その12センチを埋めたくて 7

 家に帰った僕は、今日学校であった事を姉さんに話した。姉さんも竹下さんの事はよく知っていて可愛がっているから、興味深げに話を聞いてくれた。


「へえー。それじゃあ恋ちゃんと霞のところの犬…ハチミツだっけ。それを見せてもらうんだ」

「まだ霞さんには話してもいないけどね。急にこんな事を言ったら迷惑かもしれないけど」

「そうかな?霞だったら喜んで承諾してくれそうな気もするけど。でも、そっかあ。私も行きたいなあ」

「姉さんの都合も合えばいいんだけどね。という訳で、ちょっと電話してみる」


 そう言ってケータイを取り出して、アドレス帳を開く。

 霞さんに電話をするのは初めてだ。通話ボタンを押すと呼び出しコールが鳴り、しばらくすると男の人の声が聞こえてきた。


『はい、田代です』


 おそらく霞さんのお父さんだろう。失礼の無いようにまずは自己紹介をしないと。


「水城八雲といいます。霞さんの同級生の水城皐月の弟です。すみません、霞さんはいらっしゃいますか?」

『霞か。ちょっと待っててくれるかな』


 そう言った後声が聞こえなくなり、代わりに保留音が聞こえてくる。それにしても、家に電話するのは初めてだからだろうか。何だかやけに緊張してしまう。

 霞さんが出たらなんて言って話を切り出そう。そう考えていると、電話越しに聞き慣れた声が聞こえてきた。


『もしもし、八雲くん?』

「どうもこんにちは。急に電話してすみません。ちょっとお願いがあるのですが…」

『お願い?いいよ、何でも言って』

「ありがとうございます。実は……」


 一連の出来事を霞さんにも話す。餌やり当番で一緒になった友達が動物に懐かれない事。その子を元気づけてあげたい事を簡単に説明していく。すると話を聞き終えた霞さんは納得したように答えてくれる。


『それじゃあ、その子とハチミツを合わせてあげればいいんだね。良いよ』

「本当ですか!」

『うん。それで、いつが良いかな?明日…はちょっと難しいんだけど、火曜日とかどうかな?』

「僕は大丈夫です。友達には後で聞いてみます」

「私はその日バイトがあるわ」


 姉さんがそんな事を言ってきたけど、僕は気にせず話を続ける。


「でも頼んでおいてこう言うのも変ですけど、迷惑じゃないですか?」


 少し前にハチミツとは遊ばせてもらったばかりなのに。こんなに頻繁にお願いをして大丈夫だろうか。だけど霞さんは優しく返してくる。


『気にしないで。ハチミツも八雲くんには懐いてるし。その友達のこともきっと気に入ってくれるよ』

「私は会いにも行けないけどね」


 怨めしそうにこっちを見る姉さん。もちろん気にせず話を続ける。


「良かった。きっと竹下さんも喜んでくれますよ」

『うんうん……ねえ、その子ってもしかして女の子?』

「はい、そうですけど」


 そう返事をした途端、何だか空気が変わった。電話越しでも分かるくらい、霞さんの中で何かのスイッチが入ったのが分かる。


『その子、彼女?』

「えっ?違いますよ!」


 慌てて答えたけど、霞さんの楽しそうな声が聞こえてくる。


『照れなくても良いのに』

「だから本当に違いますって。友達です!クラスメイトです!」


 今のうちに誤解を解いておかないと。もし会った時に霞さんが今の調子であれこれ言いだしたら、竹下さんが不機嫌になりかねない。


『それじゃあもしかして、八雲くんの片思い?だったらこれをきっかけにもっと仲良くなれると良いね。応援してるよ』

「それも違います!たしかに仲は良い方だとは思いますけど、全然そんなんじゃないですから」


 女の子は恋バナが好きだという事は知っている。自分の恋愛には全く興味のない姉さんだって、人の恋バナはそれなりに好きだ。そしてどうやら霞さんも例にもれず、恋バナは大好物のようだった。


「本当に竹下さんとはただの友達ですから。僕が好きってわけでも、竹下さんの方が僕を好きって訳でも無いですから。そこのところよろしくお願いします」

『わかった。わかったから。当日は任せてよ』


 任せてって何を⁉

 そこはかとない不安が僕を襲う。霞さん、本当に分かってくれたのだろうか。とっても不安だ。


「私もハチミツと戯れる八雲を見たい。写真見せてもらったけど、実物をこの目で見たい。霞とも遊びたいし、恋ちゃんともまた会いたい」

「姉さんは黙ってて。今大事な話をしてるんだから」


 いつもはこんな風に駄々をこねたりはしない姉さんだけど、今日はやけに食い下がる。おそらく僕たちが遊んでいるのに、自分だけ仲間外れにされたみたいで寂しいのだろう。

 普段からバイトばかりしてくれてとても感謝しているから可哀想だとは思うけど、ここで姉さんまで加わってしまってはそれこそ収拾がつかなくなってしまいそうだ。


「今度埋め合わせは必ずするから、今は霞さんと話をさせて」


 こうして色々ありながらも、とりあえず火曜日の放課後に会える約束を取り付け、僕と竹下さんは何でもない事も一応は納得してもらえた。

 姉さんはまだ不機嫌だし、霞さんは最後まであのテンションのままだったけど。

 はたして無事に事が進むだろうか。ちょっぴり不安の残る結果となってしまった。

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