その12センチを追いかけて 11
姉さんはお茶を三杯もガバ飲みして、ようやく話が出来る程度には落ち着きを取り戻してきた。そんな姉さんを見ながら、霞さんと基山さんはそっと囁き合っている。
「驚いたよ。まさかさーちゃんがこんなにも取り乱すだなんて」
「そうかなあ、僕はこうなるような気がしていたけど」
「さすが彼氏、さーちゃんのことよく分かっているね」
二人ともついさっきまで姉さんを宥めていたから、相当疲れている様子。任せっきりにしてしまってすみませんでした。
姉さんと向かい合う形でテーブルをはさんで、僕と霞さんと基山さんが座る。そして姉さんは、意を決したような眼差しで尋ねてくる。
「…それで、いったいどこまで本当なのよ?」
最初に聞いてきたのはそんな事だった。ああ、また一から説明しなきゃいけないのか。
「だから全部本当。僕が霞さんのことが好きだって事も、付き合い始めたって言う事もね」
「―――ッ!嘘じゃないのね。それならどうしてそうなったのか、詳しくきかせてもらうから」
「いや、それよりもまずは姉さんの進路の話を…」
「そんなモノはどうでもいい!」
どうでもいいって、そんな投げやりな。しかし呆れる僕の肩を、基山さんがポンと叩く。
「まずは二人のことをちゃんと話してあげよう。でないと水城さん、気になって進路どころじゃないよ」
「基山さんがそう言うのなら」
僕は諦めて折れることにする。まあこれ以上報告することなんてないんだけどね。
「ねえ、姉さんは、僕と霞さんが付き合うことに反対なの?」
「いや、別に反対しているわけじゃないんだけどね…」
その言葉にちょっとホッとする。しかし、どうにも歯切れが悪い言い方だ。
「そりゃあ八雲ももう中学生だし、いつかは彼女が出来るんだろうなって思ってはいたよ。もしそうなった時は、素直に応援しようとも思ってた。弟の恋愛に口出しするような意地悪な姉にはなりたくなかったし。ただね…」
元気のない様子で霞さんに視線を向ける。決して怒っているようには見えないけど、何とも複雑そうな目をしながら。
「その相手が霞だっていうのが予想外すぎて。そりゃあ霞なら間違いなく安心なんだけど、意外すぎて理解が追い付かないと言うか。そもそも…」
「そもそも?」
「霞は八雲で良いわけ?モテるんだから、学校で仲の良い男子の方が良いとか思わないの?そりゃあ八雲は優しいし気がきくし頼りになるけど、歳の差もあるしねえ。告白されたのが一昨年なら、その時八雲はまだ十歳だったんでしょ。まさか霞、ショタコンだったの?」
「違うから!断じてショタコンじゃないから!」
慌てて否定する霞さん。僕は霞さんがモテると言う事の方が気になってしまったけど。もしかしたら僕の知らない所で、誰かから告白でもされているんじゃないかと心配してしまう。
しかしそんな不安は、次の一言でかき消された。
「私は小さい子が好きなんじゃなくて、八雲くんだから好きなの!」
このあまりに直球の物言いに、一瞬で思考が止まってしまった。しかし霞さんの方は止まらなかった。
「だって八雲君は優しくて純粋で、私のことを誰よりも真っ直ぐに好きだって言ってくれるし。たまに五歳も年下とは思えないような大人びた一面を見せることもあってそれにドキッとするし、さーちゃんの為に頑張ろうとする健気な所とか、友達思いな所とか動物好きな所とかも全部、凄く凄く大好きだよ!」
霞さんは興奮気味にまくし立てる。けど、これはちょっと熱が入り過ぎだ。聞いているこっちが恥ずかしくなってしまう。一旦止めないと。
「霞、ちょっといい」
僕が止める前に姉さんが霞さんの口を塞ぐ。良かった、暴走を静めてくれるんだね。
「可愛い所と、いざって時は頼りになる所が抜けているわ。そこは好きじゃないの?」
「もちろん好き!」
違った。どうやら姉さんに止める気なんて無かったようだ。それどころか一緒になって暴走してしまいそうな勢いだ。
「私がバイトで帰りが遅くなると、必ず夕飯を用意して待っていてくれるし。最近ますます料理の腕を上げたけど、慢心しない謙虚な所も可愛い!」
「うんうん!二人でハチミツの散歩に行く時とか車道側を歩いてくれたり、気落ちしている時にそっと話を聞いてくれるような紳士的な一面もある!」
「あとそれから……」
二人の勢いは止まらない。僕は祈るような気持ちで基山さんに目を向けたけど、静かに首を横に振られた。
「諦めよう。こうなったらきっと、しばらくは止められないよ」
確かに何を言っても聞いてくれそうにない。
だけどこうして誉めちぎられるのは恥ずかしいけど、同時に嬉しくもあった。霞さんは僕のことをどう思っているかなんて今まで聞いたこと無かったし。
その後も姉さんと霞さんは僕の話題で盛り上がり続ける。そろそろお茶も冷めてきたから淹れ直そうかとした時。
「霞、今夜はうちに泊まるって言ってたわよね。夜通し語るわよ!」
「了解!まだまだ喋り足りないもの」
ちょっと待った!盛り上がっているところ悪いけど、二人とも大事なことを忘れてない?
「姉さん、霞さん。そろそろ本題に移りたいんだけど」
「「本題って?」」
「姉さんの進路のこと!」
揃って首を傾げる二人に言ってやった。すると二人とも思いだしたように「ああ」と声を漏らす。もしかして、本当に忘れていたの?
「そう言えばそんな話してたっけ。それって、どうしても今しなきゃダメ?」
「ダメ!そうやって先送りにして、後で苦しい思いをするのは姉さんなんだよ。霞さんも何一緒になって忘れているんですか」
「ごめん、話すのに夢中になっていたらつい」
申し訳なさそうに頭を下げる霞さん。まあこの様子だと目的の一つであった、姉さんと霞さんを仲直りさせるは達成したみたいだから良いんだけど。
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