その12センチを追いかけて 4
僕等が集まってやる事といえば、学校であったことや最近読んだ本の話をするなど、本当に他愛も無い事を話すだけだった。
だけどみんな嫌な顔一つせずに、お喋りに花を咲かせている。そんな中、ふと竹下さんが姉さんたちに尋ねた。
「そういえば皆さんはもう三年生なんですよね。進路はどうなっているんですか?」
竹下さんは本当に何の気なしに聞いただけなんだろうけど、とたんに姉さんたちの表情が固まる。
「進路…進路ね」
「まあ考えているわよ。それなりには」
「やりたいことが、無いわけじゃないしね」
そうは言うけど、三人ともなんだか歯切れが悪い。するとその様子を見た竹下さんが申し訳なさそうな顔になる。
「ごめんなさい。突然変なことを聞いて」
「ううん、恋ちゃんは悪くないわよ。それにもう、ちゃんと方向性は決まっているわ」
慌てて姉さんがフォローすると、基山さんが確認するように口を開く。
「水城さんは確か、就職希望だったよね」
「そうよ。求人情報はくまなくチェックして、良い所に入れるように頑張ってるわ」
「しっかりしているねえ、さーちゃんは」
霞さんもそう言って姉さんを褒める。だけど僕はそれを聞いて、ちょっと引っかかってしまった。
「姉さんって昔、出版関係の仕事に就きたいって言って無かったっけ。小説が好きだから、その編集の仕事とか。進学してそっち方面の勉強はしないの?」
「いったい何年前の話よ。そんな昔の夢なんて、もうとっくに諦めてるわ。それよりも早く就職して、たくさん稼ぐようにしないと」
姉さんは張り切っている。しかしどうもその考えには疑問を挟んでしまう。
「もしかして家計の事を考えて、少しでも早く働かなきゃって思ってない?もしそうなら無理をせずに、ちゃんとやりたい事をやった方が良いんじゃないの。お金なら奨学金制度を利用しても良いんだし」
「だからそんなんじゃないって。それより八雲、そっちはやりたい事とか無いの?中学生になったんだから、興味のある事とかあるでしょ」
「興味のあることねえ…」
少し考えた後に、浮かんだことを口にする。
「とりあえず中学生でもできるアルバイトをやってみたいかな。例えば新聞配達なんかは、許可を貰えばできるみたいだし」
そうすれば少しは姉さんの負担も軽減できるかもしれない。しかしそれを聞いた姉さんは眉間にシワをよせる。
「何よそれ?八雲は稼ぐことよりも、自分が何をしたいかをちゃんと考えないと」
「姉さんがそれを言う?」
「とにかく、今は無理して働かなくてもいいから。八雲がそれじゃあ、急いで就職する意味が無いでしょ」
姉さんはため息混じりに言う。って、ちょっと待って。それは聞き捨てならない。
「意味が無いって。それじゃあやっぱり姉さんは、家計のために就職を急いでるってことだよね」
「それは…って、だから私のことはいいの!」
「良くないよ。将来がかかっているんだから、もっと真剣に考えなきゃ。稼ぐのが目的なら、やっぱり僕がバイトでも何でもするよ」
「私は真剣よ!あと、八雲は無理にバイトしない!」
いつの間にか僕も姉さんも熱くなっていき、次第に声も大きくなってくる。するとそれを見かねたのか、基山さんが割って入ってくる。
「二人とも落ち着いて。進路のことは後でゆっくり考えればいいんだから。今は、ね」
そう言って口を挟めずにいた霞さんと竹下さんに目を向ける。
途端に僕も姉さんも黙り込んだ。つい熱くなりすぎてしまい周りの事を考えるのを忘れてしまっていた。
「…ごめん」
「すみません」
揃って謝ると、今度は霞さんが慌てて口を開く。
「別にいいよ。進路の話なんだもの、少しくらいもめたりするのは仕方が無いよ」
そうは言われても、気を使わせてしまったのはやはり申し訳無い。
「そういえば、霞さんは進路をどう考えているんですか?」
悪い空気を変えようと、今度は霞さんに話を振ってみた。
「私?私は…」
「霞は進学希望よね。どの大学にするか、検討中なんでしょ」
霞さんが応える前に、姉さんがそう教えてくれる。
「そ、そう。まだはっきりここって決まってはいないから、色々資料を集めてる」
「やっぱり、三年生になると大変なんですね。私達はあと…五年後かあ。その時ちゃんと将来のことを考えられるかな?」
竹下さんが指折り数え、感心したように息をつく。
「竹下さんや八雲の場合、先に高校を選ばなくっちゃだけどね。と言っても入学したばかりなんだし、まだどうすれば良いか分からないかな?」
基山さんの言う通り、まだ志望校どころか方向性すら見えていない。
「僕はまだ全然ですね。そもそもまだテストすら無いので、自分の学力も分かりません」
「私も。こんな事で私たち大丈夫なのかなあ」
竹下さんと二人して顔を見合わせる。すると霞さんがそんな僕達の頭をそっと撫でた。
「大丈夫だよ。私達だって二人くらいの頃は、進路なんて考えられなかったもの。だからこれから、ゆっくり考えていくと良いよ」
そう言ってもらえるとホッとする。ただ、ただね。
「それは良いですけど、こうやって頭を撫でられるのはちょっと。もう小学生じゃないので」
不満を口にすると、霞さんは慌てて手を放す。
「ごめん、嫌だった?」
「嫌ってわけじゃありませんけど…」
「小さいこと気にするわねえ。前は普通にやってたじゃないの」
姉さんはそう言うけど、正直ちょっと恥ずかしい。それに霞さんから子ども扱いを受けるというのは、何とも切ない気持ちになってしまう。
「仕方ないよ。ゴメンね、今度から気を付けるね」
霞さんは慌てて繕ったけど、どうも御機嫌取りをされているようで。まだまだ僕と霞さんの間には距離があるのだと思わずにはいられない。
(早くやるべきことを決めて、それに向かって勉強しよう。そうすれば少しは近づくことができるかもしれない)
謝る霞さんを見ながら、僕はそんなことを考えた。
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