10 最後の試練
図書館の中には、モーリスしかいなかった。
相変わらず来客者のいない施設だが、それはさておき肝心のロールさんがいなかった。
いないのではなく、僕らが見えていないだけなのだけど。
「モーリスは、見えてるのね?」
「突然、見えづらくなった」
モーリスが小さく頷いて、そう答えた。
「何か、いたのか?」
一人だけ事情がわかっていないロックさんが、不安そうに辺りを見渡している。ロールという名前を聞いても全く反応がなかったのが、少し悲しい。
どう説明したものか考えあぐねていると、リトさんの方が先に口火を切ってしまった。
「あなたが思い出さなければならない人が、今、ここにいるの」
「俺が……!」
「だけど今、その人は見えなくなってる。彼女の力で見えるようにしていたものが、見えなくて。見えていれば、記憶も戻しやすかっただろうに……ごめんね」
「姉ちゃんが謝ることじゃねえだろ」
「でも……」
突然モーリスの魔法が切れた理由が気になる。単純に時間経過によるものなのか、他の要因があるのか。
「モーリス、何か思い当たることはあるかい?」
「皆が来たら、突然見え難くなった」
「呪い屋さんが悪いんだ、きっと」
「僕が何したっていうんですか」
「……それは、俺じゃないのか」
突然のロックさんの申し出に、全員がはっとする。
確かに、今までと違う条件なのは彼が入ってきた事だけだ。
ちょっとだけその可能性は考えたのだけど、呼びつけておいてお前が悪いというのは実に言いづらい。
リトさんなら言ってくれるだろうかと思ったら僕のせいにしてきたし。
「試しに、ちょっと出てみるから何か変わったら教えてくれ」
「モーリス、彼女は今どこにいる?」
「ここ」
「すぐそこにいるんだね。それじゃあすみませんが、ロックさん、お願いします」
ロックさんが扉を開けて出て行くと、室内の空気がすっと入れ替わったような雰囲気がした。大きく開けたわけでも、風が入り込んだわけでもないので、気のせいと言われればそれまでなのだけれど。
別にロックさんが部屋の空気を悪くしていたとかそういうつもりは毛頭ない。
「ロールちゃん?」
「あ、見えるんですか!」
「聞こえるよ! ほら、触れるよ!」
「よかった……! わたし、まだ、居るんですね……!」
振り向くと、ロールさんとリトさんが抱き合っていた。
ロールさんの抱きつく力の強さが、どれほど不安だったのかを物語っていると思う。
やはり、彼が何らかの問題になっているのは間違いない。
「どうだった? ……って、何やってんの姉ちゃん」
ロックさんが戻ってきた途端にロールさんの姿は消え失せ、リトさんは自分を抱きしめている格好になってしまった。
姿は見えず、声もまた聞こえなくなってしまったようだが、それでもその感触はそこにある。リトさんはそのまま彼女を抱きとめたまま話しかけている。励ましの言葉をかけているのだろうか。
「やはりロックさんが入るとモーリスの魔法が打ち消されるようです。今はリトさんと一緒にいるのですが、僕らにも見えなくなっています」
「そこにいる人が、俺が忘れてはいけない人、なんだな」
「はい」
「なあ、そこの人。聞いてくれるか」
「ロール、聞くって言ってる」
ロックさんが、ほんの少し視線を上下にずらしながら、口を開けたり閉じたりしていた。言い出すべき言葉が見つからずに逡巡しているように見える。しばらく下を向いていたが、意を決したのか、顔を真っ赤にしながら、大きな声でロールさんの方に向かって話しかけた。
「すまねえが、今はまだあんたの事がわからねえ。顔を見れば思い出せるのかもしれねえが、それも叶わねえしな。でも、必ず思い出すから。待っててくれ」
「あら、格好良いじゃない」
「あんたらがここまでしてくれるんだからな、俺も真面目にやるさ」
「問題はどうやって姿が見えるようになるかなんだけど」
モーリスの魔法が打ち消されてしまうのは、指輪にかかっている呪いがモーリスのそれよりも上位に位置する存在だからという事になる。厳密にいえば二人の指輪が近づくと、モーリスの魔法よりも強い呪いの力が発動される、といった感じだろうか。
