07 光の中の人物


「ちょっと! もうホント何なの!」

「すみません、見て欲しい人がいるんですよ。甲冑外せないんで一緒に来て頂きます」


 翌日の朝、思い立ってリトさんの家に向かい、入るなり彼女を外に連れ出した。


 彼女の家から図書館までは、どちらも中心部にあるために僕の家に行くよりは若干近い。

 しかし町の中心部は探索者が出歩くことがあまりないので、行き交う人の目線が若干痛い。普通の探索者は町中でフル装備にならないし。


「どこまで行くの!」

「図書館です。司書の人なら、色々知っているかも知れません」

「司書? 司書が何を知ってるっていうのよ!」

「この街の図書館の司書は、エルフなんですよ」


「エ……本当に?」

「グレフ氏とも知り合いでした」

「何よそれ。最初から紹介してよね」


 門を抜けると、庭中に咲き誇る美しい花が迎えてくれる。

 約束した通り、花の色が変わる前に入る事が出来た。まさかこんなに早くなるとは思っていなかったけど。


「こんな素敵な場所があったのね、この街にも」


 深いため息と共に、リトさんから感嘆の声が上がる。

 この街は鍛冶屋と探索者の街という事もあり、公共の場ではこの図書館の中庭のような場所をほとんど見かけない。生まれた時からずっと中心部に住んでいる彼女でさえ見たことがないというのだから本当にないのだろう。


「本当に……焼けた鉄とか柄の悪い男とか、この街そんなのばっかりなんだから」

「あまりお好きでないですか、この街」

「嫌いよ」


「僕は好きですよ。僕みたいなのが居られるので」

「呪い屋さんは、ちゃんと仕事もしてるじゃない」

「探索者崩れですからね。他に出来る事もないし。あと鑑定屋です」


 迷宮街と呼ばれるようになって、外から大量に人が入り込んだ。僕もその中の一人だけど、探索者を中心に色々な商売が生まれたおかげで僕のような人間でも何とか暮らしていける。田舎の農家の仕事をろくに覚えもせずに飛び出してきたので、今この街を追い出されたら本当に生きる術がない。


 実はそういう人間は、僕以外にも結構いたりする。


 怪我や加齢による能力低下といった理由が大半だが、家族が出来たなんて理由も聞いたことがある。危ない仕事を辞めて欲しいと懇願されたと、ちょっとだけ嬉しそうな表情で語っていたのを思い出した。理由は様々だが、とにかく街を出ることも出来ずに他の商売で食いつないでいるという人は多い。


 探索者以外の生き方を知らない人、いつか復帰の芽を夢見てしがみついている人、街に愛着を持ってしまった人、帰る場所が最初からない人など、沢山の元探索者を見てきた。


 次々と脱落していく知り合い達を他人事のように見てきたけれど、いざ自分がその「元探索者」という立場になった瞬間、彼らの気持ちが痛いほどよくわかるようになった。そうして僕も街から出られなくなった元探索者の一人に仲間入りした訳だ。


 鑑定屋なんていう、探索者にかなり近い位置の仕事に就けている自分は、多分まだマシな方だろう。


「別に出て行きたいとか思ってるわけじゃないけど。騎士様にお目にかかるまではね」

「そのためにも、まずは中へ」


 大きな扉を開けると、大きな椅子に座った小さな少女が、いつものように大きな本を読んでいた。淡い灯りの中で浮かび上がる、淡い存在感の少女は、来訪者のことなど気にもとめずにページをめくる。


「司書の人は不在?」

「いますよ、そこに」

「え?」


「風が入る。寒い」

「ああ、すまない」


 モーリスに言われて慌てて扉を閉めると、リトさんがガシャガシャと大きな音を立てながらモーリスの元に駆け寄っていた。静かな空間に甲冑の足音は必要以上に響き渡る。


「この可愛らしい女の子が……?」

「冷たい鉄で触るな」

「ご、ごめんなさい。そうか、エルフだったわね」


 鉄は魔法を通さない。

 魔法の元となるエーテルの働きも阻害してしまうため、魔法を使う人はあまり鉄製品を使わないし、人間よりもエーテルの存在に敏感なエルフは特に鉄を嫌う。「冷たい鉄」という言い方は、エルフ達独特のスラングらしい。


