埋められて、追いついて。12センチのその先へ
霞side
埋められて、追いついて。12センチのその先へ 1
『もっと大人になって、いつか目線が追い付いた時。その時にもう一度、僕は貴女に好きだと伝えるます。ですからその時まで、どうか待っていて下さい』
そう言ってくれた、いつも真っすぐで健気な男の子。最初はこんな弟が欲しいなんて思ったりもしたけど、今は違う。
告白をされたあの日から、あの子の存在はどんどん大きくなっていって。いつしか年下の無邪気な男の子から、リードしてくれる素敵な男性へと変わっていった。
名前を呼ばれるたびに心臓がドキドキして、笑った顔を見ると私まで笑顔になる。
ダメなところを見せても、酷い事を言って傷つけても、変わらず私を好きでいてくれた男の子、水城八雲くん。
『霞さんですよ、僕の好きな人は』
口にしたのは、いつかの告白の時の言葉。
ここはいつかの公園。そして目の前には幼い日の八雲くんがいて、私を見上げている。けど不思議だ。八雲くんはもう大人になっているはずなのに。
(ああ、これは夢だ。私は今、夢を見ているんだ)
夢の中だから、八雲くんは幼い日のままでいる。鏡が無いから分からないけど、多分私も高校の頃の姿をしているだろう。
公園も八雲くんも、きっと私の記憶が作り出した幻に違いない。それにしても…
(変わってないなあ、八雲くん)
小さい八雲くんを見ながら、大人になった八雲くんの姿を思い浮かべる。
あれからもう十年以上経っているし、背も私を追い越しているけど、澄んだ目は相変わらずで。今も昔も、優しいところは相変わらずだ。顔つきも、まだ全然面影がある。
本人は幼な声と童顔であることを気にしているけど、私はそんなところも含めて、八雲くんのことが大好きだ。
(八雲くん)
身を屈めて、小さい八雲くんに顔を近づける。そしてその柔らかな頬に、そっとキスをした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(…う……うーん)
ぼんやりとした頭を何とか回転させて、閉じていた瞼を開く。何だか懐かしさと現在の願望が入り混じった夢を見ていた気がする。小さい頃の八雲くんが出てきたのは何となく覚えているんだけど。
(あの頃の八雲くん、可愛かったなあ。今も可愛いけど)
今と昔、両方の八雲くんの顔を思い出しながら、つい顔をほころばせていると……
「へえー、それじゃあ霞さん。ハチミツの散歩に行ったまま迷子になっちゃったんですか」
「そうなの。いつもの散歩コースから外れてね。隣町で見つかった時はビックリしたわ」
目を向けるとそこにあったのは、楽しそうに喋るお母さんと八雲くんの姿。って。
「八雲くん⁉」
思わず声を上げる。
寝ぼけていた頭がだんだん覚めてきた。
どうやら私は、実家のリビングで転寝をしていたらしい。そういえば今日は八雲くんが来る事になっていたっけ。けど、どうしてお母さんと楽しそうにお喋りしてるわけ?
混乱していると、八雲くんがこっちに目を向けてくる。
「おはようございます、霞さん」
「おはよう…って、来たのなら起してよ」
「すみません。あんまり気持ちよさそうに眠っていたものだから、つい。それに、もしかしたら疲れているんじゃないかと思って」
確かに疲れていた。ここ数日仕事が忙しくて。昨日も残業で遅くまで残った後、すぐに列車に乗って帰ってきたのだ。
だけど帰ったら帰ったで、お父さんもお母さんもやたら話をしたがって、昨夜は寝るのが遅れてしまったのだ。まあ、明日のことを考えると気持ちも分からないでもないけど。
「霞、八雲くんはアンタに気を使ってくれたんだからね。文句言うんじゃないの」
そう言って八雲くんの肩を持つお母さん。そうだ、八雲くんはさっきまでこの人と喋っていたんだ。何かおかしな事でも吹き込んでないかと心配になってくる。
「ねえ、二人していったい何の話をしていたの?」
「大したことじゃないわよ。あんたが昔迷子になった話や、小学校の頃にプールで溺れた話とか」
「大したことだよ!」
人の恥ずかしい過去をペラペラ喋るだなんて、何を考えているの?
