その12センチを埋めたくて 9

 ハチミツとはたっぷり遊ぶことができたし、もうすぐ日も暮れるから。暗くならないうちに今日は解散する事にした。


「今日はありがとうございました。ハチミツと遊べて、とっても楽しかったです」

「私も、恋ちゃんと仲良くなれて嬉しかったよ。またハチミツと遊びたくなったら、いつでも連れてくるから」

「ありがとうございます」


 喜ぶ竹下さんと、そんな彼女の頭を優しく撫でる霞さん。そんな二人は、何だか仲の良い姉妹のようにも思えて。見ている僕まで胸の奥がほっこりしてくる。


「じゃあ八雲くん、ちゃんと恋ちゃんを送って行くんだよ」


 去り際、霞さんがそう言って手を振ってくる。もちろんそのつもりだ。

 霞さんと別れた後、僕は竹下さんと一緒に帰って行く。


「どう?今日は楽しめた?」

「うん、とっても。ありがとう、誘ってくれて」


 竹下さんは満面の笑みを浮かべていて、来た時とは大違いだ。ハチミツと仲良くなれたのがよほど嬉しかったようで、今日の試みは大成功といえるだろう。

 そうして満足していると、ふと隣を歩いていた竹下さんが足を止めた。


「ねえ、八雲くん」

「なに?」


 僕も合わせて足を止める。

 けど、何だろう。さっきまで浮かべていた笑みが消えている。だけど不機嫌と言うわけでもなさそうで。何だか穴が空きそうなくらい、じっと見つめられている。


「ええと、ちょっと思ったんだけど…間違っていたら悪いんだけど……」


 なんだか煮え切らないようすで言い淀んでいる。もしかして言い難い事でも言おうとしているのだろうか?


「いいよ、何を聞いても。答えられる事ならちゃんと答えるから」

「うん。えっとね……」


 少し息を吸い込んだ後、意を決したように口を開く。


「八雲くんって、霞さんのこと好きなの?」

「……へ?」


 時が止まった。

 これは完全に予想外。いったい竹下さんは何をもってそう思ったのだろうか。心当たりが全く無い。


「どうしてそう思ったの?」

「霞さんと話してるのを見てなんとなく。八雲くん、今まで見た事無いくらい幸せそうだったから」


 そうかなあ?別に普通だったと思うけど。

 たしかに霞さんとは話していて楽しいし、好きか嫌いかで言えば間違いなく好きだ。けど竹下さんの言っている『好き』は、おそらく特別な意味での『好き』という事なのだろう。となると。


「そんなこと…」


 無いよ。そう言おうと思った。

 だけど……本当にどういう訳か分からないけど、何故かそう口にすることができない。たった三文字の簡単な言葉だというのに。


(おかしいな、どうして言えないんだろう)


 混乱している僕を、竹下さんは見つめてくる。


「もし本当に好きなら、協力するから」


 いつになく声に力が入っている。霞さんもそうだったけど、竹下さんも女の子。どうやら例にもれず恋バナは大好物のようだ。


「よく分からない。恋愛とか、考えたことも無かったから」


 そう答えるのが精一杯だった。だって、本当に分からないんだもの。だけど竹下さんはどこか満足したように息をついた。


「分かった。けどもしもハッキリしたら、教えてくれたら嬉しい」


 それだけ言って、竹下さんは再び歩き始める。だけど僕は、何だかスッキリしない気持ちでその場を動けずにいた。

 不思議と胸がざわつく。頭をよぎるのは、さっきまで一緒にいた霞さんの笑っている顔だ。

 僕が好き?霞さんを?

 いや、まさか。霞さんは姉さんの友達で、頼りになるお姉さんで、たしかにちょっと憧れたりはするけど……

 悶々と考えていると、竹下さんが振り返ってくる。


「帰らないの?」

「ごめん、今行くよ」


 慌てて後を追いかける。だけど僕の胸の奥は、依然としてモヤモヤとしたままだ。


(いったいどうしたんだろう?)


 スッキリしない気持ちを抱えながら。僕は竹下さんと二人、夕暮れの町を歩いて行った。

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