。

 実は、少し前にこの町の盗賊ギルドは大改革が行われた。

 その頃のギルドは、迷宮街と言われるようになって以来、急激に大きくなりすぎて腐敗し、本当の意味でなんでもやる組織になってしまっていた。それはもう自由ではなく、ただの無法だった。


 盗賊ギルドなのだから無法で何が悪いのかという意見もあったが、このままでは街を内側から食い破りかねないという危惧をする者たちが現れた。

 その意見に賛同した若い衆が決起し、大規模な粛清と改革を進め、今に至る。


 盗賊たちのギルドである限り、「悪い人の集団」である事には変わらないが、今はそこに一定のルールがあり、本来の互助会としての組織運用がなされ、色々な意味で街の受け皿として機能している。

 今のギルドマスターと幹部達は、その時の改革の中心人物で構成されている。デュマは本来ならマスターの位置にいるべき人物なのだが、そういう柄ではないと辞退して、今の位置にいる。


「私はね、ゆくゆくはこの街の探索者にもギルドを作りたいなと思ってるんだ」

「探索者ギルド?」

「それは、僕も初耳だね」

「盗賊も探索者も大して変わりゃしないからね。助け合わなきゃいけないと思ってる」


 実際に探索者はそれぞれが助け合って生きているようなものだ。ダンジョンに潜る際には六人でパーティを組んでいくのは当然として、情報の共有やアイテム類を分け合ったり、様々な部分で協力している。


「いつかは、今の騒ぎも終わってしまうんだよ。そうなる前に、仕事を斡旋してやったり、仲間を探してやったりという事が、組織として動けた方がいい。懸賞金を使えれば一番簡単なんだけど、それじゃ遅いからね」

「ダンジョンの奥の魔法使いを倒しちゃったら、ここがもう迷宮街じゃなくなっちゃうのか」

「ダンジョン自体は残るし、呼び名が簡単に変わるとは思えないけれど、探索者の生活は変化してしまうでしょうね……」


 僕の仕事も、ダンジョンが主戦場でなくなったのなら大きな変化が訪れるだろう。

 

「探索者でいられなくなった奴にも、この街に居場所を作ってやりたいじゃないか」


 以前にも話した事があるが、探索者が探索者でいられる期間はそう長くない。

 怪我や加齢による能力の減衰は、誰にも避けられない事だ。

 そしてこの街には、僕を含めてそういう元探索者が結構多い。


「素敵ね! その夢、私もお手伝いさせていただける?」

「そうだな、何かあったら遠慮なく頼むことにするよ。もちろん、それなりの対価は用意させてもらうからな」


 盗賊ギルドの存在意義の話から、意外な方向に内容が変わっていった。

 以前から色々と考えている人だとは思っていたけど、探索者についても考えているのは知らなかったし、その構想はとても面白いと思う。


 ダンジョンがなくなったとしても、周囲のモンスターから街の住人を守ったりとか、奪われた財宝を取り戻したりとか、色々とやれる事はある。

 というか他では冒険者と呼ばれている人たちがやっている事だ。やっている事は大して変わりない。


 仕事としての内容の幅、受ける地域の幅が格段に広がれば、個人で請け負うために奔走するのも大変なので、どこかが窓口として受け入れれば、仕事を頼む側も楽になる。


「……ちょっと喋りすぎたら喉が渇いたね。フィリス! お茶!」


 デュマが声を上げてしばらくすると、部屋の奥の扉からメイドが盆にティーセットを載せて持ってきた。

 ギルドにはデュマ専属のメイドが何人かいるのだ。


 やってきたのはとても可愛らしい女の子で、やけに露出の高い作業服を着ている。デザインはハウスメイドが着るものと大差ないのだけど、スカートの丈は膝が出るほどに短く、胸元は必要以上にはだけていて、谷間を強調している。

 実用性は全くなさそうだが、実際あまり汚れていないので、作業服ではなく、パーラーメイド用にデュマが作らせたものだろう。


 着ている本人は衣服の白さに負けないほどの白い肌と、美しい金髪が目を引く。目の色も緑色で、あまりこの辺では見かけないタイプだ。化粧のせいで随分大人びて見えるが、実際の年齢は十五にも満たない程度ではないかと思う。


「新しい子、また入れたんだな」

「可愛いだろう?」


 お茶を置いたメイドの子を抱き寄せて、髪を撫でたりまぶたにキスをしたりしながら自慢してきた。


「ほら、これなんかもっと大きくなるよ、絶対!」


 すでにたわわに実っている胸を下から寄せ上げながら話す様は、まるで助平な中年のオヤジのようだ。

 それはそれとして恥ずかしそうにしながらもデュマに身を任せるメイドの子の仕草や表情は、確かにとても可愛らしい。


 ちらりとリトさんの方を見ると、両手を握って口が半開きになっていた。

 誰にも聞こえないような小さな声で、ずっと「そこ代わって、代わって……」と呟いているので、それについては聞こえないことにしておいた。


「……あれ?」

「どうしました?」

 焦点の合わない目でずっと二人の姿を見つめていたリトさんが、何か見つけたらしい。


「……奴隷の子?」

「目ざとい子だね。修行が終わったら消してあげてるんだけどね。まだ入ったばかりだからさ」


 リトさんは肩にちらりと覗いた焼き印を見つけたのだと思う。

 露出が高めなのが災いして隠しきれなかったようだ。

 迷宮街では取引されていないので、他の街まで買い付けに行ってきたと思われる。


「私の趣味でね、よく買ってくるんだ。身の回りの世話もしてもらってるけど、技も仕込んでる」

「わ、技を……。技……!」

「独り立ち出来るようになったら、改めて焼き印を消して、あとは好きにしてもらってるのさ」

「昨今、女盗賊がどんどん増えてる理由の一端はこいつにありますからね」

「あ、盗賊の技……! そっか、盗賊の……!」


 なんだと思ってたんだろうか。

 彼女は探索者時代からずっと、不遇の女性を見かけては連れ帰って保護し、一人で生きていけるように様々な教育や指導をしていた。稼ぎの大半がそれに消えていたらしい。

 ギルドの幹部となった今は、囲える女性の数が増え、わざわざ外の街まで行って奴隷として売られている人を買ってくるまでになっている。


 多分仲間以外は殆どの人が知らないが、街にある教会が身寄りのない子供を預かるようになったのは彼女がきっかけであり、そして今でも内密に資金援助を続けている。


「盗賊が教会に金を出しているなんてしれたら、どちらにも良い事はないからね」

 そう言って、僕と、お金を受け取っているメリト以外の人はこの事を知らない。


「まあ、居心地がいいとか何とか言って、みんなウチに残ってくれてるんだけどね」


 今日、店にやってきたギルドメンバーの男性が「目立つ」といった理由の一つに、女性比率がやたら高いというのもあるのだった。

 他の街のギルドでは女性を見かける事など殆どない。


「……さて、長居してしまったね。忙しいのに悪かった」

「ここからが面倒くさくなりそうだからね、がんばりな」


「少し、考える事にするよ」

「嬢ちゃんも気をつけてな」

「は、はい!」


 ひとまず帰って、アルマさんにまた話をしてみよう。

 これで一段落するかと思ったが、デュマの言う通り、ここからが余計に面倒な展開になるのだった。

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