07 騎士団長からの依頼
「気が重いな」
「何度目よ、その言葉」
店に戻ってから、しばらくどうするべきかを考え続けていた。
やはり短剣には呪いはないし、作った人の意思も介在しない。
エーテルの光が見えない以上、前の持ち主の想いがそこにある訳でもないので、その観点からも調べようがないし、何もなかったと言う以外に報告のしようがない。
全くもってないないづくしなのだ。
「何もないですと言って、素直にそうですかって受け取ると思います?」
「呪われていたから解呪したって言う方が、まだマシかもね」
「今回ばかりは、そうしたい気分ですよ……」
この短剣が不幸を呼ぶというのなら、僕やデュマに何らかの不幸があってもいいものだけど、そんな事はなかった。
とにかく何もない、呪われていないと強調するしかないような気がするが、納得するかというと自信はない。
ただ、嘘を吐くわけにはいかない。適当な儀式で解呪出来ました、と言うのはたやすいが、それによって別な事故や事件に繋がった場合には本当に責任が取れない。確実に呪いが解けなかったせいで不幸な目にあったという話になり、この店の評判は地に落ちる。
「もう呪いのアイテムとか持ち込まれなくなるじゃないですか」
「……別に普通のアイテム鑑定してればいいんじゃないの?」
「……あれ、そういえばそうですね」
呪い屋と言い続ける人に言われたくなかったが、よく考えたらウチは鑑定屋なのだから、普通のアイテムを鑑定していればそれで商売は成立するはずなのだ。
「まあ呪いのアイテム来なくなったら生活出来なくなるんじゃない?」
「嬉しそうに言わないでくださいよ」
現実問題として、それは、おそらく正しいのだった。
呪いのアイテムを持ち込むと何とかしてくれるという評価が完全に確立してしまっていて、それで仕事がなんとか回ってきているような状況なわけで。
それが使えないとなったら普通のアイテムを持ってきてくれるのかというと……。
「私なら他に持ってくかなー」
「だから嬉しそうに言わないでくださいよ」
そろそろアルマさんもやってくる頃なのに、どうしたものかと考えあぐねていると、タイミングを見計らっていたかのようにドアが派手に開いた。
二人でぎょっとしてドアの方を見ると、やってきたのはアルマさんではなかった。
「よう、久しぶりだな!」
「なんだ、ダルトか……」
二人で安堵のため息を吐くと、ぞんざいな扱いを受けたと思ったダルトが批難の声を上げた。
「熱烈歓迎しろとは言わねえけどよ……たまに来てその扱いはねえだろ」
「今ちょっと立て込んでるのよ。間が悪かったわね」
ダルトには悪いが、そういう事だ。
しかし珍しくダルトの方に用事があったらしい。
店の椅子に座り込み、いつもとはちょっと違う雰囲気で話し始めた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどよ、この店に、変な短剣持ち込まれてねえか?」
「……なんで知ってんだ?」
「ああ、良かった。変なものならここに来るんじゃないかと思ったんだよな」
「呪いのアイテムとか変なものとか、ろくなものが集まらないな、この店」
「これの事で良いのかしら?」
「ああ、多分これだ」
「マジか」
「誰かってのは言えないんだけどな、その短剣が帰ってこないって言ってきた人がいてな」
「それはまた」
「どうも、呪われたものだったらしくて、預かってる人のことを心配してるらしいんだ」
呪われたアイテムだというのなら、これではないのだけど。
多分その人は、これが呪われたアイテムだと言われたのだろう。何となく誰のことだかわかってきたが。
「なんで貴方がそんな事調べてるの?」
「ああ、こいつ、これでも騎士団長なんですよ」
「ええ!」
「そこまで驚くか」
迷宮街には二つの騎士団がある。
マリクの所属する聖騎士団と、ダルトが長を務める近衛騎士団だ。
二つとも街を守るという点では同じだが、聖騎士団が主にモンスターを相手にする集団で、近衛騎士団は外交を含めた対人戦闘の集団だ。
聖騎士団はダンジョンから街の住人を守るのも仕事に含まれるので、時折ダンジョンに赴いたりもする。入り口にいるのも聖騎士団の若手だ。
