03 餅は餅屋


「やっぱり呪われてます、わたし!」

「朝から元気ですね……」


 探索者は意外と朝が早い。

 地下のダンジョンに潜るのに朝も夜もないだろうという気がするが、大抵の探索者は朝早くダンジョンに出発して昼過ぎから夕方にかけて戻ってくる。


 元々はあまり遅く帰ると宿で夕食が残っていないとかそんな理由だったとは思うが、今となっては探索者の暗黙の了解となっている。

 僕も現役時代は朝型の生活を送っていたのだけど、この店を始めてからはどんどん起きる時間が遅くなっている。


「だって呪われてるんですよ? 早くなんとかしないと」

「そうですね……」


 いつものようにテーブルを挟んで対面すると、部屋中をきょろきょろと見渡し始めた。


「どうかしましたか?」

「あの、女性の方は……? 助手の……」


 やはりリトさんを店の人間だと思い込んでいた。

 説明するのも面倒だし、遊びで付き合ってると思われても困るので誤摩化しておく。


「彼女は探索者としても活動してますので、今日はいないんですよ」

「へえー、大変なんですねえ」

 うん、嘘は言ってない。


「で……何があったんですか?」

「帰って来たんですよ」

「何がですか?」

「短剣が! これ絶対呪われてますよね?」


 十分な沈黙の時間を頂いて、彼女の言葉の意味を反芻しながら意味を探る。

 帰ってきた。

 短剣。

 呪われている。

 エーテルの光の中に書かれた文字ならまだしも、人が発した言葉を並べて意味を探るなんて事をしなければならない日がくるとは思わなかった。

 彼女の期待に満ちた目線に当てられながら、何とか頑張って言葉を繋いだ。


「えー……、どこかに置いて来たんですか」

「呪われていると、帰ってくるじゃないですか」

「そういう事もあります」


 呪われたアイテムが手放せなくなってしまう事はよくある。

 リトさんの甲冑のように身につけた状態で外せなくなったり、手から離れなくなったり、一定距離を離れる事が出来なくなったり、捨てた筈がいつのまにか手元に戻って来たり、といった具合だ。


 武器が手から離れなくなったのも見た事があるが、日常生活がまともに送れなくなる。利き手が使えなくなる事も勿論大変だが、街中を剣を持ったまま歩くというのは、いくら探索者の多い迷宮街だと言っても衛兵沙汰だ。

 危ないので鞘が外れないようにベルトで固定したものの、それでも危険人物扱いされてしまって大変だった。


 閑話休題。


 彼女の症例としては手放したはずのものがいつの間にか手元に戻っている、という事なのだろうが、果たして……。


「呪われている形跡は、相変わらずないんですよね」

「わたしが嘘をついてるっていうんですかあ?」


「そうは言ってませんけど、勘違いとか、気のせいとか、夢で見たとか……」

「信じてないんだぁ……」

「いえいえ、信じてます」


 これだけ派手な短剣をこれ見よがしに持ち歩いていれば、街中で落としたら持ち主に届けてくれる可能性も十分にある。外に落としたのではなく、知り合いの多い場所に置いたのであれば、盗まれる危険性も多少は減る。

 この短剣、あまり趣味が良いとは言いがたいものなので、欲しがる人は少ないかもしれない。


 アルマさんとしては呪いのアイテムであって欲しいのだろうか。あまりそういう事にしても本人にメリットはない気がする。手放せないという設定まで付けてしまえば、高値で売るという事もできないだろうに。


 それとも、「呪われていなければおかしい」と感じているのだろうか。

 何らかの理由で、現状で呪われていない事があり得ないという風に考えているのなら、何かある度に呪われた、と考えてもおかしくはないかもしれない。


「アルマさん、この短剣、どこで手に入れられたんですか」

「えー? 前に言いましたよ? ダンジョンで拾ったって」

「ダンジョンの、どの辺でしょうか」

「ええー? そんなの覚えてないです」

「何階で手に入れたとか、覚えてないでしょうか。割とヒントになると思うんです」


 やはり入手経路が気になる。

 普通に手に入れたのなら、そこまで呪われると言う事に神経質にはならないのではないだろうか。

 もしくは、呪われたいと願っているとか。


 そういう発想の持ち主には会ったことがないので理解も出来ないが、実際の所、それによるメリットは微塵もないだろう。

 やはり、あの短剣を所持することによって呪われることが当然という状況、そういう状況に陥るような方法またはシチュエーションで所持する事になった、と考える方が自然だろう。


