八雲side

その12センチを追いかけて 2

 中学校からの帰り道。僕、水城八雲は友達の竹下さんと二人で歩いていた。

 普段は竹下さんとは道の途中で別れるけど、今日彼女は僕の家に遊びに来ることになっているから、こうして一緒に帰っているのだ。


「ねえ、本当に今日は私もお邪魔して良かったの?」

「それはもちろん。それとも、何か予定でもあった?無理にさそってた?」

「ううん、そうじゃないけど。今日は霞さんも来るんでしょ。私がいたら邪魔かなって思って。この前だって私がいたせいで二人きりにはなれなかったし」

「気にしなくていいよ。そもそも今日は姉さんだっているんだし、どのみち二人になんてなれないって。竹下さんいつだったか、また姉さんに会いたいっていたよね。だったら今日会っておくと良いよ。姉さん普段はバイトで忙しいから」

「それを言われると…皐月さんは霞さんよりも会えないから。うん、やっぱりお邪魔させてもらって良いかな」

「僕は構わないし、姉さんだってきっと竹下さんと会えるなら喜ぶと思うよ。ところで…」


 ふと、思っていた疑問を口にする。


「竹下さんって何だか姉さんに懐いているけど、何か理由でもあるの?」


 すると竹下さんは、少し照れたような笑みを浮かべる。


「皐月さんは…私の憧れだから」

「憧れっ?姉さんがっ?」

「そんなに驚くこと無いでしょう」


 竹下さんは少し不満げにこっちを見たけど、僕にはやはりそれが信じられない。姉さんは普通なら気を悪くさせてしまうのではと不安になるような事でも遠慮無しに言う、キツイ性格をしている人なのに。


「ちなみに、いったい姉さんのどんな所に憧れているので?」

「全部…かな。言いたいことをハッキリ言う所とか、誰に対しても物怖じしない所なんかが特に」


 なるほど、物は言いようだ。


「私も、皐月さんみたいになりたいなあって思ってる」

「竹下さんが…姉さんみたいに?」

「うん……私じゃ、難しいかな?」


 ちょっと悲し気な目をする竹下さんを見て、慌てて首を横に振る。


「そんなこと無いよ。竹下さんは努力家だし、頑張ればきっと姉さんみたいになれるって」

「本当?それじゃあ、頑張らなくっちゃ」

「うん。でも頑張りすぎも良くないから、ほどほどにね」


 本当に、ほどほどで良いからね。姉さんみたいになれるかとなれないとかいう以前に、姉さんみたいにならない方が良いのではないかとつい思ってしまう。

 そりゃあ、高校生の身でバイトしながら僕を育ててくれている姉さんには感謝している。だけど、その性格にはいささか難ありなんじゃないかなと思っているのも事実だ。さっきも思ったようにちょっとキツイところもあるし、鈍感だし。

 その鈍さは筋金入りで、最初は基山さんからの告白にも気づかなかったって言うし。そういった所まで竹下さんに真似をしてほしいとは、正直なところ思えない。けど…


「そう言えば最近の竹下さん、少し姉さんに似てきてるかも」

「えっ、そう?」

「うん。前は人見知りな所があって、言いたいことも言えてなかったみたいだけど。今ではちゃんと喋れるようになっているしね」

「そうかなあ?自分ではよく分からないや。ねえ、それじゃあ前の私と今の私、どっちの方が良いと思う?」

「えっと、それは…」


 一瞬なんて言おうかと迷ったけど、やっぱり正直に答えよう。


「今、かな。よく笑うようになったし。やっぱり笑っていた時の方が可愛いよ」


 誰だって俯いているよりも笑っている方が良いに決まっている。そう考えると、姉さんを見習うというのも悪くは無いのかも。

 竹下さんはニコニコと笑ったけど、やがて何かに気が付いたような顔をする。


「八雲くん。褒めてくれるのは嬉しいけど、あんまり女の子に可愛いなんて言っちゃダメだよ」

「え?」

「八雲くんは格好良いんだから、そんなことばかり言ってると好きになっちゃう子が出てきちゃうよ。もし霞さんがその事を知ったら、きっと八雲くんを盗られるんじゃないかって心配しちゃうよ」