近衛騎士団は街のトラブルや犯罪への対応も行うため、一般的には騎士団と言うと近衛騎士団の事を指す場合が多い。
「ただの武器マニアじゃなかったのね」
「やっぱりそう思ってたのか……」
ウチに来るときは騎士団の甲冑を着てくる事はなかったし、今回も含めて武器や甲冑の話しかしてこないのだから、仕方がないと思う。
「まあ、それでこの短剣を預かった人がちっとも顔を出さないから、呪いでどうかしたんじゃないかって相談してきたんだよ」
「騎士団長直々にそんな事で動くのか」
ダルトがたまにしか来ないのは、やはり忙しいからであり、武器や甲冑の話しかしないのは、純粋に趣味の話が出来る所がここしかないからだ。
具体的に事件が発生したわけでもない、ただの相談事なら部下に調べさせるべき案件ではないだろうか。
「たまたま今日が休みだったからな。この店知ってるのもオレくらいのもんだったし。なりゆきだよ」
「奥様がきっと美人なのよ」
「ああ、そういう報酬を期待して」
「してねえよ! そんな事になったら騎士団辞めさせられちまうよ」
「騎士に浮気はつきものなのかと思ってたわ」
「そりゃお前、騎士道物語とか読み過ぎなんだよ。一度詰め所に来てみろ。むさ苦しい男しかいねえし、あんな甘い話が成立するわけないってわかるぜ」
騎士道物語とか、貴族が出てくる物語では、悲恋というと大半が不倫のお話で、それがまた人気なものだからどんどん生まれていく。中には物語の影響で不倫に憧れてヤケドしたなんて話も聞くし、実情を知らない人ならそういう考えを持っても仕方がないかもしれない。
「しかし、呪われたアイテムを持って行った人というのも奇特な人だな」
「そうだろ。なんでそんな事したのかは全然わかんないんだけどさ」
「少し詳しく聞かせてくれないか」
「そうだな。まあその、依頼主の奥様が、どこかで買ってきた高級な儀礼用の短剣を、仕事で知り合った魔法使いに見て貰ったんだと」
「高級な、儀礼用の短剣……」
テーブルに置いてある例の短剣を見ながら話を聞いているが、やはり結構な高値で購入していたらしい。売る側としては「魔法の品だとも、曰く付きの品だとも言っていない」らしいが、何らかの付加価値を植え付けて売ったのは間違いなさそうだ。
何しろこんなものは儀礼用でもなんでもないのは明白だからだ。
「細かい宝石の配列が特殊だとかなんとか言ってたらしいぞ」
「素人なら騙されるだろうなあ」
「で、その魔法使いがこれはもしかしたら呪われたアイテムかもしれない、そうなれば奥様に危害が加わるかもしれないから、調べさせて欲しいといって預かっていったんだと」
ぱっと見て呪われているかどうかわかる人はそうそういないので、その魔法使いも何か思う所があったのかもしれない。
というか、それはもう間違いなくアルマさんの事なのだけど、彼女はこの店に持ってきた段階ですでに呪われたと主張していた。
この辺の話がちょっと食い違うのが気になるといえば気になる。
「大したアイテムでもないから、呪われてるなんて言って持って帰っても大した値段にならないんだけどね」
「魔法使いも、価値がわかってないから高値で売れると思ったのか?」
「どうかな。他に狙いがあるような気がしてきた」
この短剣が今ここにある経緯についてダルトに説明し、その上でこれが全く呪われてもいなければ装飾品として価値がほとんどない事も付け加えた。
「どうするよ。普通に返すのか?」
「一度泳がせた方がはっきりするんじゃないかと思う。次に来たら一旦返してみよう。呪われてないと言う事でまたごねる気はするけど」
「翌日になってまた「呪われてるよ!」って言いに来るんじゃない?」
「カルフォが根負けして呪われているという事にするまで続けるのか?」
「それが狙いだとしても、それになんの意味があるんだろうか」
しばらくして店のドアが開き、今度こそ本当にアルマさんがやってきた。
さて、どうやって納得して貰おうか。
その辺の相談を全くしていない事に気付いたのは、彼女の笑顔を見た時だった。
「どうでしたか? 呪われてましたよね?」
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