その12センチに追いついて 14

 何でも言って良いというさーちゃんに、仕事が上手くいっていなかった事を。そして八雲くんが向けてくるピュアな気持ちがプレッシャーになってしまっていた事を吐露していった。


 口に出してみると私のしたことは本当に勝手だ。一人で重荷に感じて、八つ当たりして。だけどさーちゃんはそんな私の話に口を挟むことなく、静かに聞いてくれた。そして全てを聞き終えた後に、ゆっくりと口を開いた。


「つまり霞は、八雲がだんだん大きくなってきたから、自分じゃ釣り合わないんじゃないかと思ってプレッシャーを感じちゃってるわけね」

「簡単に言えば。だって八雲くん、いつも本当に真っ直ぐで。福祉の道に進みたいって決めてからは勉強を頑張って、難しい資格も取っているでしょ。私なんかとは全然違うよ」

「霞だって頑張って無いわけじゃないでしょ。一流のカメラマンになるって言ってたじゃない」

「けど、結果は出せていないもの」


 それが八雲くんとの大きな違い。私がもたついている間に、八雲くんはどんどん成長していって。

 それに比べて最近の私は、やる気はあっても焦りと不安が常に付きまとっていて。やること全てが思うようにいかない。

 そんな違いを感じてしまう度に、まるで住む世界が違うような気がしてきて。どうして私が八雲くんの隣にいられるんだろう。たまたま早くに会っていたせいで、不釣り合いにも拘らず縛り付けてしまっているのではと感じて。これじゃあいけないって思ってしまうのだ。


 本当は私がもっとしっかりすれば問題無いのだけれど、そう上手くはいかないから。距離を置いて遠ざかるという、我ながら間抜けな行動をとってしまったのだ。


「そっか。それが霞の悩んでいる理由か」

「…怒らないの?勝手に悩んで、八雲くんに酷い事言ったんだよ」

「うーん。確かにそれは良くないけど、だからって私が怒って良い事じゃないでしょ。本人同士の問題なんだもの」


 この反応はちょっと……いや、かなり意外だった。もう二度と八雲くんには近づかないよう言われるかと思っていたのに。怒り狂ったさーちゃんに、メッタメタのギッタギタにされる覚悟までしていた。


「……霞、私を一体何だと思っているの?」

「だって、さーちゃんブラコンだし」

「誰がブラコンよ?」


 えっ、自覚無かったの?高校の頃から弟自慢をしているさーちゃんを見て、みんな言っていたんだけどなあ。


「まあ私の話はいいの。それで、霞はどうしたいの?八雲とはもう、これっきりでいいって思っているの?」

「それは……」


 今のまま八雲くんと付き合っていても、足を引っ張ってしまうイメージしかわかない。八雲くんならそれでも構わないって言いそうだけど、それじゃあ私が納得できない。

 迷惑を掛けちゃいけない。八雲くんの隣にいるには、ちゃんとふさわしい人間でなければいけないのだ。だから…


「このままでいい。私じゃ、今の八雲くんとは釣り合わないもの」


 本心を言うと、やっぱり八雲くんの傍にいたいとは思うけど。でも私は、八雲くんの足を引っ張りたいわけじゃないのだ。だから、このままでいるべきなのだろう。

 もちろんこの前八雲くんを傷つけてしまった事は後悔しているけど。だけど八雲くんならきっと直に気持ちを切り替えられるだろう。だって彼は強いから。私なんか必要としないで、前に進んで行けるに決まっている。

 だけどその話を聞いたさーちゃんは、呆れたようにため息をつく。


「霞ったら、買いかぶりすぎ。あの子はそこまで強いわけじゃないのよ。けど可笑しいわね、八雲も似たような事を言っていたわ」

「えっ、八雲くんが?」


 それってどういう事?疑問に思っているとフッと笑みを浮かべた後、さーちゃんは答えてくれた。


「八雲はいつも言ってたのよ。自分じゃまだ霞には追い付いていないから、もっとしっかりしなくちゃって。今のままじゃ足枷になってしまうってね」

「やっぱり、ずいぶんと高く見られているんだね。実際はウジウジ悩んでいるだけなのに」

「そうね。だけどそれは、八雲だって同じよ。霞、八雲がどれだけ格好悪いか知らないでしょ」


 格好悪いって、八雲くんが?