「随分早く戻ったものだな」

「そうだな、すまない」

「なぜ謝る」


「はじめまして。リトよ。よろしく」

「……」


 リトさんが握手を求めて右手を差し出すが、モーリスは訝しげに彼女をのぞき込むだけで、手を出そうとはしない。


「あ、そっか。ごめんなさい。鉄は触りたくないわね」

「そんな格好でやってくる人間にも」

「いや、それはね、理由があってね!」


 リトさんに対してそんな攻撃的な発言をするとは思わなかった。少し機嫌が悪いのかもしれない。


「これが、前に調べていた奴か」

「こ、これ……?」


「そうそう。グレフ氏の呪いで外せなくなってしまった甲冑だよ。少し見て欲しくて来てもらったんだ」

「強引に連れてこられたんですけど」


 やばい、リトさんもなんだか機嫌が悪くなってる。面当てを下ろしたままで表情がわからないのが、今日に限ってはちょっと助かる。空気の悪さはどうにもならないけど。


「も、モーリスはほら、エーテルの光が見えるだろう? 確認してもらいたいんだよ、グレフ氏の事を」

「あれは、そういう人間ではなかったと思う」


 そういう、というのは勿論、呪いをかけるような人間という事だろう。


「僕もそれを指摘されたから、モーリスに見て貰いたいと思ったんだ。君なら、グレフ氏を知っているからね。君にしか頼れなかったんだ」

「まあ……見てもいい」


「本当に、いつもすまないね」

「なぜ謝る」


 少し機嫌を良くしてくれたのか、椅子から降りてくれた。椅子のサイズの都合で、降りても目線がほとんど変わらない。


 カウンターから出ると、リトさんに近づいて肩から腰、足先へと視線を移していく。鉄をまじまじと眺めるなど、あまり気分のよいものではないだろうに、熱心に見てくれるのはありがたい。


 かがんでいた体を戻すと、目線を上に上げてしばらく固まった。


「……」

「どうしたのかな、モーリス」

「ちょっと、何か変な事でもあったの?」

「持ち上げて」


 十分持ち上げたと思ったけど、足りなかっただろうか。褒めろと言われればいくらでも褒められるとは思うけど……と思っていたら、モーリスが両手を挙げているので、どうやら彼女自身を持ち上げろと言いたかったらしい。


 モーリスの身長はリトさんの肩にも届かないほど小さい。リトさんがそんなに長身という訳でもなく、単にモーリスがもの凄く小さいのだ。


 なので持ち上げるのもそれほど苦にはならない。赤子をあやすのと同じように、ただし背中を向くように脇を持ち上げて、目線をリトさんと同じ位置にした。


 恐らくは兜の衣装を見たいのだろうと思って位置を合わせたが、実際にそれは正しかったらしく、持ち方や位置に関して物言いは付かずに済んだ。


「僕の時みたいに文句は言わないんですね」

「貴方みたいにベタベタ触ってきたりしてないもの」


 藪蛇だった。モーリスがわざわざ首を限界まで後ろに向けて僕に冷たい目線を送ってきた。


 なあ、わかるよな? 甲冑が外せないんだから、女性の体を触るとかそういう事じゃないって事は、モーリスなら理解出来るよな?

 ……などと目で訴えかけてみたが、その視線の冷たさの度合いはまるで変わらないどころかよりいっそう冷たさと鋭さを増して、首を前に戻していったように見えた。


「右。……もっと」

「左。……行き過ぎ」


 モーリスの細かい指示に合わせてリトさんの周りをぐるぐると回る。小さな女の子を持ち上げた男が、甲冑の周りをぐるぐると回っているというのはなんだかよくわからない光景だろう。滅多に人が来ないのでやれているけど、普通に考えて往来でやる行為ではない。


「もういい」


 しばらく一カ所にとどまってじっくりと見つめていたが、ようやく終わったらしい。

 下ろされたモーリスはもそもそとカウンターの中に戻って、高い椅子に腰掛けた。座っている状態以外の姿を見たのはとても久しぶりで、なんだか新鮮な気分だった。


「どうだった?」

「グレフではない」

「え?」

「グレフではなかった」

「うん、それは聞いた」

「コルツ」


 必要以上に話そうとしないせいで、こういう時に意思の疎通がちょっと難しくなる。エーテルの光の中に現れた老人が、グレフ氏ではなく、コルツという人だったという事で良いだろうか。


「……おじいさま? どうしておじいさまの名前が?」

「リトさんのおじいさんの名前は、コルツで良いですか?」

「そうよ。とてもやさしい人だったわ……」

「そうか……。グレフ氏じゃなかったのか……」


 あの姿がグレフ氏だと思っていたからこそ、それを前提に呪言の解読をしていたし、言葉の解釈も行っていた。

 しかしその大前提が崩されてしまった以上、色んなモノがひっくり返されてしまった。


「おじいさまが、どうかしたの?」

「モーリス、エーテルの光の中にいる人物は、コルツ氏で間違いないね?」


 黙って頷く彼女を見て、予想は確信に変化しつつあった。


「とても単純な事を、複雑にしていただけのようです」


 彼が。

 エーテルの光の中に映る彼が、グレフ氏ではなく、祖父のコルツ氏であるというのなら。

 彼が呪いに匹敵するほどの願いをこの甲冑に込めた制作者であるというのなら。


「リトさんが探索者に憧れたという話は、コルツ氏はご存知でしたよね」

「毎日のように騎士様の話をしていたから」

「この甲冑への憧れも?」

「もちろん。お父様は大事な物だからと叱るけれど、おじいさまはいつも甲冑を眺めたり触ったりするのを許してくれていたわ」


「そういう事であれば、この甲冑に込められた呪い……いえ、願いは、とても単純な事でしょう」

「何かわかったの?」

「ええ、さっき言った通りですよ。答えは、とても単純な事でした」

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