第六章
01 魔法のアイテム、セール中
ダンジョンが九階まで降りられるようになってしばらく経つ。
相変わらず九階の探索範囲は大きくは広がっていないようだが、それでも色々な発見があり、店への依頼も相変わらず増えている。
店に積まれている未鑑定アイテムは現在も微増を続けていて、実はかなり厄介そうな呪いのアイテムも放置してしまっている。
一度受付を停止して、現在ある分の鑑定に注力した方が良いのではないか、と思った事も何度かあった。しかし、お客さんからは「手元に置いておくだけでも不安になる」「見て貰う事でひとまず安心出来る」という話を頂くことがあり、そんな事を言われてしまえばやめるにやめられない。
不安そうな顔をした依頼者が、とても晴れ晴れした表情で店を出て行くのを見るのが、最近は楽しみに思うようになってきている。
まだしばらくは店内の棚からアイテムが減ることはなさそうだ。
「そういう訳で全然鑑定進んでないんですよ」
「別に構わないわ。催促しに来てる訳じゃないし」
「そう言って頂けると助かります」
リトさんも相変わらず忙しい身ではあるものの、それでも九階到達時に比べれば幾分余裕は出てきたらしい。かなり計画的に探索をしていて、無理はしないで早めに帰る事を心がけているそうだ。モンスターもそろそろ全く見たことのないタイプは滅多に出なくなり、既知のモンスターに対する攻略方法を検証していくのが今の主な仕事だという。
そのおかげなのか、週に何度か顔を出せる位にはなってきた。
「一通りどんな奴なのかはわかるようになったから、前ほど無理しなくても良くなったのは助かるわね」
「毎日潜らなくても良くなったのはその辺ですか」
「今はどのモンスターがどんな攻撃をしてくるのかを調べたり、どんな攻撃が効くのかを調べるためにも、事前に作戦を練って行動を決めておくようになってるのよ。だから、毎日は行けなくなったのよね。作戦考えてる方には私は加わってないからその間はお休みって訳」
「マウジにしてみればやることのレベルが上がって大変かもしれませんね」
マウジは攻略派全体のリーダーだが、主にモンスター攻略の方を担当している。彼とその周辺の人たちが作戦を考えたりしているという事なので、今日辺りはどこかで次にやるべき事を話し合っているのかもしれない。
「最近、何か面白いものあった?」
「呪いのアイテムはほとんどちゃんと鑑定出来てないので、魔法のアイテムが多いんですけど」
「なんで魔法のアイテムの方が増えるの?」
「呪いと違ってエーテルの環に見える言葉が単純なんです。割とすぐに効果がわかるので、鑑定に時間がかからなくて済むんですよ」
「そういえば私の甲冑の時なんて、一度かけられた呪いの内容を間違えていたものね」
「呪いの場合は本当に複雑で間違う事も多いんですが、魔法のアイテムは最初から言葉が整頓されてるんでわかりやすいんです」
エーテルの光をパッと見ただけで、それが呪いによるものか、魔法によるものなのかを判別するのは難しく、そこは経験による所が大きい。ここで呪いなのかどうかが間違っていたとしても、鑑定する商品の優先順位がずれる程度の問題しか起こらないのでそれほど正確である必要もないのだけど。
ちょうど今視ていた指輪は、呪いではなく魔法のアイテムのようだ。
集中していく事で、ぼんやりと見えていたエーテルの光が次第に解像度を上げていき、文様の描かれた環になっていく。呪いと違ってこの文様の意味が理路整然としているため、読みやすく、理解しやすいのが魔法のアイテムの特徴だ。
「これなんかは、とても効果がわかりやすいですね。低レベルの魔法が封じ込められているタイプで……恐らくは【幻光】の魔法が使えるようです。ダンジョンで先頭に立つ人が持っていると便利でしょうね」
「ああ、それ、欲しいわね。それって取り置きとかしておいてもらえないの?」
「一旦依頼者に話を通して買い取ってからになりますから、値段もまだ提示出来ませんけど」
「それでいいわ。別に急ぐわけじゃないし」
「では、確保しておく事にしますね。値段がわかってから改めて判断してください」
「そうするわ。あまり高くない事を願っておくけれど」
魔法使いの初歩の魔法【幻光】は、ダンジョン内で灯りを灯す魔法だ。魔法使いが持っている杖であったり、ランタンの芯であったり、好きなところを明るくさせる事が出来る。明るさはそれこそランタンとほぼ同じくらいなので、周囲数メートルを照らせる程度。図書館で僕が借りるランタンもこの魔法と同程度の効果がある。
この指輪は、指輪そのものが光るようになっているようで、歩いている時は邪魔にならないので戦士が持っていると丁度良いかもしれない。戦闘時は逆に邪魔になる気がするけど。
少し前なら、魔法の封じ込められたアイテムは非常に珍しく、店頭に並んだとしてもかなり高価だったのだが、九階が開放された途端に凄い数のアイテムが発見されてしまい、価格は大幅に下落してしまった。特に今回のような低レベルの魔法であればかなり手に入れやすい価格にまで落ちている。
もっとも、リトさんのような高レベルの探索者にとっての感覚であり、一般の市民なら数ヶ月は暮らせるような金額ではあるのだけど。
おそらく迷宮街以外ではまだまだ高額な商品である事は変わりないだろうから、この辺のアイテムを持てるだけ持ち逃げして他国で売りさばけば一生遊んで暮らせるかもしれない。そういう意味でもそろそろ戸締まりに関してもう少し気を遣った方がいいだろう。
「そういえば、鍵預かってから一度も使ってないわね」
