その12センチを埋めたくて 6
日曜日の朝、僕は休日にも拘らず小学校にやって来ていた。理由は学校で買っているウサギやニワトリの餌やりの為。僕のクラスでは毎週当番になった生徒が、動物達の世話をすることになっていた。
日曜にわざわざ学校に来なきゃいけないのは面倒だからと嫌がる人もいるけど、僕は別にそうは思わない。むしろ動物と触れられる事を嬉しく思う。
飼育小屋に入って簡単な掃除をした後、用意した野菜を袋から取り出し、まずはウサギに食べさせてみる。
「おいで、ゴハンだよ」
するとウサギはすぐにそばまでやって来て、細かく刻まれたニンジンを僕の手から直接食べる。
細長くスライスされたニンジンがまるで吸い込まれるようにウサギの口の中に消えて行く。 夢中食べるその姿はとても可愛らしく、白くモコモコとした体を撫でていると、同じく餌やり当番であるクラスメイトの女の子、竹下恋さんが取り換えた水を持って飼育小屋に入ってきた。
「どう?ゴハンちゃんと食べてる?」
興味深げに様子を窺う竹下さん。
ヨーロッパ系のハーフで綺麗な金色の髪をした彼女は、引っ込み思案で男子に虐められていたこともあったけど、本当はとっても良い子で。女子の中では一番仲の良い友達だ。
その竹下さん。何やらニンジンを頬張るウサギを眺めながら目を輝かせているけど、もしかして自分もゴハンをあげたいのかも。
「今度は竹下さんがあげてみて。ニワトリにはまだあげてないから」
「えっ、でも…」
「きっと竹下さんがあげた方がニワトリも喜ぶよ」
「それは無いと思うけど…やってみる」
そう言って竹下さんは、レタスの切れ端を手に取る。だけど、この時僕は分かっていなかった。どうして彼女が『そんなこと無いと思う』なんて言ったのかを。
竹下さんは恐る恐るといった様子でニワトリに手を近づける。が……
「コケ―――――ッ!」
さっきまで大人しかったニワトリは竹下さんが近づくや否や、バサバサと翼をバタつかせて威嚇し始めた。これに驚いた竹下さんは思わず手を引っ込める。
「大丈夫?」
「うん…ゴメンね、私がダメなばっかりに、満足にゴハンも食べさせてあげられなくて」
その言い方だと何だか別の意味に聞こえる。竹下さんはしょんぼりとした様子で、尚も警戒を解こうとしないニワトリを見つめる。
「私、昔から動物には好かれないの。どういう訳かみんな怖がって逃げちゃうか、こんな風に警戒されちゃう。動物の面倒見るの、向いてないのかなあ」
「そんなことないよ。あの子はたまたま機嫌がよくなかっただけだから。ほら、こっちのウサギならきっと食べてくれるよ」
ウサギを両手で抱え、竹下さんの所へ連れて行く。この子のご飯はさっきあげたけど、レタスの一切れくらいなら食べさせてもいいよね。そうしないと竹下さんが落ち込んだままだ。
大丈夫。この子は食欲旺盛で、僕のことも全然怖がっていなかったんだ。竹下さんの事も怖がったりはしないはずだ。そう思っていたのだけど。
「ゴハンだよー……あっ」
レタスを持つ手が止まった。
竹下さんが近づいた途端、ウサギは急に僕の手の中で暴れ出したのである。
「こら、大人しくする。大丈夫、この子は君を虐めたりしないよ。怖くない、ちっとも怖くないからね」
そう言ってしまった後、慌てて口を閉じる。
何を言っているんだ僕は。こんな言い方だと、かえって竹下さんが怖いと言っているようなものじゃないか。
恐る恐る様子を窺うと、案の定ショックを受けたようで、ガックリと肩を落としている。
「ご、ごめん」
「ううん。八雲くんは悪くないよ。悪いのは怖がらせちゃう私の方だから」
とても悲しそうな様子の竹下さん。
どうしよう、僕が余計なことを言ったせいだ。もしこの場に姉さんがいようものなら、『なに女の子を傷つけてるの!』と怒られてしまうだろう。
このままではいけない。抱えていたウサギを地面に下ろし、竹下さんの方へと歩み寄る。
「ウサギはきっと、もうお腹いっぱいだったんだよ。だからゴハンをあげようとしたのを見て慌てたんじゃないかな」
