08 指輪の正体
モーリスが持ってきてくれた本には、あの愚行の女神の名前が書かれていた。
本来であれば地下五階、旧図書館に保管されている本なのだけど、使用頻度が高いので、特別に司書室に確保してもらった。表向きは、写本のためということにしている。
「これでいい?」
「ああ。すまないね」
「なぜ謝る」
「地下に降りなくていいのは助かるわね」
「本当は、こんな事をお願いしてはいけないんですけど」
「そりゃあそうでしょうね。図書館の意味がなくなっちゃうわ」
「それもありますが、旧図書館の本は持ち出すと危険なものもありまして」
「魔導書」
「そういう奴です」
モーリスが助け船を出してくれた。
とはいえそれだけではリトさんが理解してくれるものでもないだろう。案の定首を傾げている。
「魔導書とか、魔法に関する本ですとか、呪われた本なんかは外に出すだけで周囲に影響を及ぼしたりする事があるんですよ」
「え、持ってるだけで危険って事?」
「そういう本もあるんです」
「そんな所によく連れて行ったものね」
付いてきたのはリトさんじゃないかという言葉は、すんでの所で飲み込んだ。
「地下五階くらいなら、そこまで酷い本もないと思います。この本も、元々はモーリスが書いたものですから安全ですよ」
「え、モーリスって本も書けるの?」
「沢山書いた」
「モーリスは司書というよりは記録係として図書館にいるんです。街の記録を全て残すという役目があります」
「そうだったのね。たまに何か書き物をしているのは見ていたんだけど、それがこの図書館の本だったとは思わなかったわ」
「この本とかもそうなんですけど、後半に空白ページがあるタイプのは、ここで書かれている本だと思えば良いかと」
「直接書き足すのね……」
「ほとんどが一点モノなんですよ」
「というか、それならモーリスに聞けばわかるんじゃないの?」
「覚えてない」
「特殊な筆記法らしくて、書いた本人は何が書いてあるのかわからないそうです」
改めて、本を開く。
愚行の女神に関する記述のうち、呪いのアイテムに関するページは全体の約三分の一。よくもまあここまでくだらない事を思いつくモノだなと感心するようなものばかり。
大半のアイテムは、名前だけは良い効果がありそうなものになっていて、それが使う相手を騙す目的であったり、騙された人が皮肉で付けたものであったりするので良く読まないと危険だったりする。
今回の指輪は、以前調べたものと同じだろうという事はわかっていた。
わざわざ本を開いたのは、念のための確認と、知っていた事をリトさんに知られたくなかったというだけの話だ。
一応探す振りをしてから、例の指輪のページへ到着した。
「あ……これかな」
「あった?」
「多分この、変化の指輪じゃないかと」
「変化、なの? 願いを叶える、みたいな名前かと思ってたわ」
「たぶん、呪われた人が付けた名前なんでしょうね」
リトさんの言うとおり、女神の考えた効果と、実際に受けた人の被った効果に若干の差があるために名前にズレが出てしまっている。
本来なら、願望の指輪とか、宿願の指輪とか呼ばれるべきなのだろう。
「この指輪はですね、装着者の願いを叶える事が出来る指輪なのだそうです」
「え、それって凄い指輪なんじゃ」
「その願いをかなえる方法が、姿を変える事で叶える、というやり方だそうで」
「ちょっと意味わかんない」
「空を自由に飛びたいと思ったら鳥になってるとか、そういう感じみたいです」
「それはつまり、本人の意思とは無関係に」
「そういう事です」
僕が以前ひっかかった時も、忙しさの余り猫の手も借りたいと考えていた事から、自分自身が猫になってしまっていた。何の解決にもならなかったけど。
あの時の指輪と、アンナさんが付けている指輪は、その文様もルビーの配置も同じだ。文献の記述から考えれば、どちらも宿願の指輪だと思われる。
「変貌って呪言が、そのまんま変身するって意味だったとはねえ」
「成就もそのままですね。願いを叶えるために変貌させると。一応魔法の指輪なので、あまり凝った構造にはなってなかったようで」
「それにしても、今回はすぐに見つかって良かったわね。あれだけのヒントでここにたどり着けるとは思わなかったわ」
