その12センチを埋めたくて 11
小学校の昼休み。僕は図書室で本を読んでいた。
僕は姉さんほど本を読まないけど、読み始めたら集中する方だとは思う。規則正しく並んだ文字を目で追っていると、ついつい時間が経つのも忘れて読みふけってしまう。
だけどそんな読書の時間を台無しにするように、本来静かにすべき図書室にそぐわない大きな声が響く。
「水城、何て本読んでるんだよ!」
唐突にそう言ってきたのは、隣のクラスの犬塚君だった。彼は最近、やたらと僕に絡んでくる。
それ自体は別に良いんだけど、問題はその絡み方だ。
「ダセー本だなあ」
悪意のある言葉をぶつけられる。犬塚君の絡み方というのは、いつもこういった良くないものなんだ。まあそうなってしまった原因は僕にあるのだけど。
元々犬塚君は少し前まで頻繁に僕のクラスを訪れていて、竹下さんのことを虐めていたのだ。
虐めなんてわざわざ他のクラスまで足を運んですることじゃない。実は犬塚くん、本当は竹下さんのことが好きで、それでチョッカイをかけていたのだ。
相手の気を引こうとして虐めると言うのは根本的に間違っていると思う。竹下さんも凄く嫌がっていたし。
この前見かねた僕が間に入って犬塚くんを追っ払った事があったのだけど、それ以来彼は僕に敵意を向けるようになってしまったのだ。
まったく逆恨みも良いところだ。たしかに教室で竹下さんのことが好きなら虐めを止めるように大声で言ったけど。結果、大勢の前で竹下さんの事が好きだという事がバレてしまい、恥ずかしい目に遭わせてしまったということは理解している。
さらにその後竹下さんから「嫌い」と言われて公開失恋をするという結末を迎え、大勢の前で恥をかかせてしまったけど、それにしたって僕を怨むのは筋違い……うん、やっぱり怨まれても仕方がないかも。
竹下さんを虐めていたことは許される事じゃないけど。それでも今にして考えてみると、もっと他にやり方があったんじゃないかなとは思う。
けど、それはそれだ。図書室で大声を出すのはやめてほしい。他の人達だって迷惑しているし。
「静かにしようよ。本を読んでいる人は他にもいるんだから」
そう注意したけど、犬塚君は聞く耳を持たない。まるで僕の声など届いていないように大きな声を出し続ける。
「なんだよこれ、女子が読むような本じゃないか。こんなモノ読んでどうすんだよ?」
バカにするように僕の読んでいる本を指さす。その本は犬塚君の言う通り女子向けのレーベルで、政略結婚を強いられたお姫様が相手の王子様に徐々に引かれていくという、コテコテの恋愛小説だった。だけど。
「わりと面白いけどなあ」
退くことなくそう答える。確かに主な読者層は女子だろうけど、男が読んでもつまらないという訳ではない。むしろ僕は今までこんな感じの本は読んだ事が無かったから、新鮮で面白い。
「こんなの面白がるだなんて、お前は女子か。ダセー、恰好悪ぃ」
何とでも言えばいい。別に恥じるつもりも、怒るつもりもないのだから。だけど僕はよくても、これを快く思っていない人がいたようだ。
「ちょっと、静かにしてよ」
そう言いながら女子が数人、こっちにやってくる。見ると全員僕のクラスの人達だった。
「ごめん、五月蠅かったよね。今出て行くね」
「水城くんは良いよ、騒いでたのは犬塚なんだし。犬塚、五月蠅くするなら出て行ってよね」
「俺だけ?」
驚く犬塚くん。だけど女子達は容赦がない。
「当たり前でしょ」
「水城くんは悪くないもの」
「これ以上騒ぐんなら、先生呼ぶよ」
女子達の怒涛の攻撃に犬塚君はなす術も無い。するとそこで、一人の女子が僕に目を向けてきた。
「それはそうと、水城くんってこういう本読むの?」
「これのこと?」
さっきまで読んでいた本を手に取る。するとその子は興味深げにそれを見る。
「うん。最近読み始めたばかりだけどね」
「アタシもこれ読んだよ。面白いよね。水城くんは誰押し?」
「やっぱりヒロインのお姫様かな。最初はなかなか自分の気持ちに気付かなかったけど、だんだんと意識していく様子が可愛い」
「ああ、分かる。王子が優しくしてくれるのだって無理に結婚させられた自分に同情してるだけとか思っちゃってるけど、それでもついドキッとしちゃう所とかいいよね」