一人でいるときには問題がない事と、離れるだけで解除されることからも、おそらくはそれで間違いないだろう。
「指輪外せばいいんじゃないの?」
「あ」
「外せるんでしたね、そういえば」
一旦ロックさんが僕と一緒に部屋に出て、指輪を預かってロックさんだけ部屋に戻るという作戦を決行した。
結果は失敗。
指輪があろうがなかろうが、ロックさんが近づけば呪いは発動される。
逆に、僕が指輪を持ったまま部屋に戻り、ロックさんが部屋を出てもやはり呪いは発動され、ロールさんの姿は消える。
発動の条件としてロックさんと指輪はどちらか、ではなくどちらも対象のようだった。
「これ、罠かもしれないのでロックさんは指輪を外さないでいてください」
「あってもなくても困るんだったら、つけてなくていいんじゃないか?」
「説明するの忘れてましたが、この指輪は、愚行の女神が作ったものなんですよ」
「神の作ったアイテムかよ……。どんな女神なんだ、そいつは」
大体どんなろくでもないことをしでかしてきたか、という部分についてかいつまんで説明してみた。話をして行くにつれてロックさんの表情がどんどん曇っていくのがわかる。曇るというか、目の前で子供がどんどん新しい悪戯を開発していくのを見ていく親の表情のようだ。
話し終わると、はめていた指輪を見る目が明らかに変わってしまっていた。
「いらないと思って捨ててから、実はそうする事で本来の罠が発動するとか、そういう事しそうだな」
「僕もそう思います」
「永遠の指輪って、随分皮肉の効いたネーミングだよな……」
より一層、指輪への目線が厳しいものになっていくロックさん。完全に外れを引いた時の目だ。
「ちょっと行き詰まってしまいましたね」
「ねえ、呪い屋さんの目で指輪見たら、何かわかるんじゃないの?」
「そういえば、最初の時はちょっとしか視られませんでしたね。すみません、もう一度指輪を貸して頂けますか」
あまり何度も指輪を付けたり外したりするのも危険かもしれないが、解決の糸口が見つからないので、視てみることにした。小さいものにかかった呪いを視ると、エーテルの帯も小さいのでなかなか想いを読み取るのが難しい。初めてお借りした時は、時間をかけると怪しまれるのでほんのさわりだけしか視ていなかったのだった。
指輪をお借りして、意識を集中させる。
指輪から広がるエーテルの光は、指輪そのものよりも何倍も大きく膨れていて、細い線が何重にも絡み合っていた。
前にも読み取れた、「永遠」「忘却」「消失」の他には、「蓋」「愛」「解放、または消去」が読み取れた。
そして一番気にかかる言葉は、「試練」だった。言葉のニュアンスとしてはもう少し軽い意味合いのようなので、実験とか試験と解釈すべきかもしれない。
消失と消去がわざわざ別に出てくるのが面倒くさい。
前に考えていた、「この呪いは記憶を消去するのではなく、蓋をして取り出せなくしているのではないか」という仮説から考えると、やはりこの蓋という言葉はそこにかかっているのではないだろうか。
今更「愛」という言葉が出てくるのもいやらしい。
「やはり記憶の蓋を開ける、何らかの行為が必要そうですね」
「もっと強い魔法の場所なら、効果が薄まったりするのかな」
モーリスの魔法をその上位の呪いが打ち消すのなら、さらに上の魔法があれば、何か変化があるかもしれない。
しかし指輪の呪いは通常の人が想いの果てに出来たものとはちょっと違う。
「女神の作った呪いですよ。それより強力な空間というのもなかなか」
「だよねえ」
何とかなるかと思ったものの、その実現の為の手段は、あまりに現実味がなさすぎ、再び、暗礁に乗り上げたような気分になってしまった。
何かあったような気がするのだけど、どうにも思いつかない。
しばらくそのまま、全員が沈黙していたが、突然モーリスが声を上げた。
「……ある」
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