11 記憶の糸

 大崩壊という事件があった。


 六年くらい前に起こった、ダンジョン内での大異変。

 大きな揺れと共にダンジョン内の構造が入れ替わり、通路が変化し、全く新しいダンジョンに生まれ変わってしまった。


 その時にダンジョン内で探索していた者の中で、生還出来たのは六人だけ。

 その人たちを迷宮街では奇跡の生還者と呼んだ。


「大崩壊が起きて、僕たちが生きて帰れました……というだけでは、ダメなんですよね」

「どうやって生きて帰れたのかを知りたいの!」

「ですよね……」


 リトさんに、当時の経緯を知りたいと言われた。

 以前、そのうち話すと口を滑らせてしまった事があったのだけど、もうちょっと心の準備が欲しかった。

 実際、何とか頑張ったくらいしか言う事もないし、大した事もないはずなのだけど。

 幸い、ここには僕以外にも二人当事者がいる事だし、補足してもらいながら話すことにしよう。


「どこから話せばいいのかな……」


 お話を始めるに当たって一番困るのはその最初の部分だ。どこから始めればいいのか、どのような表現で始めれば良いのかがわからない。

 むかしむかしあるところに、という書き出しで始まる昔話は、時間と場所を同時に、しかも適当でありながら適切に説明出来ているという点で実は凄く優秀なものだったのだと、全く関係ないこんなタイミングで感心していた。


 助けを求めようとメリトを見ると、普段あまり見せないような笑顔と共にアドバイスをくれた。


「ダンジョンが崩壊していく様を事細かにしていけばいいんじゃないの。叙情的に、盛り上げながら」

「そういう吟遊詩人みたいな才能はないんでね」


 アドバイスというよりは野次に近い内容だ。既に彼女は観客の気分でいるらしい。

 隣のマリクもまた期待のまなざしで僕を見ている。なんでリトさんより楽しみにしているのだろか、この人は。


「実際、崩壊していくのってどんな感じだったの?」

「壁が崩れ落ちたり、壁が地面を移動していたり、床が落ちていったりしていきましたね。通路が通路としての体をなしていないほどうねったり曲がったりで、移動もままならない状態でした」

「その中を皆で走りながら潰されないように頑張ったんだよねー」

「あの中で笑いながら走ってたマリクが本当に怖かったわ」

「えー、だってなんだか楽しかったでしょー?」


 そういう遊びであるなら楽しかったかもしれないが、一歩間違えば潰されて殺されるような状況で笑えるほど、僕は人生に余裕がない。

 後で知ったが動いている壁に捕まって中に閉じ込められてしまった探索者もかなりの数がいたという。下の階に行くほど変動が大きかったので、あの中で生還出来たのは本当に奇跡に近いのかもしれない。


「今ではダンジョンは全く別物と言える程に構造が変わってしまっているんですよ。三人は大崩壊前のダンジョンは知らないんですよね」

「ああ、俺たちもその頃はまだ探索者にはなってなかったからな」

「そんなに違うんですか?」

「通路のレイアウトも、部屋の大きさや位置も、下に行くほど変化は大きいです。昇降機の位置くらいでしょうか、全く変化がないのは」


 今回、九階から四階までの昇降機が初めて動作したが、これも位置は変化がなかった。今の五階から八階までは、昇降機の周辺が大きく迂回されるような形になっているので、その辺の変化はあまり感じられなかった。

 恐ろしいのはダンジョン内に配置された罠の類いも全て変化してしまっていた所だろう。回転する床、灯りが届かなくなる真っ暗な区間、一方通行の通路や【転移】の魔法のように突然場所を移動させられてしまう部屋など、色々な罠の場所が全て変わっていた。

 大崩壊前を知っている人は、特にここにひっかかってしまうようで、しばらく探索が思うように進まなかったという。


「何とか壁や通路の変化に耐えて、収まるまで生き延びていたんですけど、逃げ回っている間にどうも袋小路に入り込んでしまったようなんです、僕たち」

「袋小路というか、閉じ込められたのよね」

「狭かったねー」

「どこにも繋がっていない通路が、今もあるって事?」

「そうですね。地図を見るとわかると思いますが、階層によってはかなり空白地があると思います。ここは大崩壊時にどことも繋がらなくなった通路がそこにあるんです。多分」

「じゃあ、【転移】で行けないこともないのかしら」

「あるかどうかもわからない座標へ飛び出せる人も、そうはいないでしょうけどね」


 罠の話で先に名前だけ出したが、魔法使いの使う魔法で【転移】というものがある。指定した座標へ移動する事が出来るもので、一部の区画を除いて上下の階層への移動すら可能だ。その場所までの距離や障害物の有無は関係なく、瞬時にたどり着けるという、一部の問題点を除けば大変便利な魔法だ。

 問題点はいくつかあり、座標指定は現在地からどのような位置へ移動するか、という指定の仕方をするのでとても間違いやすいという点と、指定場所が石で埋まっていた場合はそのまま石の中に永遠に閉じ込められてしまうという、障害物の有無を問わない利点が逆に作用する点が挙げられる。