「使うような事態になられても困るんですけどね……」
「結局留守になってたのって、一度しかないものね。あの時は鍵がなかったからどうしようかと思ったわ」
「ああ、あれは……その、すみませんでした」
留守にしたというか、僕が猫に化けてしまっていたせいで留守ということになっていた日の話だ。色々あって、あの時の猫の正体が僕であるという事は言えなくなってしまった。指輪の効力もなくなってしまっているので、二度と猫に化けることはないだろう。
「被害もなかったみたいだからどうでもいいのだけど。あれはどこに行っていたの?」
「ええと、わからないことがあって、メリトの所に行ってまして……。思ったより時間がかかってしまって」
「ふうん。それなら張り紙なり何なりしておけば良かったんじゃない?」
「慌てていたんです。調べていたアイテムに僕が呪われてしまったようだったので」
嘘をつくときに、ある程度本当の事を混ぜると矛盾が出にくいし説得力が増すので相手を信じさせやすくなる、という話を盗賊ギルドで聞いた事がある。メリトには後で口裏を合わせてもらうことにしよう。さすがに「リトさんが僕のことをどう思ってるのか気にしてるらしい」とかそんな事まで話すつもりはないけれど。
「大丈夫だったの?」
「あ、ええ。結局完全に呪われる前に何とかなりました。指輪はダメになっちゃいましたが」
「無事なら、それでいいけれど。猫はどうしたのかしらね」
「さあ……僕が戻ったときにはいませんでした」
嘘は吐いてないぞ。
納得してくれたのかどうかはわからないが、それほど強く追求するつもりもなかったのか、話題はいつものダンジョンの事に切り替わり、それ以後話に出てくる事もなくなった。彼女にしてみれば忙しい日常のちょっとした違和感の一つでしかなかったのかもしれない。
こちらとしても全容を話すわけにもいかないだろうから、そちらの方がありがたい。
「でね……、ちょっと聞いてるの?」
「ああ、はいはい。聞いてますよ」
「絶対聞いてなかったわよね、今……」
「すみません、ちょっとだけ考え事を」
「まあ、いいけど。私もまだ見たことのないモンスターがいるらしいのよね。噂だけ知れ渡っていたりとか。おかしな格好の人影を見たとかいう話もあるし」
そういう話題だったのか。
九階に出てくるモンスターは大半は見てきたといっても、探索範囲がまだ九階の全てに及んだわけでもないので、未踏破地域に何かいるという可能性は高い。攻略派の中でも探索中心のチームの方が、目新しいものに出会う可能性は高いかもしれない。
「そろそろ探索チームに移った方が面白いかもしれないわね……」
「止めはしませんけど、気をつけてくださいね。危険な任務には違いありませんから」
「もちろんよ。私だって二度とあんな目には合いたくないわ」
あんな目というのは、もちろん九階到達時に起こった事件の事だ。自発的に起こしたこととはいえ、本当に生きた心地がしなかっただろう。彼女がいなければ無事に生還出来たかどうかも疑わしい。
攻略派でも大いに反省し、先ほど話したとおりに探索に対するスタンスを大きく変えている。深追いはメリットが少ないというのが今の共通の認識だそうだ。
「そういえば、奇跡の生還者の方々はお元気かしら? あれからお礼を言う暇もなかったのだけど」
「困ったときはお互い様だから、気にしなくてもいいですよ。特にデュマには変に恩に着ると何を要求し出すかわかりませんから……」
「そうは言っても、私達にしてみれば命の恩人なのよ?」
「そうなると……寺院と、ギルドと、聖騎士団ですか。ダルトの奴は何もしなかったし、三カ所なら一日で回れますね」
ダルトは当時、近衛騎士の仕事で街の外に出ていたらしい。領主の護衛も兼ねていたというから、正式な仕事だった事は間違いない。
むしろ、五人中四人が関わり、三人が実際に集ったという事が大変珍しい事だった。
「んー……。ねえ、呪い屋さんのパーティって」
リトさんが指を数えながら何かを数えていると、片手の指を全て折り曲げた所で勢いよくドアが開いた。
入り口から飛び込んできたのは、今話題に上がっていた男、ダルトだった。
「おや、何もしなかった奴がやってきましたよ」
「かっ、カル……!」
「どうしたのよ、それ……!」
いつものように茶化してみたものの、飛び込んできたダルトの様子を見て空気が一変した。
どうやら人を背負ったまま、店までやってきたらしい。
体力自慢というか体力馬鹿の彼が息を切らして汗だくになっている辺り、よほどの距離を移動したのか、もしくは背負ったままで全力で移動してきたか。
荒い息のまま、背負っていた人を奥の応接用の椅子に座らせて、自身はそのまま地面にへたり込んで、ようやく深く息を吐いて、落ち着いたようだ。
「カル……こいつを助けてくれ。頼む」
背負っていたのは若い女性で、彼女もまた汗だくで、目を閉じたまま荒い息をしていた。
紅潮した顔や、意識の混濁した状態を見るに、何らの病に冒されているのではないかと思われる。
普通は病に冒されれば寺院に連れて行く。近衛騎士団長まで務めるダルトが、そんな事を知らないはずはないし、寺院には旧知の友もいる。
それでもなお、この店に彼女を連れてきたということは、この店でなければわからない何かがあるという事なのだろう。
改めて女性を視れば、いつものように集中を要することなく、彼女の体からエーテルの光が漏れていた。
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