その12センチを追いかけて 14

 季節は過ぎ去り、三月。

 この日僕は通い始めて一年になる中学校ではなく、姉さんたちの通う高校に足を踏み入れていた。その理由は姉さんたちの晴れの舞台、卒業式があるためだ。


 今日が土曜日でよかった。中学校は休みなので、堂々と来ることができる。

 僕は卒業生の保護者でなく弟だから、浮いてしまう気がして式そのものは見なかったけど、それでも祝福の言葉はかけたくて。こうしてやって来たのだった。

 校舎の外では卒業生の方々がそれぞれに集まっていて、最後の時間を過ごしている。


「八雲くんあそこ。基山さんがいるよ」


 隣を歩く竹下さんが声を上げる。竹下さんも僕と同じように、お世話になった姉さんたちに挨拶がしたいと言って訪れていたのだ。

 彼女の指さす先には、男子生徒の輪に交ざって笑っている基山さんの姿がある。すると向こうもこっちに気付いたようで、笑顔を向けてくる。


「基山さん、卒業おめでとうございます」

「ありがとう八雲、竹下さん。何だかあっという間だったけど、とても楽しかったよ」

「基山さんの場合、皐月さんがいたっていうのも大きいんじゃないですか?」


 竹下さんの言葉に、基山さんは照れたように笑う。


「そうだね。水城さんのおかげで、充実した高校生活だったよ。ところでその水城さんだけど、さっき下駄箱のところで話をしているのを見たよ。二人とも、これから会いに行くんだよね」

「はい、下駄箱ですね」

「場所は分かる?」

「だいたいは。ちょっと行ってきます」


 そう言って僕と竹下さんはその場を後にし、下駄箱へと向かう。

 幸い女子同士で話をしている姉さんはすぐに見つけることがでた。話をしている中に霞さんの姿は無かったのが少し気になったけど、とりあえず声をかける。


「姉さん、卒業おめでとう」

「八雲、それに恋ちゃんまで。二人とも来てくれたんだ」

「はい。皐月さん、卒業おめでとうございます。大学に行っても、頑張って下さいね」


 竹下さんがぺこりと頭を下げ、それを見た姉さんは笑顔を作る。


「もちろんよ。せっかく奨学金を受けられるようになったんだから、無駄にしないようにしなくちゃ」


 笑みを浮かべながらそっと竹下さんの頭を撫でる姉さん。

 そうなのである。姉さんは悩みに悩んだ末、大学に進学する道を選んだのだ。

 頑張って説得した甲斐があった。元々もっと勉強したいという気持ちはあった姉さんは資料を集め、通学時間や学習内容、就職率など細かな所まで考え、自分の進路を決定した。

 一番の問題点であった学費には最後まで頭を悩ませていたけど、奨学金を受けられるなら頑張ってみると、決心してくれたのだ。


『八雲には苦労を掛ける事になるかもしれないけど、ごめんね』


 そう謝られたけど、僕はまったく気にしていない。むしろ素直に自分のやりたい事をやってくれるということが嬉しかった。

 これも霞さんが熱心に説得してくれたおかげだ。そんな事を考えていると。


「ねえ、この子ってもしかして、皐月の弟?」


 さっきまで姉さんと話をしていた女子達が、興味を持ったように僕を見てくる。


「弟の八雲よ」

「はじめまして。姉さんがいつもお世話になっています」

「ああ、やっぱり。皐月がいつも話している弟君ね。写真では見た事あったけど、実物は初めて見たよ」


 いつも話しているって、姉さんはそんなに僕の話ばかりしているのだろうか?想像すると何だか怖いから、考えないでおこう。


「中学生だっけ。これなら皐月が可愛がるのも分かるわ」

「素直で真面目そうだからねえ」

「よっ、このブラコン」


 僕と姉さんはすっかり注目の的になってしまった。すると話をしていた中の一人が、今度は竹下さんに目を向ける。


「それじゃあこっちは、弟君の彼女?」

「え?いえ、私は…」


 慌てたように声を出す。だけどその場にいた一人が、思い出したように言った。


「違うでしょ。だって皐月の弟ってことは」

「…ああ」


 全員が納得したような顔をする。そして心無しか目が笑っているような気も。どういうことか分からずに首をかしげていると。


「ごめん、遅くなって。先生と話していたらつい……って、八雲くん⁉」


 そんな聞き覚えのある声が聞こえてきた。そちらを振り返ると、そこにはやはり霞さんの姿があった。


「霞、遅いよー。彼氏が待ちくたびれてるよー」


 誰かがそう声を上げる。ちょっと待って、もしかして皆僕と霞さんのことを知っているの?

 その疑問に答えるかのように、皆はごぞって霞さんを茶化し始めた。


「最初中学生と付き合ってるって聞いた時は驚いたけど、これなら霞が惚れるのも分かるわ」

「可愛いし、優しそうだからね」

「よっ、このショタコン」


 皆好き勝手言ってくれている。当の霞さんはというと恥ずかしそうにしながら、返事をすることができないみたいだ。

 何だか困っているようだし、ここは僕が何とかするべきだろう。


「霞さん、こっちへ」

「えっ?」


 驚く霞さんの手をとり、僕は駆け出す。


「ちょっとー、もっと話聞かせてよー」


 不満げに声を上げているのが気になったけど、ごめんなさい。すると姉さんと竹下さんが彼女達の前に立ち、行く手を阻む。


「ほらほら、二人の也染だったら私がたっぷり話してあげるから。今は、ね」

「高校最後の時間なんですから、二人きりにさせてあげて下さい」


 そんな声が聞こえてくる。ありがとう二人とも。


「霞さん、どこかゆっくり話せる場所は有りませんか?」

「ええと、中庭にはあまり人がいなかったと思うけど」

「ならそこに行きましょう」


 ちょっと強引だとはおもうけど、これで助けることはできたのかな?何だか後ろから黄色い歓声が聞こえてくるけどそれに構うこと無く、僕等は駈けていくのだった。

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