「ええと、ツッコミ所がいくつかあるんだけど、良いかな?」

「許可します」

「まず僕を好きになる人がそうそう出てくるとは思えないんだけど」

「甘いよ!」


 竹下さんの目が光る。


「小学生の時は何とかなってたけど、もう中学生なんだよ。そういう所も少しは警戒しないと。他の小学校から来た子も沢山いるんだから、油断してたらすぐに惚れられちゃうよ」

「それはかなり大袈裟だと思うけど」

「大袈裟じゃないよ。だいたい小学校の頃だって。ねえ、同じクラスに木野さんっていたでしょ」

「あ、ああ。木野さんね」


 竹下さんの言わんとしていることが何となくわかってしまい、冷や汗が出る。木野さんは今は別の中学校に通っているけど、小学校の頃は…


「木野さん、八雲くんのことが好きだったってこと気付いてた?」

「やっぱり、そうだったんだ」


 実は何となく気づいてはいた。気付いたうえで何とか失礼の無いよう振る舞おうと、僕なりに頑張ってきたつもりだ。


「八雲くんの接し方がよかったのと、八雲くんに好きな人がいるというのが周知の事実だったため、木野さんは傷つくことなく無事小学校を卒業していきました。けどね、中学校では違うんだよ。強引な人もいるかもしれないし」

「いや、だからと言って。そもそもそう簡単に好きになられたりは」

「一組の田中さん、二組の小池さん、委員会で一緒だった一歳下の角野さん。皆一度は八雲くんの事を…」

「分かった、僕が悪かったよ。今度から気を付けるから」


 危うく小学校時代の恋愛事情を全部並べられるところだった。しかしこうやって思い出してみると、彼女達はどうして僕を好きになったりしたんだろう。


「そりゃあ八雲くんが一生懸命だからだよ。お家のこととか大変なのに、心配してもいつも大丈夫だからって笑って頑張ってたでしょ」

「そう言われても、僕にとっては普通のことだったし」

「それから、霞さんに振り向いてもらおうと普段の態度に気を使ったり、スキルを磨いたりしてたじゃない。霞さんを目標にって頑張っていたら、他の子が放っておけないくらいにはなるよ」


 そう、なのかなあ。だとすると少し照れ臭い。


「八雲くんは自分のスペックを分かってなさすぎだよ。頭が良いし運動も苦手じゃないし、家事もできるし優しいし、それと…」


 竹下さんは僕の良いところを次々と上げていき、聞いているこっちが恥ずかしくなってしまう。

 それにしても、竹下さんは本当によく喋るようになったものである。普通本人を目の前にして、こんな褒め殺しなんてしにくいと思うけどなあ。出会った当初は、引っ込み思案だった彼女がこんな風になるだなんて思わなかった。まあそれはさておき。


「それじゃあもう一つ。霞さんが心配するって言ってたけど、それは無いよ。だって霞さん、まだまだ僕を弟みたいに思っているんだもの」


 ヤキモチを焼いてくれたのなら嬉しいとは思うけど、生憎現実はそう甘くは無いんだ。しかしそれを聞いた竹下さんは、キョトンとした顔をする。


「ねえ、一つ確認したいんだけど」

「何?」

「さっき言った木野さんや田中さんや小池さん、それに角野さんの気持ちには気づいていたんだよね。告白されたわけでも無いのに」

「…一応」


 だからこそ彼女達との接し方には苦労した。僕の勘違いでないとしたら必要以上仲良くはしない方が良いし、だからと言って露骨に避けるわけにもいかないし。


「それなのに、霞さんからは弟みたいに思われてるって思っているの?」

「そりゃあ霞さんは、さっき上げた子達とは事情が違いすぎるからね。弟みたいに思われてるって言うのも、多分間違って無いと思う」


 自分で言ってて悲しくなるけど。だけど僕の話を聞いた竹下さんは、何故か温かい目でこっちを見てくる。


「そっかー。そういう風に思っているんだ」

「そうだけど…いったい何?」

「何でも無い。ふふっ、八雲くんの目も本命相手だと曇っちゃうんだね。まあ仕方が無いか」

「いったい何の話?凄く気になるんだけど」


 だけどいくら聞いても、竹下さんはそれに答えてはくれなかった。


「さあ、早く行こう。急がないと、霞さん先に来ちゃうよ」

「あ、うん。そうだね、急ごう」


 竹下さんにせかされながら、僕は歩を進めて行った。

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