その12センチを埋めたくて 12

 日曜日。この日僕は商店街の一角にある本屋にきていた。

 目当ての品は、先日学校で読んだ本のシリーズ。読んでみて、そして皆でその内容について話をして、すっかり気に入ってしまっていた。

 生憎学校の図書室にはシリーズ全部はそろってはいなかったから、こうして買いに来たのだ。


(ええと、ビーズログ文庫は…)


 普段買い慣れていないタイプの本だったけど置いてある場所はすぐに見つかり、一冊を手に取る。

 目的の本も無事に見つかった事だし、後は会計をするだけ。だけどレジに向かう途中で、ふと足を止めた。


(あれって、霞さんだよね)


 見るとそこには、一冊の雑誌を熱心に見つめる霞さんの姿がある。よほど集中しているのか、僕に気付いた様子は無い。

 けど僕の方は気づいたわけだし、ここは挨拶をしておこう。そう思ってそっと近づく。


「霞さん」

「ひゃうっ」


 名前を呼んだだけなのに。霞さんはビックリしたように声を上げてこっちを振り返る。


「え、八雲くん?」

「ごめんなさい、驚かせてしまって。姿を見かけたのでつい」

「いいよ、謝らなくても。勝手に驚いただけなんだから」


 そう言ってもらえるとホッとする。その時ふと、霞さんが手にしている雑誌の表紙に目が行った。


「月間フォトグラフ。それって、写真関係の雑誌ですか?」


 そう尋ねると、霞さんは照れたように頷く。


「そうだよ。人や動物、綺麗な風景なんかがたくさん載っているやつね。今月も良い写真がいっぱいあるなあ」


 何だか目を輝かせている。僕はこんな雑誌があった事すら知らなかったけど、霞さんはさっき随分熱心に見ていた。という事は、写真に興味があるのかなあ。


「霞さんって、写真が好きなんですか?前もデジカメで僕や竹下さんを撮ってくれましたよね」

「……ちょっと、ね」


 何だか間があった気がする。それがいったい何を意味するのか。気になっていると、霞さんは僕の様子に気付いたようで、そっと口を開く。


「八雲くん時間ある?ここじゃあなんだから、外に出て話そうか」


 そう提案された。勿論僕は構わない。

 僕は小説を、霞さんは月間フォトグラフをそれぞれ買って店を出る。


「それじゃあ、どこで話そうか。この前の公園で良い?」

「はい、構いません」

「よし、じゃあ行こうか」


 霞さんはそう言って、自然に僕の手を取ってきた。


「ちょっ…」


 さすがにもうこんな風に手を繋がれて歩くというのは恥ずかしい。この前商店街では手を繋いだけど、アレは姉弟のフリをするためにやったものだ。

 だけど霞さんは、そんな僕の気持ちには全く気付いていない様子。


「なに?」


 まるでこうして手を繋ぐのが当たり前だといった感じ。もしこんな所を学校の誰かに見られたらなんて言われるか。

 しかし霞さんの屈託のない笑顔を見ていると、放してくれとも言えない。


「何でも無いです」


 諦めた僕はされるがまま、手を引かれて商店街を歩いて行く。

 もし僕が霞さんと同じ高校生だったら手繋ぎデートのような光景だろうけど、おそらく周りには姉と弟のように見えているに違いない。事実霞さんも、それに近い感覚なのだろう。だけど……


(それって、何だか嫌だな)


 手を繋がれることがじゃなく、何の躊躇いもなく手を繋げることがだ。霞さんも普通なら男子と気軽に手を繋いだりはしないだろう。なのに僕相手にはできるという事は、僕を男子として全く見ていないってことだ。

 霞さんが悪いという訳ではないけど。僕にはそれが、何故だかとても嫌に思えてならなかった。

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