「余計な事は話さないでよ。そんな話をされても、八雲くんだって困るだけじゃない」
「いえ。花枝さんの話、結構楽しめましたよ。今まで知らなかった霞さんのことを知れて、僕は大満足です」
「八雲くん!」
まあ八雲くんならそう言うような気はしたけど、私としては恥ずかしい限りだ。と言うか、今お母さんの事を『花枝さん』って呼んでいたよね。きっとお母さんが名前で呼ぶよう頼んだのだろう。年甲斐もなく若いイケメンが大好きな人だからね。
「八雲くんは良い子ねー。本当、霞には勿体無いくらい」
「そんなこと無いですよ」
笑い合う二人を見ていると、ちょっとだけ胸の奥がモヤモヤしてくる。お母さん相手に焼きもちを焼くなんてどうかと思うけど、嫌なものは嫌なのだ。
「お母さん、少し八雲くんから離れて」
「あらあら、独占欲の強い子ね。それじゃあちょっとお茶を淹れてくるから。あ、私がいないからってイチャつかないでね。どうせなら目の前でイチャついてくれた方が、お母さんは嬉しい…」
「いいからさっさと行って!」
可笑しそうに笑うお母さんをキッチンへと追い出す。するとその様子を見ていた八雲くんまで、クスクスと笑い出す。
「相変わらず仲いいですね、羨ましいな」
「そんなんじゃないよ。お母さんったら、年甲斐も無く恋バナが好きなだけなんだから」
思えば、初めて八雲くんを彼氏として紹介した時からあんな感じだった。そりゃあ最初は驚いていたけど。親友であるさーちゃんの弟の八雲くんと、実は付き合っていましたなんて言われたのだから、まあ無理もないだろう。
だけどすぐに持ち前の野次馬根性を発揮して、いつから付き合い始めただの、告白はどっちからだの、根掘り葉掘り聞いてきた。八雲くんがまだ小学生の時に告白して、それ以来私もずっと意識していたと話した時は再度驚いていたっけ。
『まさかうちの娘がショタコンだったなんて』
もうそれは聞き飽きてるよ。それ以来お母さんは事あるごとに私をショタコン呼ばわりしてからかうようになってしまった。
「違うって何度も言っているのに、懲りずに言ってくるんだもの。嫌になっちゃうよ」
「きっとそれが花枝さんなりの甘え方なんですよ。良いですね、親子って」
どこか遠い目をする八雲くん。
そうだ。八雲くんは物心をつく前にお父さんを病気で亡くしていて、十歳の時にお母さんは交通事故で亡くなったんだ。
無神経な事を言ってしまったと思い口を噤んでいると、八雲くんはそれに気づいたのか、優しい笑みを浮かべてくる。
「僕の両親のことは気にしないでください。もうだいぶ前の話ですから」
「でも…」
「親がいない代わりに、姉さんがいてくれましたし、それに今は…」
「今は?」
「霞さんがいますから。それだけでとても幸せです」
「―――ッ!」
相変わらずこういう甘いセリフを、何の恥ずかし気も無く言ってくる。だけどここで憶すわけにはいかない。年上のお姉さんとして、ここはビシッとした返しをしないと。
「私も…八雲くんがいるから、しあわ…」
「あらあら、仲がいいわねえ」
「―――ッ!お母さん!」
いつの間にかお母さんがお茶を持ってきていた。今のやり取りを聞かれてしまったかと思うと、顔から火が出そうになる。
何か言わなきゃと思って口をパクパクさせていると、お母さんはニヤニヤ笑いながらため息を零す。
「照れなくても良いのに。晴れて夫婦になるんだから、仲良くして恥ずかしい事なんて何もないでしょ」
だからと言って、そう簡単に割り切れるものではない。私は助けを求めるように八雲くんを見る。
「八雲くん…」
何とかしてこのお母さんを黙らせて。そう目で訴えたけど、帰ってきた答えは非情なものだった。
「そうですね。僕もそんなに照れなくても良いのにって思います。あ、もちろん照れてる霞さんも可愛いから好きですけど」
「―――ッ!バカ――――!」
裏切られた私は、明日から自分の夫となる八雲くんの頭を、ポカポカと叩くのだった。
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