その12センチを追いかけて
霞side
その12センチを追いかけて 1
高校三年生の春。
その日私、田代霞は一学年下の男子から放課後体育館裏に呼び出しを受けていた。
その男子とは委員会が一緒で、それなりに仲が良かったと思う。だからこの呼び出しがなんであるか、想像がついてしまっていた。そして。
「俺、ずっと田代先輩のことが好きでした。もしよければ、俺と付き合ってください!」
やっぱり。
こうなる事は分かっていた。私は彼の言葉をしっかりと受け止め、真剣に考えたつもりだ。それでも口から出た言葉は。
「ごめんなさい」
瞬間、彼の目が悲しみに染まった。
別に彼の事が嫌いなわけじゃなく、好きか嫌いかと聞かれれば間違いなく好きに入る。
それでもこの告白を断ってしまった理由はただ一つ。胸が熱くならないのだ、少なくともあの時ほどは。
『もっと大人になって、いつか目線が追い付いた時。その時にもう一度、僕は貴女に好きだと伝えるつもりです。ですからその時まで、どうか待っていてもらえませんか?』
いつかのあの子の言葉が蘇ってしまう。告白を受けた直後だというのに別の男の子の事を考えてしまうなんてとは思うけど、それでも考えずにはいられなかった。
私がフることになった男子は粘ることも無く、「ありがとうございました」と言って去って行く。可愛げのある後輩だったのに、もう元の関係には戻れないんだろうな。
「…歳下が好きってわけじゃ無かったみたい」
誰とも無しに呟く。奇しくもこの告白で、私が歳下好きというわけではないということが証明されてしまったわけだ。
けど最も印象に残っている告白をしてきた、私が今一番気になっているあの男の子は実際のところ歳下だ。しかも相当。
「これって、歳下だから気になってたわけじゃなくて、相手が八雲くんだから気になってたってことなのかな?」
自身にそっと問いかける。
その子の名前は水城八雲。親友であるさーちゃんこと水城皐月の弟である。
今から二年前。その子は私に好きだと言ってくれて、それ以来私はずっとその子の事を意識してしまっている。
こんなのおかしい。きっと何かの間違いで、ドキドキするのには何か別の理由があるはずだ。そう思いその理由が何なのかを必死になって考えたけど、いくら考えても答えは出ない。むしろずっと八雲くんのことばかり考えていたせいで、余計に意識するようになってしまった。
ちなみに当時の八雲くんは、まだ小学五年生だった。
小学生相手にドキドキしてしまう女子高生なんて普通はいない。下手をすれば犯罪だ。
もしかして自分で気が付かなかっただけで、実は隠れショタコンだったのではないかという不安に駆られたりもした。だけどどれだけジャニーズジュニアの男の子を見ても、友達から借りたオネショタものの漫画を読んでも、八雲くんのように何かにときめくということは無く、これには少し…いや、かなり安心した。
けれどだからと言って、私が八雲くんのことを意識してしまっているという事実が変わるわけでも無く。悩みの種となってしまっているのだ。
先日中学校に上がった八雲くんは、友達の恋ちゃんと一緒に制服姿を見せに来てくれた。気が付かないうちにいつの間にか背の伸びていた八雲くんは、そっと私の耳元で囁いたっけ。
『身長半分追いつきましたよ』
まだ声変わりしていない幼い声でそう言われた瞬間、ボッ顔が火照ってしまった。
だけどすぐに気持ちを落ち着かせ、平気なふりをしてお姉さんぶって頭を撫でたから、この動揺は上手く隠せたと思う。思いたい。
小学生を意識しているよりは中学生を意識している方がまだセーフだとは思うけど、それでもその事を知られるわけにはいかない。もし知られでもしたら…
「知られちゃったとして、八雲くんなら喜んでくれるかな?『僕のことを考えてくれて、ありがとうございます』なんて言いそう」
そう考えると思わず笑みが零れて。けどその事に気が付いて慌てて周囲を窺う。ここが体育館裏で幸いだった。周りには人気は無く、誰かに見られたということもなさそうだ。
さあ、もうおかしな事を考えるのは一旦止めにしよう。今日はこれからさーちゃんの家に行って遊ぶことしている。
さーちゃんは普段バイトで忙しいし、私も塾があるから。平日に遊べる日というのは実は結構貴重だったりする。
本当は街で遊ぼうかとも思ったけど、さーちゃんの事だ。口には出さなかったけれど、きっと私とだけでなく八雲くんとも遊びたいに決まっている。さーちゃんはブラコンだから間違いない。
そんなさーちゃんのために、私はさーちゃんの家で遊ぼうと提案していた。それなら八雲くんも一緒にいられるから。これはさーちゃんのためであり、断じて私が八雲くんと一緒にいたいからとか、そういう事じゃないからね。
でも、今日は八雲くんの前でいつもの私でいられるかな?告白された直後という事で、冷静でいられるか不安が残る。
告白されて何も感じなかったわけじゃない。そんな状態で八雲くんと会って、変な態度をとってしまったらどうしよう?ああ、でももう時間も押しているし、早く行かないと。
「何とかなるよ。たぶん」
そう自分に言い聞かせて、私はその場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます