埋められて、追いついて。12センチのその先へ (END)
「そう言えば、八雲くんはいったい誰を招待したの?」
そう尋ねられたけど、僕が招待した人なんてたかが知れている。姉さんが結婚してからは『基山』の家系に入ったけど、生憎親しい人となるとかなり限られてくる。
それ以前は他に身内も無い天涯孤独の身だったから、僕の身内で来るのは姉さんと太陽義兄さんだけ。あと招待状を送ったのは…
「そうそう、竹下さんも来ますよ。霞さんの花嫁姿を是非見たいと張り切っていました」
そう言えばどういうわけか、義兄さんが竹下を絶対に招待するべきだって言ってきたっけ。まあ言われなくてもそのつもりだったんだけど。
何せ竹下さんには沢山の恋愛相談をしていたのだから。きっと彼女無くしては今の僕等は無かっただろう。
霞さんも未だに懐いてくれている竹下さんのことは大好きなので、名前を聞いたとたんに上機嫌になる。
「恋ちゃんかあ。会うのは久しぶりだなあ。八雲くんは最後に会ったのっていつ?」
「去年、大学を卒業する時ですね。その少し前くらいから、いろいろ相談に乗ってもらっていましたっけ」
「相談って?」
「えっと、それは…」
どうしよう。あの頃は霞さんとの仲が拗れてたからそのことで相談に乗ってもらっていたんだけど、本人にそれを言うのは抵抗がある。しかし…
「何?私に言えないことなの?」
寂しそうに目を向けられる。その眼差しに耐える事が出来ずに、僕はゆっくりと口を開いた。
「実は…」
そうして何を相談していたかを語っていく。僕が一言発する度に、思った通り霞さんは段々と浮かない顔になっていった。
無理もない。僕がいくら平気だと言っても、霞さんはあの時の事を悔んでいるみたいだから。
全てを話し終えた時には、がっくりと肩を落としていた。
「そうか、私は恋ちゃんにまで心配を掛けていたんだね」
「だ、大丈夫ですよ。竹下さん恋バナとか好きですから、結構ノリノリで相談に乗ってくれていました。昔から色々とアドバイスしてもらっているので、多分それと同じ感じだったんじゃないかと思っています」
「それだったら良いんだけど……」
口ではそう言っているのに、何だか全然良さそうに見えない。よし、こういう時は……
「えっ、ちょっ、八雲くんっ?」
霞さんが驚いたように声を上げる。僕は彼女の肩に手を回して、その身を抱き寄せていた。
「ど、どうしたの急に?」
「落ち込んでいるように見えたので。そういう時はこうやって抱きしめてあげるといいって。これも竹さんに教わりました」
「恋ちゃんに?いったい何を習ってるの?八雲くんが時々使っていた技って、そうやって身に着けていたんだね」
どれのことを言っているのかは分からないけど、多分そうなのだろう。竹下さんを始めとする友人たちから伝授されたテクニックは、一つや二つじゃないのだから。
「まあ身長が無いと出来ない物も多かったので、教わってもしばらくは使う機会が無かったですけど」
「ということは、もしかして習ったのは小学生の頃なの?小学生が何をやってるの?」
確かに。今思えばおかしなことをやって来たような気がする。皆で徒党を組んで、恋愛修業だなんて言っては盛り上がって。でも……
「何だってやりますよ。あの時は振りむいてもらおうと必死だったんですよ。だって小学生と高校生ですもの、焦りもしますよ」
「まあ、そうかもしれないけど。でもね…」
霞さんは僕の手から離れ、向き合うように前に立つ。
「私もその時から、ずっと八雲くんだけが好きだったんだよ」
少し照れたように。だけど幸せそうに頬を緩ませる霞さん。その可愛らしい笑みに見とれていると……
(えっ…)
不意打ちだった。霞さんが一歩前に出たかと思うと、そのまま僕に身を預けるように距離を詰めて、瞬間、頬に柔らかな感触があった。
それがキスをされたものだと分かったのは、離れた霞さんがしてやったと言わんばかりに笑うのを見てからだった。
「いつも私ばっかりドキドキさせられて癪だから、ちょっと仕返ししてみた」
いったい何の話をしているのだろう。僕のことをどう思っているのかは知らないけど、ドキドキされっぱなしなのは僕の方だというのに。
「それにしても、本当に背伸びたね。背伸びしないと届かなかったよ。今どれくらい?」
「確か、174センチです」
「私より十二センチも高いんだ。会ったばかりの頃とは逆だね」
確かにそうだ。が、今の僕にはとても昔を懐かしむ余裕は無い。
一方霞さんはというと、五月蠅い心臓を落ち着かせている僕の気も知らないで、面白そうに笑っている。
……何だか悔しい。深呼吸をして、何とか心を落ち着かせる。よし、このままやられっぱなしだと今度は僕の方が癪だから、こっちも仕返しをするとしよう。
「そう言えば、これも竹下さんから聞いたんですけど」
「なに?」
「12センチの身長差って、キスする時の理想の身長差らしいですね」
「えっ?」
霞さんの動きが一瞬止まり、僕は一気に畳みかける。
「僕らが付き合い始めたその日、僕が今みたいなキスをして、大人になったら覚悟してくださいって言ったのを覚えています?その時の続き、今からやってみますか?」
「い、今から?それってやっぱり口に……だよね。こんな昼間から?」
慌てて周囲の様子を窺うも、辺りには誰もいない。つまり人目があるからダメという逃げ道は通用しないということだ。
「先に誘ったのは霞さんの方ですよ」
「それは…でも明日の結婚式でどうせするわけだし、何も今しなくても」
「その時はヒールを履くわけですから、12センチじゃ無くなっちゃいますよね。それとも、嫌なんですか?」
元気無さげな声で言うと、霞さんは困ったような目を向けてくる。
「…違うってわかって言ってるよね。八雲くん、時々意地悪で我儘だよ」
「意地悪したくなるのは霞さんと一緒にいる以上は不可抗力です。それにと、我儘になって良いって言ったのは霞さんですよ」
「…言うんじゃなかった」
と言いつつ一歩前に出て、今度はさっきよりもゆっくりと背伸びをしてくる。
そして互いに目を瞑り、だんだんと顔が近づいていく。そしてと息がかかるくらいの距離になり、唇が触れる直前……
「好きですよ、霞さん。これからもずっと」
「―――ッ!私もだよ!」
二人の言葉とともに、二つの影がそっと重なった。
埋まらない十二センチの差を、もどかしく思う事もあった。
その十二センチに追いつきたいと焦るあまり、距離を見失った事もあった。
だけどもう間違えたりはしないし、すれ違うこともない。これからは、二人で並んで歩んで行くんだ。
僕等の未来、十二センチのその先へ……
END
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