その12センチを追いかけて 5

 進路の話や学校であった出来事の話をしばらく続けていたけど、日も沈みかけてきたので今日はもうお開きとなった。

 僕は霞さんを途中まで送って行くため、二人して夕暮れの町を歩いて行く。

 ちなみに竹下さんと基山さんも一緒に家を出たのだけど、二人とも用事があるからと言って、今は一緒にはいない。おそらく僕と霞さんを二人にさせようと気を使ってくれたのだろう。ありがとうございます。

 というわけで隣を歩く霞さんを見ながら、僕は少し気になったことを聞いてみた。


「霞さんは大学には行ったら、何を勉強するつもりなんですか?」

「うーん。色々、かな」


 それはまた随分と漠然とした答えだ。


「写真の勉強はしないんですか?好きですよね、写真」


 瞬間、霞さんの表情が固まった。しかしすぐにホッと息をついて、照れたように笑みを浮かべる。


「八雲くんには隠せないか。確かにそっちも視野に入れてるかな。まだそうするって決めたわけじゃないけどね」

「そうなんですか?霞さん、カメラを構えている時は活き活きしていますし、撮る写真からも楽しさが伝わってくるので。てっきりそっち方面に進むと決めているものと思っていました」

「えっ?私写真を撮るとき、そんなに活き活きしてた?」

「はい、とても」


 少なくとも僕にはそう見える。風景を撮る時、誰かを撮る時、楽しいって気持ちが伝わってきた。そんな霞さんにカメラを向けられると、自然とこっちまで笑ってしまうくらいに。


「八雲くんがそういうってことは、そうなのかもね。けど将来のことを考えると、ねえ」


 どうにも歯切れが悪い。けど悩むのも無理もないかも。この選択が人生を大きく左右するのだから、慎重にもなる。


「写真を撮るのは確かに好きだよ。好きなことを仕事にできれば良いなとも思う。だけど、好きだからってだけでやっていけるわけでも無いでしょ」

「確かにそうかもしれませんね。ただそれでも、好きじゃない事を仕事にするよりは良いと思いますよ。単純な考えだという事は分かっています。ですがやりたい事を出来ないと諦める前に、やりたい事をやれるように頑張ってみるのも、僕は大事だと思いますよ」


 すると霞さんは足を止め、まじまじと僕を見る。

 しまった。調子に乗って言いすぎたから、呆れられてしまったのかも。


「すみません、生意気なことを言って」

「ううん、感心していただけだよ。でも、そうかもね。好きじゃない事を無理して頑張るよりも、どうせなら好きなことをやった方が良いのかもね」


 もちろん一概にそうとは言えないことくらい分かっているけど。もし何かを始めて壁にぶつかった時、好きなことの方がより頑張ろうって気持ちになれるんじゃないかと思っている。


「姉さんはその辺りのことを、考えてないみたいですけどね」


 自分で言ってて、声のトーンが落ちているのが分かる。さっきは皆がいたから喧嘩は中断させたけど、僕はまだ納得してはいないのだ。


「八雲くんはさーちゃんが自分のために進路を選ぼうとしているんじゃないかって思っているんだね」

「間違いありませんよ。母さんが死んでから、姉さんはずっと僕を育てる事ばかり考えてきましたから。僕がいなければ、姉さんももっと自由になれたのかも」


 重荷になっているという自覚はある。だから少しでも姉さんの負担を軽くしようと思ってバイトの話もしたのだけど、全く聞く耳を持ってくれなかった。

 だけど僕の言葉を聞いた霞さんが、諭すように言ってくる。


「それは違うと思うな。八雲くんがいなかったら、さーちゃんはきっと今より元気じゃなかったと思う。よく学校で八雲くんの話をみんなにしているけど。その時のさーちゃん、凄く活き活きしているもの」

「そうなんですか?って、姉さんは学校でそんなに僕の話をするんですか?いったいどんな事を?」

「それは……まあ気にしないで。八雲くんの良い所しか言って無いから」

「今の間は何ですか?十分気になりますよ」


 何を言っているのか具体的なことを教えてくれないあたり、なんだかとっても不安になる。悪くは言われていないにしても、もしかして凄く恥ずかしい内容なのかも。


「まあそれは横に置いといて」

「置いといて大丈夫な内容なんですか?」

「とにかく。八雲くんはそんなさーちゃんが、ちゃんと自分のやりたい事をやるかどうかが気になっているんだよね」

「はい。今のままだと自分の気持ちよりも、僕のことを考えて進路を選びそうなので」


 こうやって姉さんの事を心配すると、シスコンだと笑う人もいるかもしれない。だけど僕にとっても姉さんはたった一人残された家族なのだ。心配にもなる。

 霞さんはそんな僕を笑うわけでも無く、穏やかな表情を見せる。


「そうだね、心配するよね。それじゃあ私からもそれとなく、さーちゃんに言ってみるよ」

「良いんですか?」

「もちろん。さーちゃんは友達だし、私だってちゃんと好きな道に進んでほしいって思うもの」


 自分のことだけでも大変なのに、姉さんの事まで考えてくれるだなんて。頼りっぱなしで悪い気もしたけど、せっかくこう言ってくれたのだ。ここは甘える事にしよう。


「それじゃあ、お願いできますか。姉さんも霞さんが言ったら、話を聞いてくれるかもしれません」

「了解。明日にでもさーちゃんと話してみるよ」


 霞さんは快く承諾してくれる。それにしても、ここまで心配してくれるだなんて。姉さんは良い友達を持ったものだ。

 これで上手くいけば良い。そう思っていた。


 だけど後で振り返ればそれは、いささか楽観的な考えだったと思わざる負えなかった。姉さんは頑固で、僕のことになると周りが見えなくなるって分かっていたはずなのに。

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