09 医者はどこだ

 その短剣は呪われていた。


 エーテルの光を纏い、何らかの想いを凝縮し、持ち主に対して強い影響を及ぼすための力が宿っていた。

 数日前まではそんな兆候すらなく、預かっていても何かが起こることもなかった。

 しかし現実に、目の前の短剣は呪われている。


「本当に、呪われていますね……」

「ええっ!」

「だから言ったじゃないですかあ」

「いや、しかしなあ……」


 特徴的な傷が同じ位置に残っているし、すり替えたものではなさそうだ。

 たった数日持っていただけで呪われる事などあるのだろうか。

 可能性がない事もないだろうが、どれほどの想いを込めたらそうなるのだろう。


 目の前の女性は、そこまで思い詰めた様子もなく、いつもと変わっていないように見える。

 呪われているというのに喜んでいるような雰囲気さえある。


「……まさか、あれか……?」

「どうかしたの?」

「これは、ちょっとまずいかもしれないです。あの宝石達が……」

 彼女が持っている短剣を改めて視ると、エーテルの輝きは装飾である宝石の部分に集中していた。


「あの宝石って、確か屑宝石を寄せ集めてるって言ってなかった?」

「そうなんです。でも、あの並べ方は気付かなかった……!」


 以前話した事があるが、宝石はエーテルと相性が良い。

 催事用の武器や道具には宝石をちりばめることが多いのはそれが理由で、エーテルを貯め込んだり、エーテルの持つ力を増幅したりといった効果を得ることが出来る。

 そして、宝石は一定の配列によってその力を更に増幅させる事が出来る。


 宝石に限らず、同じものを特定の配列にする事は、エーテルの影響を増幅させる、呪文に近い効果をもたらす。

 古い遺跡にある謎の配列の石や骨などは、昔の魔法の儀式や設備の名残だと言われているし、呪符に魔法を書き込む場合は特定の記号を追加することで効果を上げることが出来る。


 恐らくは偶然だろうが、アルマさんの持っている短剣に付けられた宝石は、その配列を見事に踏襲していた。半端に資料を見て作られた感じはしていたが、その辺も半端に再現してしまったのだろうか。正確でない代わりに効果がより強化されてしまっているのだが。


「あの並べ方をしてあるとどうなるの?」

「詳しくは図書館で調べる必要があるでしょうが、所有者に力を与えるタイプに近いんじゃないかと……」

 元々思い込んでいた事もあるが、この短期間でここまで見事に呪いが発現してしまったのはあの宝石達の力の影響が強そうだ。


「うふふ、やっとわかってもらえたみたいね」

「そうですね……。解呪が必要ですね……」

「触らないで……!」

 

 短剣に手を伸ばそうとした瞬間、アルマさんの雰囲気が急変した。

 伸ばしてきた手を払い、微妙に焦点の合わない目で僕をにらみ付けた。


「なに、急におかしくなってない?」

「恐らくはあれが、彼女が望んでいた事なのでしょうね」


 もともと彼女は、この短剣が呪われていて欲しい、またはそうあるべきだと思っていた節がある。手放す事が出来なくなる呪いだというような事を言っていたので、こうして実際にかかった呪いも、それに類する効果を発揮するだろう。


「問題は、どういう防御反応を示すか、なんだよな」

「そこは頑張ってくれ、騎士団長」

「調子良いなオイ」


「騎士団長と蒼の麗騎士がいるんだから何とかなるだろ」

「丸腰のわたしを頭数にいれないでよ!」

「オレだって丸腰だよ!」


 二人とも何の装備もしていないので、無茶な話である事は理解しているが、それでも僕一人で対峙してしまうよりは何倍も心強い。特にダルトは常々鍛え上げられた肉体を指して全身が凶器であるというような事を言っていたし。


「まあいいけど、店の中のものについては期待しないでよね」

「そこも何とかお願いします」

「別料金ね」

「金取るんですか!」

「デュマさんに言われたからね」

 学んだ事をすぐに実行するというのは大変良い姿勢ではある。出来ればその姿勢は明日からにして欲しかったところだけど。


「誰にも渡さない……」

 すでに正体をなくした目で、どこを見るでもなく立ち上がると、ゆらりと右手を上げて、手の平をこちら側にかざしてきた。拒否の姿勢というには大仰な身振りだと思ったら、おもむろに彼女が何かを口ずさみ始めた。


「呪文だ!」

 僕より早く、ダルトが口ずさんでいたものの正体に気付いた。やはり現場に長い事出ていないと勘が鈍るものだと痛感しつつ、慌てて口唇や音を読み取り、呪文の内容を予想する。


「【衝撃】だ! 何とかこらえてくれ!」

「何とかって!」


 何しろこちらは魔法が使える人間がいない。魔法の内容が衝撃だという予測が出来た事で、やれることは防御姿勢をとるくらいだ。

 炎の魔法とかでなくて本当に良かった。


「衝撃よ、打ち倒せ」

「何でオレの方に!」

 呪文の詠唱を終え、抑揚のない言葉のまま、魔法をダルトに向かって発動させた。

 見えない空気の塊がダルトに向かって、中心の光景を歪めながら、ついでに周囲の商品をなぎ倒しながら猛スピードで突き進む。


「ぐぅっ!」

 ダルトが両手でなんとかガードするも、こらえきれずに後ろへ吹き飛ばされた。普通なら素手のガードなんて軽く弾き飛ばされてしまう所だが、さすが全身凶器男はちょっと違う。