「いいよ、気を使わなくても。今までの餌やり当番の時だって、一度だって私からは食べてくれなかったし。どんなにお腹が空いててもだよ。クラスの皆が抱っこしたこともあったけど、私の時だけ凄く暴れて触れもしなかったし」
それはまた、ずいぶんと筋金入りの避けられようだ。これだとどうフォローしていいか分からない。
動物が好きなのに嫌われてしまうというのも悲しい話だ。このウサギとニワトリはもう諦めるしかないのかもしれない。せめて竹下さんに懐いてくれる動物でもいれば元気づけられるだろうけど……
「そうだ!」
ふと、アイディアが浮かんだ。急に大きな声を出したものだから、竹下さんはビックリしたようにこっちを見ている。僕はそんな竹下さんに顔を近づけ、思ったことを口にする。
「僕の姉さんは知っているよね。その姉さんの友達に犬を飼っている人がいるんだけど、こんど竹下さんもその犬を見に行かない?」
「え、犬を?」
思わぬ提案に目を丸くしている。けど、きっとハチミツなら竹下さんの事も怖がったりしないだろう。もちろん霞さんに相談しなくちゃいけないけど、たぶん大丈夫だろう。
「でも、良いのかなあ?私が行ってその子を怖がらせちゃったりしたら」
「そんなこと言っちゃダメだよ」
竹下さんの手を取り、じっと彼女を見つめる。
「竹下さんは怖がられるような事は何もしてないんだから。けどそんな風に思ってたら、相手に不安な気持ちが伝わっちゃって本当に怖がらせちゃうよ。竹下さんならきっと大丈夫、僕が保障するよ」
「え、えっと…」
どう答えて良いか迷っているようだ。何だか握っている竹下さんの手が、だんだんと熱くなっていってるような気がする。
「その犬はとっても良い子だから、懐いてくれるって。僕の保障じゃ心配なのは分かるけど」
「そんなこと無いよ!」
さっきまでとは打って変わって、強い口調で返事が返ってくる。
「八雲くんがそう言ってくれるなら。私やってみる。お願い、その子に合わせて」
良かった、竹下さんがやる気になってくれた。そうと決まれば帰ったら霞さんに電話して聞いて見なきゃね。
その後僕等はニワトリにもちゃんとゴハンをあげ、当番の仕事は何とか無事終了した。あとはちょっとした片付けだけだ。
「箒と塵取りはどこに置いたっけ?」
「あ、あそこ」
見ると小屋の隅に箒と塵取りが置かれている。
だけど問題が一つ。塵取りの上に、ニワトリが我が物顔で座っているのだ。
「ちょっと取り難いなあ」
「大丈夫、任せて」
そう言って竹下さんはニワトリに近づいて行く。すると。
「コケ――――ッ!」
ニワトリは一目散に逃げて行ってしまった。どいてくれたことで竹下さんは難なく箒と塵取りを回収することができた。
「こういう時は……結構便利なんだよ」
その時の表情はとても悲しそうで。見ていられなくなった僕は、そんな彼女の頭にそっと手を置いた。
「えっ?」
「ありがとう。おかげで助かったよ。けど、あんまり落ち込まないで。これから仲良くなっていけばいいんだから」
そう慰めながらゆっくりと頭を撫でる。竹下さんは俯いて目を合わせようとしてくれないけど、もしかして励ますの失敗したかなあ?
いや、もしかして頭を撫でたのがいけなかったかなあ。もし気を悪くしたのなら申し訳ない。
「ごめん、嫌だった?」
手を引っ込めると、竹下さんは慌てたように顔をあげる。
「ううん、とても嬉しかった」
「本当?良かった、嫌な想いさせたかと思って焦ったよ」
ホッとしたら思わず笑みが零れた。これで嫌われでもしたら一大事だ。
一連のやり取りの後、僕は竹下さんの持っている箒と塵取りを手に取った。
「片付けは私がやるよ。何もできなかったし」
「何を言ってるの?ちゃんと水の取り換えをやってくれたじゃない。これは僕がやるよ」
野菜の入っていた袋も手に取る。この前商店街で霞さんと会った時は荷物を持ってもらったけど、やっぱり女の子に荷物持ちをさせるのは気が引けるし、これで良いんだ。
「それじゃあ、帰ろうか」
「うん…ありがとう」
どうやら竹下さんも納得してくれたようだ。外に出た僕等は施錠を確認して、飼育小屋を後にした。
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