その12センチに追いついて 12
「霞さんだって間違えたり、不安になったりもするよ。だから必要な時にはぶつかっていかなきゃ。難しいのは分かるけど、彼氏なんでしょ。怖がっていたら、本当に愛想尽かされちゃうよ」
「って言われても。もう終わっているし」
「本当にそう思う?」
竹下さんはじっと僕の目を見てくる。
そりゃあ僕だって違っていてほしいとは思う。さっきも言ったように、未練タラタラなのだ。もしまたチャンスがあるのなら、見っともなくても気持ちをぶつけようとするだろう。
何も言わずに沈黙していると、竹下さんは察したように息をついた。
「どうしたいかが分かっているのなら、悩むよりは動いた方がいいよ。大丈夫、八雲くんは自分で思っているよりはきっと大人なんだから、霞さんの気持ちだって受け止められるよ」
そう言ってニッコリと笑う。果たしてこれが本心なのか、慰めるために言ってくれたのかは分からないけど、何にせよ彼女の言葉がとても温かく感じられる。
「まだ終わっていないと思う?」
「それは八雲くんしだい。けど諦めきれていないのなら、終わってはいないと思う」
「ウジウジ引きずって、女々しいって思われたりしないかな」
「それのどこがいけないの?十年も好きでいたんだもの。簡単に割り切れるものじゃないと思うけどな。それとも、本当に簡単に諦められるくらいどうでもいい事だったのかな?」
当然そんなわけが無い。ついさっきまで諦めかけていたと言うのに単純なもので、少し焚きつけられただけでもう心変わりをしてしまう。
(みっともなくても女々しくても、出来る限りのことをしてみよう。諦めるのはそれからだ)
自分勝手な決意だったけど、これでようやく前に進める気がする。
するとそんな様子を見守っていた竹下さんが、またもや笑みを浮かべてくる。
「どうやらやる気になったみたいだね。目の色がさっきまでと違うよ」
「うん。もうちょっとだけ、悪あがきしてみるよ。ごめんね、気を使わせちゃって」
「それは良いけど。さっき私と付き合ってみるって言ったこと、覚えてる?」
「ああ、あの事?もちろん覚えてはいるけど…」
まさかここにきてまたその話を始める思わなかった。話の流れから僕を焚きつけるために言ったものだと勝手に思ってしまっていたけど、冗談…だよね。
「あ、今冗談だったら良いなって思った?」
「思って…ゴメン、思いました」
どうしよう。もし勘違いしていたのなら、かなり失礼なんじゃないだろうか。
「もし本気だって言ったら、困っちゃう?」
「それは…」
何と返したらいいか分からずに言葉に詰まる。
何か言わなきゃいけないのに、まるで浮かばない。そうして焦っていると、竹下さんはからかうような笑みを浮かべてくる。
「困る?困ってる?困るに決まってるよね、やっぱり。安心して、今回のは冗談だから」
「冗談……冗談なんだね。って、今回?」
「そう。もし霞さんと上手くいかずに、本当に別れることになったら、もう一度同じことを言うから。今度は本気でね」
「ええっ?」
「ふふっ、それだと困るでしょ。だからそうならないように、絶対に霞さんを離さないであげてね。でないと今度こそ、容赦しないから」
もうすでに容赦されていないような気がする。この様子じゃ霞さんのことがどう転ぼうとも、僕は一生竹下さんに頭が上がらないんだろうなあ。まあ良いけど、たくさんお世話になっている身だし。
「あとはどうやって霞さんと話をするかかあ。連絡とるのやめようって言われたからなあ」
電話やメールをしても、まともに話してはくれない気がする。
「だったら、ちょっと強引にならなくちゃいけないかもね。期待しているよ、八雲くん」
他人事だと思って無責任な事を言ってくれる。だけど不思議と腹は立たない。
やっぱり、今日竹下さんと会ってよかった。彼女のおかげでモヤモヤとしていた胸の内が、こんなにも晴れやかになっていったのだから。
屈託なく笑う十年来の友達を眺めながら、僕も久しぶりに笑顔になった。
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