すると別の女子も話に入ってくる。
「アンタはイケメン王子の甘いセリフなら何でもいいんでしょ。アタシはむしろサブキャラの付き人の方が好きかな。目立つポジションじゃないけど格好良いし」
「マニアックな意見ね。私はヒロイン押し。ちょっと抜けている所もあるけど、最後までドキドキさせられた」
なるほど、どうやらみんなこの本を読んだことがあるようだ。こんな風に一冊の本について大勢で議論するというのも中々面白い。
「水城くんは何きっかけで読み始めたの?」
その質問に、僕は言葉を詰まらせた。
実は誰かを好きになる気持ちがどういうものなのか、本を読めば少しは分かるかもと思っていたのだけど。それを口に出すのはやはり少し抵抗がある。だから。
「姉さんの影響。うちの姉さん、色んな本を読むから。僕もたまには読んだ事の無いような本も読んでみようかなって思って」
「そうなんだ。お姉さん、読書家なんだね」
一見そうは見えないけどね。きっと彼女達は物静かな文学少女をイメージしているのだろう。
まあそれはさておき、当初の目的であった誰かを好きになる気持ちの研究ができたかというと、成果はあまり芳しくない。
恋をしている登場人物たちには感情移入はできるけど、だからと言って好きになる気持ちが分かるかというと、それはちょっと違うのだ。
まあこの本自体は面白かったから読み進めてはいるけど。
(やっぱり本で読むより、誰かに聞いてみた方が分かるかなあ?けど、いったい誰に聞けばいいかな。お隣の基山さんとか?)
そこまで考えた時、すっかり蚊帳の外状態になっていた犬塚くんが目に入った。
そうだ、犬塚くんならその気持ちを知っているはずだ。となると、早速行動あるのみ。
「ねえ犬塚くん」
「何だよ?」
ふてくされた声を出して、どうやらご機嫌斜めのようだ。だけどそんな事では引き下がらない。
「犬塚くんって、竹下さんのことが好きだよね」
「うおっ」
いきなり変な声を出す。そうしてバツの悪そうな目で、睨むようにこっちを見てくる。
「だ、誰があんな奴」
「そういうのいいから。それで、竹下さんのことが好きな犬塚くんに質問なんだけど」
「聞けよ人の話!」
「人を好きになるって、いったいどんな気持ちなの?」
「は?」
呆気にとられたようにポカンとする。すると様子を窺っていた女子達も、興味を持ったように集まってくる。
「なになに?恋バナ?」
「男子の恋愛事情も気になるなあ」
寄ってきた女子達を見て犬塚くんの顔が更に引きつっているけど、まあいいか。
「で、どうなの?」
「知らねーよ。だいたいそんなの、教えられるものでもないだろ。直感で分かれよ」
そう言うものなのか。たぶんだけど、意地悪して教えようとしない訳ではなさそうだ。
「やっぱり経験者の意見は違うなあ」
「経験者言うな!そんなんじゃねえ!」
またも大声を出す犬塚くん。すると女子達がニヤニヤしながら口を開く。
「まあ犬塚の場合、好きな子を虐めるような歪んだ愛だったけどねえ」
「アレはちょっとね。漫画とかではツンデレってあるけど、実際にいたらただの感じ悪いだけの奴だからねえ。少なくとも自分を虐めるような奴を好きになるってことも無いしね」
彼女達は本当に容赦が無い。犬塚くんはよほど居づらくなったのか、苦虫を噛み潰したような顔で図書室の出口へと走って行ってしまった。
「水城!お前覚えてろよ!」
捨て台詞を吐いて、図書室から出て行く犬塚くん。。
残念。もう少し詳しく話を聞いてみたかったのに。好きになった瞬間とか、どんな所が好きなのかとかね。
「水城くん、恋バナに興味あるの?」
一人の女子が聞いてくる。そういう事になるのかなあ、これも。
「そんな感じ。こういう本を読んでいると、ちょっと気になって」
「だったら私達が教えてあげるよ」
「そうそう。きっと勉強になるよ」
それは有難いけど、皆も図書室では静かにね。
かくして僕は彼女達と一緒に、恋愛とは何かを昼休みの間中話し合うのだった。
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