その12センチを追いかけて 3

 竹下さんを連れて家に帰ると、姉さんが既に帰宅していた。そして部屋の中にはもう一人。


「基山さん、来てたんですね」

「お帰り八雲、竹下さんも。お邪魔してるよ」


 基山さんは笑いながら僕等を出迎えてくれる。竹下さんも基山さんとは面識があったから、ぺこりとお辞儀をして挨拶を返す。


「お久しぶりです、基山さん」

「久しぶり。その制服、初めて見たけどよく似合っているよ」


 そう言えば基山さんは制服を着た竹下さんを見たこと無かったっけ。僕は部屋がお隣だから登下校時によく会っていたけれど。


「基山さんも来るなら言ってくれればよかったのに」


 靴を脱いで玄関を上がった僕は、奥にいる姉さんに声をかける。するとテーブルの前に座っていた姉さんがこっちを振り向く。


「最初はその予定は無かったのよ。けど、基山が今日は家まで送って行くって言ってきかないんだもの」

「そりゃあそうだよ。だって水城さん、足を捻っているんだし」


 え、そうなの?よく見ると姉さんの足には包帯が巻かれていて、何だか痛々しい。同じくそれを見た竹下さんも心配そうな声を出す。


「いったいどうしたんですか?」

「体育の時、ちょっとね。安静にしていればすぐに治るって言われたから、あんまり心配はしないでね。本当に大したこと無いから」

「どうなんですか、基山さん?」


 姉さんから視線を外し、基山さんに尋ねてみる。


「ちょっと。本人が大丈夫って言ってるじゃない」

「姉さんの場合強がっているだけかもしれないから。基山さんに聞いた方が確実だよ」

「確かに水城さん、そういう所あるからねえ。でも安心して、本当に安静にしておけば治るみたいだから。だけど怪我をしている間はいろいろ手伝ってあげてね」


 その言葉でようやく、僕と竹下さんはそろって胸を撫で下ろす。だけど姉さんは何だか不満気だ。


「だからさっきそう言ったじゃない。それにまだ大袈裟よ。別に手伝ってもらわなくたって、これくらいどうってこと無いから」

「でも、帰りは基山さんに付き合ってもらったんだよね。だから基山さん、うちに来ているわけだし」

「それは、平気だって言ってるのに、基山が心配するから仕方なくよ」


 どうやら送ってもらった事を照れているようだ。

 別に恥ずかしがるような事とも思わないけどなあ。困った時はお互い様なんだし、それに。


「心配くらいさせてよ。だって…彼氏なんだから」


 今度は基山さんが照れたようにそう言う。それを聞いた姉さんも、バツが悪そうに視線を逸らす。そして一人状況を掴めきっていない竹下さんは、少し興奮したように目を輝かせている。


「彼氏って…お二人とも、ついに付き合い始めたんですか⁉」

「それは、まあ」

「最近…ねえ」


 照れたように揃って頬を染める所が、初初しさを感じさせる。

 そうなのである。最初の告白には気づいてもらえず。二度目の告白をしようとした時には、何故か告白の途中でスーパーの特売があることを思い出してしまった姉さんがその場を去ってしまい。三度目の正直とばかりに文化祭で告白した時には、連日の準備の疲れから姉さんが寝てしまい。

 その度に僕が土下座しそうな勢いで『姉さんがすみません』と謝ってきたけれど、この春ついに二人は付き合うこととなったのだ。基山さん、本当におめでとうございます。


「全然知らなかった。八雲くん、教えてくれればよかったのに」

「ゴメン、実は姉さんに口止めをされてて。話すような事じゃないから、絶対に余計な事は言わないでって」


 きっとあれこれ聞かれるのが恥ずかしかったのだろう。だけどその話を聞いた基山さんは怪訝な顔をする。


「話すような事じゃない、かあ。水城さん、そんな風に思ってるの?」

「バ、バカ。そうじゃないわよ。わざわざ誰かに話さなくったって、本人同士が付き合ってるって認識してたらそれで良いって思っただけだから」

「そうだったんだ。なんだか嬉しい」

「何言ってるのよ、バカ」


 バカバカ言いつつも、姉さんの目は笑っている。そしてそれを見る竹下さんの目も。


「お二人とも、おめでとうございます。お似合いで理想のカップルです」


 そうか、竹下さんはこういうのが理想なのか。ここにいたるまで大変な紆余曲折があって、何かと不安定なカップルではあるけれど。好みは人それぞれということで良いだろう。

 ところで、僕はさっきから一つ気になっていることがあり、それを聞くタイミングが見つからない事に内心焦っていた。

 するとそんな僕の様子を見て察したのか、基山さんがそっとそばに来て耳打ちしてくれた。


「田代さんはちょっと用があるって言ってた。大丈夫、少し遅れるかもしれないけど、絶対来るって言っていたから」

「そうなんですか。ありがとうございます」


 絶対来ると聞いて安心した。

 実は基山さんも、僕が霞さんのことを好きだという事を知っている。それというのも、話の中で霞さんの話題が出た時に僕が過剰に反応してしまった事があり、それで見抜かれてしまったのだ。

 基山さんはそんな僕を笑ったりせずに、応援してくれているのだから本当に有り難い。というわけで、この場で僕が霞さんのことが好きだと知らないのは。


「二人とも、何コソコソ話しているの?」


 内緒話をする僕と基山さんを見てそう言ってきた姉さんだけである。姉さんに知れたら何かと面倒そうなので、僕が基山さんにも竹下さんにも頼んで口止めしてもらっているのだ。


「ちょっとね。大した話じゃないから」


 僕はそう答えたけど、姉さんは何だか不満気だ。


「八雲が私に隠し事を…なのに基山には話すだなんて、ズルいわよ」


 不満げに基山さんを睨みつける。こういう場面を見るとつい忘れてしまいそうだけど、付き合っているんだよね、この二人?


「あの、皐月さんは八雲くんと基山さん、どっちの方が大事なんですか?」


 竹下さんが不安げに尋ねる。まあ当然の疑問だろう。そして姉さんは躊躇いなく答える。


「八雲!」

「ええっ?」


 驚いた竹下さんはすぐに基山さんの顔色を窺う。だけど基山さんはいたって落ち着いた様子で、竹下さんに笑いかける。


「心配しないで。水城さんが八雲のことを一番に考えるのは分かっているから。僕はそんなところも含めて、水城さんのことを好きになったんだしね」

「基山さん…素敵です」


 竹下さんが目を潤わせている。

 けどたしかにこんなにもブラコンな姉さんだと知って、それでも変わらず好きでいてくれているのだ。基山さんの想いの強さは本物だろう。姉さん、今度また基山さんを傷つけるような事をしたら、僕が許さないからね。

 そんなやり取りをしていると、不意に玄関のドアがノックされた。


「あれ、霞が来たのかな?」

「だったら僕が出るよ」


 そう言って素早く玄関に向かう。そしてドアを開くと、そこには思った通り霞さんの姿があった。


「いらっしゃいませ、霞さん」


 そう挨拶をすると、霞さんはニッコリと笑う。


「こんにちは八雲くん。お邪魔させてもらって良いかな」

「どうぞどうぞ」


 霞さんを部屋の中へと案内する。そう広くない部屋に五人もいると、ちょっと狭くなってしまう。だけど僕は、こうして皆で集まるのが好きだ。


「お茶を淹れてきますね」


 加速する胸の高鳴りを感じながら、僕は台所へと向かった。

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