 しかし後ろの棚から衝撃で一部の商品が転がり落ちてきてしまい、派手な音を立てて床で飛散してしまった。


「くっ、このままでは店の商品が……!」

「バッカお前心配する所そっちかよ!」

「ダルト、これで何とか頼む!」

 背に腹は代えられない。店の奥にあった小さな短剣をダルトに放り投げた。女性が護身用に使うタイプの、刀身が細い短剣だ。刃渡りも二十センチ程度しかない。

 しかし狭い店内で扱える武器なんて、店にはこれくらいしか残っていなかった。


「まかせろ!」

「宝石を、一つでいいから落としてくれ!」

「ちょ、ちょっと! そんなの無理に決まって……!」


「一つで良いんだな!」

 リトさんに無理と言われた注文に眉一つ動かさずに返答して来た。しかも難易度を自分から上げるような内容で。


「落としすぎると別な効果が出るかもしれない!」

「わかった!」


 ダルトが剣の鞘を抜いて、刀身を体の正面に持っていく。短剣というよりは、レイピアなどの細身の剣を扱う時の構えのようだ。正確な位置への打ち込みという事であれば、この方が良いのかもしれない。

 しかしアルマさんの左手に収まっている短剣から、見えている宝石はほんの数個。あとは手の中に隠れてしまっている。


「あんなのどうするのよ! 五つも見えてないじゃない!」

「いいんだよ。落とすのは一つだけでいいんだからな」

「左手ごと切り落とすとか……!」

「意外と物騒なこというな嬢ちゃんは!」

「だって、手の内側よ?」


 アルマさんの持ち方のせいで、短剣の宝石は手の内側に入ってしまっている。角度によっては完全に見えなくなってしまう位置であり、普通なら届きようがない。

 真剣なまなざしでアルマさんを正面に見据えて隙を伺うダルト。最近ではダンジョンに行くこともないのでこういう表情の彼は久しぶりに見る。


「また、性懲りもなく奪おうというの!」

 完全に正気を失った状態のアルマさんが、ダルトを完全に敵対者と認識してしまったようで、再度右手を上げて攻撃の姿勢に入った。


 先ほど受けた衝撃の魔法は、この短距離で当たると効果がかなりでかい。

 もともと鎧などが効果を発揮出来ないタイプの魔法で、ある程度効果範囲が広いため、狭い店の中で撃つと避けにくいことこの上ない。避けた所で後ろの商品がまた吹っ飛ぶので、出来ればダルトには大けがしない程度に受け止めてもらえるとありがたいのだが。


「お前アレだろ、店のもの壊されるくらいなら受けろとか思ってるだろ」

「そ、そんな訳あるか。がんばれ」

「適当な応援だなオイ」

「急いで! 次が来るわ!」


 アルマさんの呪文の詠唱が始まった。難しい魔法じゃないので詠唱自体はすぐに終わってしまうだろう。正面に構えてるダルトはこのままではまともに衝撃を受けてしまう。


「待ってた!」

 しかしタイミングを計っていたダルトの短剣が、呪文詠唱による一瞬の隙をついて彼女の左手付近を一閃した。


 真っ直ぐに繰り出された短剣は、正確に宝石一つだけを突き、えぐり出す。弾き飛ばされた宝石はどこかに飛んで行き、増幅の効果を失った短剣はエーテルの輝きを急激に失って、その影響はアルマさんにも及んだ。


 焦点の合わない怪しげな目が、うたた寝から急に起きたようなはっとした表情になり、正気を取り戻したようだ。


「よし! 流石だな!」

「ばっかお前、これぐらいでグオァ!」

「あ、魔法……」

 詠唱が終わっていた【衝撃】の魔法は、手の中で力が行き場を失って暴走してしまった。方向性を失った力はアルマさん本人と、そばにいたダルトに襲いかかる。


 いくら正気に返ったからといって、発動していた魔法まで消えるというものでもない。弓から放たれた矢はもう止める事は出来ないのだ。


「てめえ知ってて黙ってやが……ぐあァいてえ!」

「ちょっと! 大丈夫? ねえ!」

 アルマさんは衝撃で後ろの壁に吹き飛ばされて気絶してしまっていた。上に商品が落ちて来なかったのは不幸中の幸いとでも言おうか。


「さて、とりあえずどうしたものかな……」

 床には商品類が転がり、皿や瓶の破片が広がり、そして大きな男が一人と、女性が一人転がっている。

 運良く難を逃れたリトさんはアルマさんの介抱に向かい、同じく無事だった僕は、それらの光景を見て軽く途方に暮れていた。


「とりあえず、僧侶でも呼ぶか」

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