07 永遠の指輪

 神様ともなると、やはり魔法に関しては考えるだけで実行出来てしまうので、呪文という概念が存在しない。


 かわりに、それぞれの神がその役割を示す大いなる言葉を一つから複数持っていて、その言葉に関して絶大な力を保有する。

 この言葉をルーンと呼ぶ。


 太陽神であれば【光】と【熱】等を司り、嵐の神であれば【風】と【力】などを司る。

 このルーンの数が多いほど、その神の力が強い事を意味し、一つも持たない神はランクが下がって亜神と呼ばれる。

 地上に堕とされる神はルーンを剥奪される事が多いので、大抵の地上にいる神は厳密には亜神である。


 しかし愚行の女神だけは例外で、彼女は地上に堕とされる際に、通常とは逆に【嫉妬】のルーンを押しつけられている。神の世界で嫉妬というものをなくそうという嵐の神の計らいだという話なのだが、押しつけた神が神だけに、色々と察してしまう。


 その後、厄介なものが色々となくなったおかげで嵐の神は実に過ごしやすくなったのか、次々と浮気相手から子供が生まれていったとか。

 そして【嫉妬】のルーンが地上にもたらされたことにより、地上の人間達からは妬みや嫉みが絶えることがなくなったという。


「愚行の女神がろくな事しないのはもうわかったけど、ルーンの話が指輪とどう繋がるのよ」

「彼女の恐ろしい所は、ここからだったんですよ」


 魔法を使うのに呪文もいらず、考えるだけでよいのと同様に、呪いに関しても神々は我々人間が長期間想い続けてやっと発現するようなレベルのものを一瞥くれただけで発生させてしまったりもする。


 しかもルーンを所持したまま地上に降りてきた愚行の女神は、このルーンに関わる事であれば呪い放題。呪いのアイテムも思い付きで作り放題なのである。

 恐ろしいことに、この女神が作った呪いのアイテムの紹介と解説だけで本の三分の一が費やされていた。


 載っているアイテムの大半は使った人を破滅に導くようなものばかりで、地上に堕とされた事に対して何の反省もしていない事がよくわかる。反省どころか堕とされた相手に嫉妬し続けているのだろう。それこそ呪いのように。


 指輪に関しては作るのが楽だったのか、いくつか効果の違う、しかしどれも使用者を破滅に導くものがあった。その中から、現在までの状況を考えると一つ該当するものがあった。


「それが永遠の指輪ってことね」

「なかなか酷い指輪でした」


 永遠の指輪と呼ばれる一対の指輪。

 永遠の愛を誓う二人のために作られた指輪であり、この女神が二人の愛を試し、祝福するために作られた……という事になっている。


「なんだか良いアイテムに聞こえるのだけど」

「そういう触れ込みで、入手しやすくなってるんですよ。でも実際に愛し合う二人がこの指輪をつけると、妻となる人が行方不明になってしまうんです」

「しかも夫が妻の存在を忘れてしまうから、大した騒ぎにもならない……」


 指輪は愛するものへ一つを贈り、両者が指にはめることで呪いが発動するようになっている。妻は次第に姿が見えなくなっていき、やがて声も届かなくなる。

 この段階で対策を取らなかった場合、夫は妻の記憶を失っていく。

 最終的には妻は誰からも見えず、聞こえず、そして忘れ去られてしまう。

 確かに、妻は一生他の男と関わる事も交わることもないため、永遠の愛を達成していると言えなくもないだろう。


「言えるわけないじゃない!」

「そんなのおかしいですよ!」

「いや、それは僕じゃなくて本に書いてあったところなので……」

「わたし……消えちゃうんですか……?」

 すでにロックさんが忘れてしまっているらしいし、僕らも一度忘れている。時間はあまり残されていないだろう。


「なんでこんな指輪作ったのよ、この女神!」

「一応理由があるみたいですけど、知りたいですか?」

「読んで頂戴!」


 本によれば、地上でも何人もの男性とトラブルを起こしたりしてきたこともあって、何度も人間に裏切られたと感じた女神は、永遠の愛などと人が嘯く様が気に入らないと、この指輪を作ったという。そんなものが存在しない事を証明するための、悪戯である。


「……ただの逆恨みじゃないのよ」

「理性とかない方のようですし」

「わたし、これ……どうすればいいんでしょうか」

「永遠の愛が証明されれば良いらしいんですが……」

「雲を掴むような話ね」


「とりあえずロックさんを見つけて、連れてきましょう。彼がいない事には話は進まない」

「見つけたとしても、わたしの事なんて覚えていないのに、どうしたら……」

「それはその時考えればいいのよ。ロックって盗賊なんでしょう? デュマさんに聞けばすぐ捕まるんじゃないかしら」

「そうですね。まずは行動しましょうか」


 出かけようとした所で、ロールさんは置いていくことになった。

 ここでしか見えなくなったというよりも、ここでしか「存在出来なくなっている」らしい。図書館の中が、ちょっとした結界のような働きをしていて、彼女の呪いの進行も若干遅らせている可能性があるという。