「拾ったというのは、ダンジョン内に落ちていたのでしょうか」

「えっと、そうだった……と思うんだけどなあ」

「宝箱に入っていたとかではないんですね。これだけの装飾がされた短剣がただ落ちているというのも不自然な気がしたもので」

「ああ、宝箱……入っていた、かなあ」


 人間、何かを思い出そうとすると左上に視線を移動する人が多い。僕から見ると右上になる。特に根拠があるわけではないのだけど、色んな人を見てきての経験則だ。


 彼女はずっと、僕が質問する度に右上か右下に視線が移動している。


 右上に移動する時は、何か想像している時に多い。

 これもまた経験則なので、絶対にそうだと言うわけではないのだけど。


 ただ、何となく彼女は嘘を吐いているのではないか……という気はしている。


「それって本当に関係あるんですかあ?」

「落ちていた階層や位置などから、ある程度はアイテムの出自が絞れる事があります。どういうタイプの呪いになるのかを考える際に、参考になるんですよ」

「そうなんですかー」


 探索者が持ち込んでいったものなら、階層によってその人のレベルがわかるし、何があったのかを考える材料の一つにもなる。

 位置については、例えばピットの中に落ちていたとか、宝箱に厳重に保管されていたとか、モンスターが持っていたとか、状況からわかる事も多い。

 今回の質問は、そういう事よりも彼女が整合性のない回答をする可能性に賭けていた。


 実際の所は整合性がないというよりは主体性がないのと、前述した視線などが気になった。


 これは、別な方向から調べた方が良いかもしれない。

 なんだか金にならない事を始めた気がするが、ちゃんと解決しないと何度もやってきそうな気がしてきた。


「それでは、改めて調べてみたいと思いますので、もう一度貸していただけますか?」

「あ、はいー」



 アルマさんが帰られてから、僕も出かけることにした。

 短剣の出所を調べるためだ。

 真っ当な所で作られた物ではないだろうという事で、そういうのは真っ当じゃない所に詳しい人に聞くのが早い。


 街の外周部と中心部のちょうど真ん中。

 建物の大きさや構造が変化し始める辺りの、雑多な建物が密集する地域。

 道は狭く、高い建物に阻まれて空も狭く、暗い。


 入り組んだ道を進んで、一見すると廃墟にしか見えない建物の前で立ち止まる。

 扉もなく、開かれた空間の影に一人の男が座り込んでいた。

 薄汚れた外套を被り、何をするでもなくただそこに座っている。


 フードの影に隠れて顔は見えないが、何メートルも前からこちらを警戒して、常にこちらの方に強い視線を送っていた。


 敵意がない事を示すためにここまでわざと両手が空いていることを強調しながら歩いてきた。

 彼の目の前についてから、あえて彼の方を向かずに、小さな声で話しかける。


「デュマは、いるかい?」

「……あんたか。奥に進むと良い」

「ありがとう」


 入り口をくぐり抜け、部屋の隅まで行くと下りの階段がある。壁に隠れているため、かなりわかりにくい位置にある。

 階段を降り、薄暗く独特の匂いに包まれた通路を真っ直ぐ歩くと、お目当ての部屋の扉にたどり着いた。


「入りな」

 ノックをすると、中から返事が聞こえてきたので大きな扉……のとなりにある古いタペストリーを捲って、そこに隠されていた小さな扉を開けて中に入る。


 入り口は小さいが、その中はとても広く、豪華な家具や調度品が並び、壁面には大きな絵が飾られている。

 奥にある大きな机に、一人の女性が座っていた。


「久しぶりだね、デュマ。たまには僕の店にも遊びに来てくれよ」

「ん、考えとく」

 デュマは僕の現役時代のパーティメンバーで、今ではこの街の盗賊ギルドの幹部として活躍している。

 つまりここは盗賊ギルドのど真ん中であり、幹部のお部屋という訳だ。

 怪しげなアイテムは、こういう所で聞くのが一番手っ取り早い。


「お前はこんな所に遊びに来るわけがないからな。何か用があるんだろう?」

「ああ。見てほしいものがあるんだ」

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