 イメージの結びつかない言葉に、一瞬耳を疑った。


「あの子、学校での成績は良好で、無事に就職も決まって。順調ではあるんだけど、不安な気持ちを必死に隠しながら、どうにかやっているって感じなの。昔から人に気を使ってばかりだったから、悟られないようにするのは得意なんだけど、私は分かるわよ。本当にいつもいっぱいいっぱいって感じね」


 それはちょっと意外かも。いつも凛とした態度で話しているし、デートの時だって任せて下さいと言わんばかりの様子でリードするような子なのに。


「霞の前だからね。きっと少しでも格好良く見せるため、虚勢を張っているのよ。知ってる?まだ二人が付き合う前の話だけど、もしも霞に彼氏ができたらって話をした事があったの。その時八雲、ショックで手にしていたコップを落としていたわ」

「そんなことがあったの?ちょっと想像できないなあ」

「その時は私も、まさか霞のことが好きだって知らなかったから、どうしちゃったのか分からなくて。割れたコップそっちのけで霞のことばかり聞いてくるんだもの、ビックリししたわよ。どう?格好悪いでしょ」


 それは確かに格好良いとは言い難い。だけどそんな風に慌てふためく八雲くんと言うのも、ちょっぴり見てみたい気がする。


「誰だって好きな人の前では格好つけたがるものよ。霞だってそうでしょ。八雲の前だと少しでもよく見せようとして。それができないから、今は焦っているんだしさ」


 まったくもってその通り。にも拘らず八雲くんはやたら私を美化してくるからプレッシャーを感じてしまったわけだ。

 けど、さーちゃんの言っていることが本当なら八雲君も私と変わりないってことなのかなあ?


「ちょっと待って。好きな人の前では格好つけようとするって言ったけど、さーちゃんはどうなの?基山くんの前で、態度を変えたりしてたっけ」


 少なくとも私の知る限りでは、基山くんがいようと今井とマイペースを貫いていたと思うけど。


「私のことはいいの。これは経験論じゃなくて、本を読んで学んだことだから。著者や本のジャンルに限らず多くの物語でそうだったんだから、間違ってはいないはずよ」


 本の受け売りと聞くとちょっと心配になるけど、だからと言って信憑性が無いわけじゃないから、ここは信じて話を進めるとしよう。


「とにかく八雲は霞が思っているほど遠くになんていないから。そりゃ可愛くてしっかりしていてとっても頼りになる弟だけど、それでも釣り合わないなんて考えすぎよ」


 さらっと褒めるところが実にさーちゃんらしい。これでブラコンという自覚が無いというのは不思議だけど。


「八雲のことが好きじゃなくなったのなら仕方が無いけど、釣り合わないから距離を置こうって言うのなら納得がいかないわ。もっと八雲の事見て、その上でどうしたいかをちゃんと考えてあげて」

 

 心配そうなさーちゃんの言葉が胸に刺さる。

 迷惑を掛けたくない、格好悪いところを見せて幻滅させたくないと思って空回りばかりしてきたけど、私はいつも自分のことばかり八雲くんのことをちゃんと見れてみいなかったのかと思うと、ちょっとショックだ。


「因みに、これは八雲の姉としてじゃなく、霞の友達としての意見だから。よく考えて、やっぱりダメってなっても怒ったりしないから、安心するように」


 さーちゃんは言いたい事を全て言い終えたのか満足そうに微笑むと、残っていた紅茶を飲みほした。


「さて、それじゃあそろそろお暇するわ」

「えっ、もう帰っちゃうの?」


 と言ってももう夜遅いけど。だけどこれから帰宅するとなると、帰りつくのはいったいいつになるのやら。


「今から帰って大丈夫なの?」

「そうねえ。列車の数も少なくなっているだろうし。安いホテルでも探して、帰るのは明日にした方が賢明かな?」


 どうやら帰りのことは何も考えていなかったらしい。遠いのにわざわざ心配して来てくれたのをありがたく思うと同時に、この行き当たりばったり感はつい可笑しく思ってまう。


「だったらもう今日はうちに泊まりなよ。その方がゆっくり休めるでしょ。さーちゃんも、明日は仕事お休みなんだよね?」

「まあね。けど私としては助かるけど、良いの?」

「もちろん構わないよ」


 と言うか、むしろ泊っていってもらって、もっと色んな話をしたかった。何せ久しぶりに会ったのだから、これでサヨナラだなんて勿体無いじゃない。


「それじゃあ、一晩お世話になろうかな。そうだ、それなら太陽にも連絡しとかなきゃ」


 そう言ってスマホを取り出し、家へと掛けている。

 その姿を見ながら、またも高校時代のことを思い出した。確か八雲くんと付き合い始めたその日、さーちゃんの家に泊まって一晩中八雲くんのことを語り明かしたんだっけ。

 今回はさーちゃんの方が泊まる側だけど。当時の出来事が鮮明に浮かんできて、思わず笑みが零れた。


「何笑ってるのよ?」


 電話を終えたさーちゃんが不思議そうな顔をしたけど、私は何でも無いと返す。


「気にしないで。ちょっと嬉しかっただけだから」


 やはり訳が分からないといった様子で首をかしげていたけど、実はと言うとなぜ嬉しいと思ったのかは、私にも分からない。

 ただ昔と同じように、ちょっとしたことで笑い合える友達が近くにいる。ただそれだけのことが、どうしてかとても温かく思えるのだった。

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