「そうあればいいと思ったから」


 あまりに都合が良すぎる願いは、何らかの制限や引き換えにするものが必要となる場合があり、意図せぬ形でそれが発現されてしまうと、かえって問題を悪化する事がある。

 モーリスは「この図書館の中でだけ見えるようになる」という願いを実現させる際、「かわりに他の場所に出ることが出来なくなる」という制約をつけていたという。

 これなら予想外の問題を引き起こすこともなく、ほぼ望み通りの結果が引き出せる。


「とてもバランスの良い要求だと思うよ。さすがだね」

 そう言いながらモーリスの頭を軽くなでると、まんざらでもないという表情をしていた。以前に比べて格段に表情が豊かになっている気がするのは、もしかしたらリトさんの影響かもしれない。


「さあさあ、早く行くわよ!」

 そのリトさんは、デュマに会えるのがうれしいようで、盗賊ギルドへの移動をやけに急かしてくる。ここから盗賊ギルドまではそれほど遠くはないので、あまり焦る必要はないと思うのだけど、彼女の要望なので早めに移動することにしよう。




「事情は大体分かったよ。そいつならすぐに捕まえられる」

 盗賊ギルドの幹部の部屋で、僕とリトさんは短剣の件以来久しぶりにデュマに会っていた。


 ギルドに向かう道の段階でリトさんのテンションはやたら高くなり、デュマの部屋についた途端に恋する乙女かという程に猫を被って大人しくなっていた。今更そんな態度を取ったところで本性はばれているのだけど、本人にしてみればそういう問題ではないらしい。


「ちょっと待っていてくれれば連れてくるけど?」


 部屋に来て、こちらが話を切り出す前にとりあえず新しいパーラーメイドを紹介されて、また前回のようにベタベタしている様を見せつけられ、リトさんが若干固まるという事態はあったものの、本題を切り出したらあっという間に解決してしまった。


「それも申し訳ないから、この後いそうな場所だけ教えてくれれば、自分たちで交渉するよ」

「そうかい。別に貸しにしようなんて思っちゃいないがね」


 友達ではあるけれど、この場にいる以上は盗賊ギルドの幹部として話をしている。必要以上に貸しを作ることは避けたいのが本音だ。


「フィリス、そういう事だから調べて教えてくれないか!」

 部屋の奥にいるのであろうメイドに話しかけ、やってくるまでは三人でお茶を飲んでいた。

 ちなみにウチの店で仕入れているお茶の葉はデュマを経由している。

 下手な店よりよほど販路が広く、面白い葉を探してくれるので大変助かっている。

 これに関しては対等な取引なので、特に貸し借りはない。


 しばらくすると、以前来た時に会った金髪のメイドがやってきた。


「そうか。ありがとう」

 礼と共にフィリスと呼ばれたメイドを抱き寄せてまぶたにキスをしてから下がらせるデュマ。そしてそれを見てわなわなと震えるリトさん。もしかしてわざとやってるのだろうか。


「青竜亭ってあるだろ、ここを出て、この先進んで右に曲がった辺りにある宿屋」

「たまに飯を食いにいくよ」

「普段からそこをたまり場にしているそうだから、まだいるんじゃないかな」

「ありがとう。また今度飯でも食いに行こう」

「えっ? お食事に?」

「暇が出来たらな。嬢ちゃんも来るかい?」

「は、はひ! 是非!」


 顔を真っ赤にして、若干噛みつつ元気な返事をするリトさんを見て、嬉しそうにデュマが微笑む。その笑顔を見てさらにリトさんが赤くなる。

 遊んでるなあ。


 ギルドを出て青竜亭に向かう道すがら、リトさんはデュマの魅力について語り続けた。到着してもなお語り尽くせぬその想いについてはとりあえず胸の奥にしまい込んでもらう。

 

「やあ、すまないがロックという人を探しているんだ。知らないかな」

 カウンターの奥に居た店の主人に声をかけた。たまり場にしているくらいだから、客に聞くより早いだろう。


「厄介ごとなら他にして欲しいんだがね」

「僕に荒事が出来そうに見えるかね?」

 武器も何も持たず、ひ弱な体格の僕を見て、軽くため息をついてから主人が口を開いてくれた。


「右端のテーブルに一人で座ってる奴がロックだ。頼むから騒いだり暴れたりしないでくれよ」

「ああ、僕は絶対にしないと約束するよ」


 店の奥の方で、小柄な男性が一人で食事を摂っていた。肩や胸が強調された厚手の服や腰の小物入れなど、そっち系の職業である事を特に隠そうともしていない風体で、探索者系の盗賊だという事が見て取れる。

 思ったより静かに、行儀良く食事をしているし、話が通じる事を期待しよう。

 

「あなたが、ロック?」

 さあどうやって話を切り出そうか考えていると、リトさんが先に話しかけていた。

「……金ならないぞ」


 さて、何も考えていない状態で、彼を図書館までどうやって連れ出そうか。

 頭の中をフル回転させながら、リトさんのそばまで慌てて駆け寄った。

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