その12センチを埋めたくて 16

 放課後。私は今日もバイトがあるというさーちゃんと校門まで一緒に帰っていた。


「さーちゃんも毎日バイトって大変だね。でも、あんまり無理はしない方が良いよ」


 隣を歩くさーちゃんに労いの言葉を掛ける。さーちゃんの家の事情は知っているけど、それでも少し働きすぎなんじゃないかって思うこともある。けど、当の本人は涼しい顔をする。


「平気よ。私一人だったら確かに大変だろうけど、家のことは八雲が手伝ってくれてるからね。本当に助かるわ」

「…そうだね。それにしても、さーちゃんって本当に八雲くんのことが好きだねえ」

「まあね。自慢の弟だし」


 満面の笑みでそう答えるさーちゃんを見ると、チクリと胸が痛む。 そうしているうちに校門に付き、それぞれの道に分かれる


「じゃあね霞。また明日」

「また明日。バイト、くれぐれも無茶しいないでね」


 互いに手を振った後、背中を向けて歩き出す。

 さて、私はこれからどうしよう。今日は塾も無いから、帰ってさっさと宿題を片付けても良いかも。


(だけど、そんな気分じゃないんだよね)


 スッキリしない気持ちを引きずりながら、私は町を歩いて行った。


 それからはどこをどう歩いたのか。正直よく覚えていない。そして気が付けばいつも八雲くんと会っていた公園へと続く階段の前に来てしまっていた。


(どうしてこんな所に着ちゃったんだろう。今日は会う約束もしていないのに)


 そう思いながらも、足は一歩一歩階段を上っていく。

 ここにハチミツを連れてやって来て、八雲くんや恋ちゃんと一緒に遊んだのが随分前のことのように思える。そんなことを考えながら公園に着くと、昨日座っていたベンチの前まで歩いてみた。


(昨日はここで告白されたんだよね。八雲くん、落ち込んでなければいいけど)


 自分であんまりな態度を取っておいて、何勝手なことを言っているんだという自覚はある。罪悪感にかられながらため息をついていると、ふと後ろに人の気配がした。


「霞さん?」


 名前を呼ばれた瞬間、ドキリとした。この幼くもよく通った声には聞き覚えがある。恐る恐る振り返ってみると。


「良かった。霞さんだ」


 いつもと変わらない笑顔をこちら向ける、ランドセルを背負った八雲くんの姿がそこにはあった。


「八雲くん、どうしてここに?」


 気まずさの中、ようやく出てきたのはそんな言葉。するとおもむろにランドセルを下ろし、中から何かを取り出した。


「これ、昨日忘れて行きましたよね。もしかしてここで待っていれば渡せるんじゃないかと思って。それで来てみました」


 そう言って差し出してきたのは、月間フォトグラフだった。そう言えばせっかく買ったというのに、忘れてきた事にさえ気づいていなかった。昨日はあれからずっと八雲くんのことばかり考えていたから、すっかり失念してしまっていたのだ。


「あ、ありがとう。わざわざ持ってきてくれて」


 とりあえずお礼を言って受け取る。見たところ八雲くんの様子は普段と変わりないけれど、昨日のことをどう思っているのだろう?そんな事を考えていると。


「気にしないでください。本当は姉さんに預けておけば確実だったのに、わざとそれをしなかったんですから」

「あっ…」


 そう言えばそうだ。しかもわざと預けておかなかったって。それって…


「すみません。どうしても話したいことがあったんです」


 やっぱりそう言うこと?話したい事って、たぶん昨日の続きだよね。けれど私は、いったいどう答えれば良いんだろう?

 考えていると、八雲くんが口を開く。


「そう身構えないでください。まずは謝らなければいけませんよね。いきなりあんなことを言っては困らせるって分かっていたのに、それでも言ってしまってすみませんでした」


 八雲区は深々と頭を下げ、それを見て慌てて声を出す。


「そんな、八雲くんが謝らなくていいよ。あの時悪かったのは、むしろ私の方だし。ろくに話もせずに帰ったりしてごめんね」


 完全に気を使わせてしまっている。どうやら私より八雲くんの方がよほど落ち着いて対応しているようだ。

 八雲くんは顔を上げると、その澄んだ瞳で私を見つめる。


「僕はまだ子供で、好きとか以前の問題だということも分かっています。ですから昨日のことも、仕方が無いって思っているので、その辺は気にしないでください。僕は何も、霞さんを困らせたいわけじゃありませんから」


 はっきりとして口調で喋る八雲くんには辛さや悲しさは見て取れなくて。だけどもしかしたら、無理して平然を装っているのかもしれないし。平気なのかどうかは、判断が迷うところだ。

 けどこれって告白のことは忘れて、今まで通りでいましょうって言いたいのかな?気にしないでほしいって言ってるし。


「ただ、一つ念押ししておきますね」


 私の考えを遮って、真剣な目をする八雲くん。そして――


「霞さんのことが好きだという気持ちは変わりませんから。そこのところは間違えないでくださいね」

「えっ……」


 ええ―――っ⁉

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