霞side
その12センチに追いついて 13
八雲くんと会ったり連絡を取ったりしない。一方的にそう宣言してから、もう半月が過ぎていた。
少し前から電話をする回数も減っていたわけだから(私が避けてしまっていたからだ)今までとそんなに差はないだろうと思っていたけど、それは甘い考えだったと痛感している。
それまではたとえ話をしなくても、どこかで繋がっているような気はしていた。しかし今はそれが無く、まるで心にぽっかりと穴が当たようで。何の感動も喜びも無い、乾いたような毎日を送っていた。
上手くいっていなかった仕事の方は、意外にも順調。
とは言っても、何かを特別よくできたってことは無いんだけど。その代わりミスをすることも無いのだから、順調と言えるだろう。
だけどそこに達成感というものはまるで無く、与えられた業務を淡々とこなしているだけ。それが終わると帰宅して眠るだけの、面白みの無い日々。もしも日記をつけていたのなら、きっと毎日書く事が無くて困っていただろう。
そんな退屈な日々を過ごしていた私だったけど、今は久しぶりに緊張していた。
一人で暮らしているアパートで紅茶を入れながら、この部屋では久しぶりとなる『お客様』に目を向ける。
「紅茶にミルクは入れる?」
「いらないわ。それより霞、喉でも悪いの?何だか声が変だけど」
声がおかしいのは、決して喉のせいではない。変に緊張してしまっていて、裏返っただけだ。 大丈夫だからと返しながら、高校からの親友、さーちゃんこと基山皐月に目を向ける。
一体どうしてこんな事になったのか。
それと言うのもほんの十分前。仕事が終わって、明日から二連休という金曜の夜。特に予定も無くだらだらと過ごすだけだろうなと思いながら帰宅すると、家の扉の前にさーちゃんが立っていたのである。仁王立ちで。
「ゴメンね、突然押しかけちゃって。悪いんだけど、上がらせてもらえるかな?」
そう言ったさーちゃんの声は震えていた。別に何かに怯えているというわけでは無い。
ウチのアパートの玄関は屋外に面しているため、気温の影響をもろに受ける。にも拘らずこんな寒空の下、いつ帰るかもわからない私を待っていたのだ。さーちゃんは冷え性だし、きっと体の奥底から冷え切っている事だろう。
それならなにもあんな場所で待っていなくても良かったのに。せめて電話の一本でもくれれば、近くの喫茶店にでも行って待つこともできたに違いない。
だけどそれをしなかったのは、ひとえに私を捕まえるために他ならないだろう。
電話して会う約束をしようとしても、用事があるなんて言われたら叶わないし。そうなるよりは直接乗り込んで捕まえた方がいいと判断しに違いない。
そうまでして私と会おうとした理由は、何となく想像がつく。
さーちゃんがこんな無茶な行動に出るのは、いつも決まって八雲くん絡みの時の事だ。これがもし旦那さんの基山くんに何かあったのだとしても、ここまで無茶な行動には出ないだろう。基山くんには悪いけど、これが正直な私の意見。
しかしそうなると、何だか嫌な予感が浮かんできた。きっと八雲くんに酷い事を言ってしまった話を聞きつけて、ウチまで乗り込んできたのだろう。
一体何と言われて怒られるのか。不安な気持ちを押さえながら紅茶を淹れ終わると、テーブルについているさーちゃんに差し出した。
「どうぞ」
「ありがとう。冷えていたから助かるわ」
熱々のマグカップに触れて、かじかんだ手を温めている。こんなに寒いのに待っていたんだ。きっとかなり言いたいことが溜まっているに違いない。
ビクビクしながら待っていると、紅茶を一口飲んださーちゃんが聞いてくる。
「ところで最近、八雲と何かあったの?」
ほらきた。さーちゃんは意外にも怒った様子は無く、穏やかな声で問いかけてくる。だけどそれがかえって怖い。
何と答えれば良いか一瞬迷ったけど、元々自分で蒔いた種だ。正直に言ってから、ちゃんと謝ろう。
「八雲くんから、話はどれだけ聞いてるの?」
「何にも。あの子、全然話してくれいないんだもの。そのくせ何かあったってのは丸分かりで。だからちょっと心配になって、八雲がダメなら霞に話を聞こうと思って来てみたんだけど」
そうか、八雲くんはさーちゃんにも話していないのか。だけど何かあったことに気付いたってことは、様子がおかしかったってことだよね。もしかして誰にも相談できずに、一人で抱え込んでしまっているのかも。
「八雲くん、どんな感じなの?やっぱり元気無い?」
「そうね。何をするにも上の空って感じで、見ていて心配になる。今は大学に戻っているけど、ちょっと前に電話した時も元気無さそうだった」
あれから半月が過ぎているのに、どうやらまだ気落ちしているようだ。
最後に見たショックを受けている姿を思い出して、改めて自分のしてしまった事の愚かしさを呪いたくなる。
八雲くんを傷つけて、それでいて自分も後悔していて。本当に一体何をやっているのだろう。
「それで聞きたいんだけど。霞、八雲のことを嫌いになったの?」
「そんなこと――」
無い、と言おうとした。
酷い事を言って傷つけてしまったけど、それでも八雲くんのことを嫌いになったわけじゃないのだ。だけどたまに、このまま一緒にいてもいいのかという、どうにも居たたまれない気持ちに襲われることがあって。断じて嫌いになったわけじゃないけど、ふとした時に辛いと感じてしまうのだ。
だけどこんなこと、何の言い訳にもならない事は分かっている。それなのに嫌いじゃないなんて言っても良いものだろうか?
そんなことを考えながら俯いていると、さーちゃんは察したように質問を変えてくる。
「嫌いってわけじゃ無いみたいね。けどそれじゃあ、いったい何が不満なの?そもそも一体何があったのよ?」
「それは……」
「霞、怒らないから正直に話してみて」
まるで子供に言い聞かせるように、静かだけど真剣な口調で語り掛けてくる。そう言えば高校の時に進路の話で喧嘩した時も、最後はちゃんと言いたい事を全て言い合って納得の行く答えを探したんだっけ。
不意にその時の事を思い出してしまって、泣きたくなる。抱え込んでいるモノの全てぶちまけてしまいたかった。
「自分勝手な話なんだけど、いい?」
恐る恐る顔を上げると、さーちゃんはニッと笑顔を作る。
「いいわよ。話してくれるのなら何でも」
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