「ええまあ、一度見たことがありましたし」
「そうだったの?」
あ、うっかり言ってしまった。
適当に誤魔化さなければ。
「いや、その、最近は指輪の鑑定が多かったですし。呪いと違って複数作られた指輪も結構あるみたいなんですよね」
「前にメリトさんに解いてもらった指輪の事かと思ったわ」
「ハハハ。猫の姿で寺院までは行けないでしょうね」
乾いた笑いしか出ないな。
リトさんこそ、このヒントから一発でその答えにたどり着けるのはどうなんですか。
話題を逸らしましょうね。
「問題は、アンナは何から変身しているのかという所です」
「人ではない可能性がある……?」
「小さな子供が何らかの理由で大人に変身、という事もあり得ますが……」
「ダルトの家に来た動機もわからないものね」
「彼女が喋れないのは、人ではない事が理由なのではないかと思ったのです。モンスターでない事を願いますが」
「ダルトの見立てでは街の人だったわね」
「あれは、人でない可能性を考慮していませんから」
あの段階でそこまで考慮出来る人もそうはいないだろうから、彼の予想についてはそれほど酷いものでもない。むしろ女性の衣服についてちゃんと理解していた事の方が驚いたくらいだ。
「元に戻す方法は書かれているの?」
「ああ、それは異性の接吻によって解かれると」
「へえ……王子様のキスとは、定番といえば定番ね」
「もしかしたらこの指輪の話が広まって、お伽噺に採用されたのかもしれません」
以前読んだときも思ったけれど、この指輪は人の願いを叶えるという所にはあまり重きを置いていない。きっと、窮地に陥った人間が何を望むのかを可視化してみたかっただけなんじゃないだろうか。
読み進めていくと、もう一ページ記述が存在する事に気付いた。以前はここまでで終わりと思ってページをめくらなかったようだ。
変化を解かれなかった指輪は、その効果を失わずに次の装着者が現れるのを待つとか、大体一月でその効果は終了してしまうなどと書かれている。放っておいても元に戻れるのか……と思ったが、その次の段落でとんでもない事が書いてあった。
「これは、ちょっと危険ですね」
「何が書いてあったの?」
「変化の状態は一ヶ月も持たないようなんです」
「一ヶ月経てば元に戻るの?」
「……姿だけは」
「ダルトの家に来たのは十日くらい前って言っていたわよね。たどり着くまでにどれくらいかかったのかわからないけれど、もう半月は経っているんじゃないかしら」
「見落としていたな……危なかったんだなあ」
「今気づけたから良かったじゃない」
「あ、ああ、そうですね」
前回読んだときにはこのページまで読まなかったのでこんな危険な指輪だとは知らなかった。あの女神の作る指輪なのだから、大層なリスクがあって然るべきではあった。
変身する姿を維持する対価として、装着者の生命を指輪が吸い取っている。生命をマナに擬似的に変換する事で魔法の効果を維持しているのだそうだ。おそらくはこの変換装置の実験として作られた、というのがこの指輪の正体なのだろう。
まだ装置としては未熟なせいで、変換効率が極端に悪く、長くて一ヶ月もしないうちに、装着者の命は尽きる。
「人間が、恐らくは大人が装着した場合のリミットなので、そうでない場合は、かなり変化するのではないかと思います」
「メリトが言っていた、穴の開いた器のようだっていうのは凄く的を射た表現なのね」
「急いで戻りましょう。ダルトに話を聞かないと」
「時間切れになっていなければいいけど」
椅子に戻っていたモーリスに、カウンター越しに本を手渡す。
小さな彼女が持つと、本もやたらと大仰なものに見える。
「モーリス、ありがとう! また、保管しておいてもらえるかな?」
「わかった」
「また来るわね。次はもっとゆっくりお話しましょ!」
「待ってる」
僕は待ってるとか言われたおぼえがないなあ、などとどうでもいい事を考えつつ、急いで図書館を出ることにした。
まだ太陽は大きく傾いてはいない。急げば日が落ちる前に寺院に着くだろう。
「急ぎましょう。手遅れにならないうちに」
「王子様に頑張ってもらわなきゃね」
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