 特に現在の構造では、石で埋まった区画が多いため、あまり多用はしない方が安全だろう。今後は四階から九階までの昇降機も使えるだろうから、利用も少なくなるかもしれない。

 問題が多いとはいえ、緊急時に使う魔法としてはかなり有用なので、魔法使いの中にはいつでもこの魔法だけは使えるように余力を残しているという人は多い。


「んー、袋小路に閉じ込められて、【転移】で出てきたって事?」

「それだけで奇跡の生還だとか、呪い屋の引退とかが繋がらないんだけど」

「そうですね……。袋小路には、同じように閉じ込められたモンスターが大量にいまして」

「蠱毒みたいな状況だったのよね。もしかしたらそれを狙ったのかもしれないけど」


 蠱毒というのは大昔からある呪術の一つで、大きな容器に蛇や百足などを大量に入れて共食いさせ、勝ち残ったものを祀ったり、その毒を利用したりするというものだ。ダンジョンの狭い通路で、大量のモンスターが閉じ込められた状況は、とてもよく似ていた。

 その中で生き残った僕らは、迷宮街では実際に祀られているような扱いを受けていた事もあるし、ダンジョンという存在そのものが、巨大な蠱毒の壷のようなもの、なのかもしれない。

 ダンジョンの製作者である魔法使いが、どこまで考えているのかはわからないけれど。


「とにかく生き残るために必死で全員で戦いました。不幸中の幸いと言えたのは、モンスターが僕たちだけをターゲットにしなかった所でしょうか。そこかしこで手当たり次第に戦闘が始まり、完全に収拾がつかなくなってしまいましたが」

「青い巨人三体程度、可愛く感じられる話ね……」

「いえ、リトさんの状況も相当ですよ。知らない敵の脅威は見知ったそれとは比べものにならないです」

「そうだねー。私達は結構何度も戦った相手だったしー」

「そこまでの道のりが順調だったから、皆の状態も悪くなかったもんね」


 自分たち以外は全て敵であり食糧である、というような状況の中で、激しい戦闘は果てることなく続いた。

 一般的に、というか僕たちから見て強いと言われるモンスターでも、一体だけでは限界があるようで、大量のモンスターに囲まれて為す術も無く倒される光景もそこら中で見られた。

 僕たちも気を抜けばすぐに殺されてしまうような状況の中で、勝ち残った先の事もわからないまま、とにかく戦い続けた。


「戦い続けるといっても限界はありますから、そのうち魔法も打ち止めになり、体力も尽きていきます。凄惨な光景の中で集中力も落ちていくので、次第に怪我も増えていき、メリトの回復も追いつかなくなり、やがて回復の魔法も尽きてしまいます」

「奇跡の生還者でもそんな状況なの……?」

「そんなの俺たちが入り込んだらあっという間に終わってるな……」


 最初に倒れたのはメリトだった。

 回復の魔力を使い果たして以後は武器を取って戦っていたが、混戦には慣れておらず、どんどん怪我を負っていった。

 倒れたメリトをかばったダルトもやられて、パーティとしての防御力は一気に落ちてしまう。

 死んでしまったのかを確認する余裕すらなく、倒れた仲間をただ引き寄せてこれ以上傷つけられないようにするのが精一杯だった。

 力なく横たわる仲間達に囲まれながら、誰の者ともわからない血を浴びながら、気が狂いそうになるほどの絶望的な状況の中で、それでも被害を最小限に食い止め、何とか生還するべく力の限り抵抗を続けた。

 しかし一度崩れたバランスは元に戻るどころか歪みを肥大化させる一方で、さらに仲間達は倒れていくこととなる。

 結局最後まで立っていたのは、一番遠くの安全な場所で、皆に指示をしているだけの存在……僕だった。


「一番安全な所にいたわけで、僕だけが残るのも、まあしょうがないかなと思いますが、僕自身も、もう魔法の力はほとんど残ってませんでしたんで、あとは時間の問題というか……」

「あ、呪い屋さんもこのときは魔法使いだったんだ」

「そもそも呪い屋、いや鑑定屋やってませんからね、この頃は」


「そこからどうやって生還したの」

「偶然……ですかね」

「だからそこを詳しく聞きたいんだけど」

「わたしたちもー、気がついたら出てたからわかんないのー」


 肝心なところで全くフォローしてもらえなくなる事態発生。

 実際あの段階で全員の意識はなかったし、もしかしたら本当に死んでいた人がいたかもしれないので、ここからは完全に僕のかすかな記憶だけが、当時の状況を語れる唯一の存在となってしまった。


 あれを奇跡という言葉で括ってしまうのは少し憚られる。

 しかし、あの時の判断と行動、そして結果は、奇跡以外の言葉で語るのも、若干無理があるかもしれない。

 全員のやたらと期待に満ちた目に囲まれながら、僕は記憶の糸をたぐり寄せ、言葉を紡ぎ始めた。

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