八雲side
埋められて、追いついて。12センチのその先へ 2
霞さんにプロポーズをしてから、およそ一年半が過ぎた六月のこの日。二十三歳になった僕、水城八雲は明日の結婚式を前に霞さんのご実家を訪れた…はずなんだけど。
「まったく、お母さんったら」
不機嫌そうな霞さん。どういうわけか僕等は今、告白やプロポーズをしたあの公園に来ていた。まあどういうわけも何も、悪ノリする花枝さんと、それに乗っかる僕に耐えきれなくなった霞さんが家を飛び出して、僕が慌てて追いかけてきたのだけど。
そういえば出る際に花枝さんが「恋人でいられるのも今日までなんだから、最後にデートしておくと良いわ」なんて言ってたっけ。今この公園には僕達以外誰もおらず、見ようによっては二人きりのデートに見えないことも無いかもしれないけど、怒っている霞さんをどうにかしないとムードの作り様も無い。
「いいかげん機嫌直してくださいよ」
「ふんっ、どうせ八雲くんはお母さんの味方なんでしょう」
そう言ってそっぽを向いてしまう。
あーあ、拗ねちゃった。こういう怒った顔も可愛いんだけど、いつまでもそれを堪能しているわけにもいかない。花枝さんの淹れてくれたお茶は飲み損ねたわけだし、とりあえず何か飲んで落ち着くとしよう。
備え付けの自販機に硬貨を入れ、紅茶を買って霞さんに差し出す。
「…ありがとう」
良かった、素直に受け取ってくれた。ご機嫌斜めだったとはいえ、本当に怒っていたわけでは無かったらしい。
自分の分のコーヒーも買った後、二人してベンチに腰を掛ける。思えばここで二人して何かを飲んだことは何度かあったのに、僕がお金を出したのは初めてだ。なんだかいつも決まって「お姉さんに任せて」なんて言われて、霞さんに奢ってもらっていた気がする。
そんなことをぼんやりと考えていると。
「今日はごめんね。わざわざ来てくれたのに、お父さんもいなくて」
霞さんが申し訳なさそうに謝ってくる。
明日の結婚式を前に、もう一度霞さんの御両親に挨拶をしようと思っていたのだけど、生憎お父さんと会うことは叶わなかった。
これはなにも、「どこの馬の骨とも分からない男になんぞ会う必要はない」なんて言って会うのを拒否られたと言うわけではない。単に仕事が忙しくて外せなかっただけだと、花枝さんが教えてくれた。
「仕事なら仕方が無いですよ。明日の式にはちゃんと出るって言ってましたし、挨拶はその前に改めてします」
「あんまり気負わなくていいからね。うちのお父さん、放任主義だから。結婚の話をした時も、よほどおかしな相手でなければ誰でもいいって言ってたし」
「ということは、僕はそのよほどおかしな相手には含まれていないってことですね。よかった」
「八雲くんにケチをつけるわけ無いよ。シッカリ働いているしね」
まだ働き始めて一年と少しだけどね。
無事に役場に就職した僕は福祉課に身を置き、毎日せわしなく動いている。実際の現場と言うのは想像していたよりもずっと大変で、未だに上手くいかないことも多いけど、やりがいがある仕事だから苦にはならない。
ただ先日、近くの高校の生徒がインターンで職場体験に来ていた時、役場を訪れた利用者が僕まで高校生と誤解してしまったのはショックだったけど。いい加減この童顔は何とかしたいものだ。
そうそう、仕事といえば。
「そう言えば前に言っていた、霞さんの写真が雑誌に載るかもしれないって件はどうなったんですか?」
「ああアレね。おかげさまで、無事に掲載されることが決まりました」
満面の笑みを浮かべる霞さん。
一時はスランプに陥り、写真を撮るのが苦痛になったこともあったけど、今ではすっかり立ち直っていて。素敵な写真をどんどん撮っては、度々雑誌で使われるまでになっている。
「八雲くんとさーちゃんのおかげだね。二人が背中を押してくれたり、支えたりしてくれたから出せた結果だよ」
「姉さんはともかく、僕は大したことなんてしてませんよ」
と謙遜しつつも、霞さんの言いたことは何となく分かっていた。だって僕も、霞さんがいるから頑張れると思う事があるから。特に何かをするわけでなくても、近くにいるだけで、声を聞くだけで不思議と力になるのだ。
霞さんにとって僕も、そういう存在になれたのなら、これほど嬉しいことは無い。
「明日も、晴れると良いな」
空を見上げながら、霞さんはそう呟く。確か天気予報は晴れだったはず。今日と明日は丁度梅雨の中休みで、これなら天候に悩まされる心配はなさそうだ。ジューンブライドとは言うけど、結婚式はやはり晴れていた方がいい。
「そう言えば今更ですけど、式は本当にアレでよかったんですか?あんな小さいもので」
僕が言っているのは、式の規模の事。小さな教会で挙げる予定の式は、かなり厳かなものとなっている。本当はもっと派手で煌びやかな式にした方が霞さんも喜ぶんじゃないかとは思っているのだけど、これから色々要り様になるだろうし。
懐事情を考えて、ここは節約することになったのだ。
「それに関しては言ったじゃない。私は別に大きな式を挙げたいんじゃないって」
「でも姉さんが言うには、一生に一度の記念なんですから。後でこうすればよかったと後悔しないよう、盛大に盛り上げてもよかったんじゃないかって」
姉さんも太陽義兄さんも、霞さんの御両親も、お金なら自分達が工面するから心配しないでと言ってきてくれたけど、あんまり甘えるわけにもいかないのでキッパリとお断りしたのだ。だけど僕の話を言いてくれた霞さんは苦笑する。
「盛大にって。さーちゃんはそもそも結婚式挙げてないじゃない」
「僕もそう思います。けど、姉さんは元々ちょっとズレた人ですから」
「さーちゃんらしいわ。自分のことはほったらかしにして、人の事となると途端に黙っていられなくなるんだから。けどまあそれでも、今のままででも私は十分幸せだよ」
そう言ってもらえてホッとする。結局式への招待客も、親族以外はほとんどいない。そんな、本当に小さな結婚式だ。
けど、決して式の事を軽く考えているわけでは無い。例え小さくても、最高の式を挙げたいと、ずっと前から準備に力を入れてきた。だって僕達のこれからは、そこから始まっていくのだから。
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