霞side

その12センチを追いかけて 6

 その日の高校の昼休み。私はいつものようにさーちゃんと一緒にお昼をとっていた。


「それじゃあ今日のお弁当は、八雲くんが作ってくれたんだ」

「そうなの。昨日はバイトが休みだったから疲れてなかったし、私が作るつもりだったんだけど。八雲ったら足を怪我しているんだからとことん休めって言って聞かないんだもの」

「八雲くんらしいね。けど、そう言いつつさーちゃんも本当は嬉しいんでしょう」


 八雲くんが作ってくれたというお弁当に目をやると、一口大のメンチカツやポテトサラダが詰められていて、とても凝った内容になっている。朝から作ったのだとしたら大したものだ。


「まあね。けどちょっとだけ心配。家事を優先するあまり本分の勉強や、自分のための時間を犠牲にしちゃうんじゃないかってね」


 複雑そうにため息をつきながら、ポテトサラダに箸を伸ばしている。

 だけど、気づいているのかな?その言葉がそっくりそのまま、さーちゃん自身に返ってきているという事に。

「私が仕事はじめてもっと稼げるようになったら、八雲もバイトするなんて言わなくてすむんだけどねえ」

 そうかなあ八雲くんのことだから、やっぱりバイトして少しでも姉さんの負担を減らすなんて言いそうな気がするけど。

 そして気になるのはさっきのさーちゃんの発言。どうやら八雲くんの言っていた通り、進学でなく就職を希望する理由はそこにありそうだ。

 おそらく早く働かなくてはという想いが先行して、それ以外の選択肢なんてろくに考えてもいないのだろう。だけど、当の八雲くんはそんなことは望んでいない。


「その事だけどさーちゃん。進学はやっぱり考えないの?さーちゃん成績良いんだから、興味があることがあるならそっちを考えてみるのも良いかもよ」

「無理無理。学費もかかるし、視野に入れていないわ」

「けど、少しは考えてみても良いんじゃない?学費のだってやり様がないわけじゃないんだし、検討してみるくらいは。後でああしておけば良かったって言っても遅いんだよ」

「そうかも知れないけど……霞、何だかやけにこだわるわね」

「えっ?そんなこと無いよ」


 そう答えたものの、さーちゃんは何だか疑わしそうな目で私を見る。


「もしかして昨日あの後、八雲から何か言われた?私に進学を進めてほしいとか」


 まさにその通り。どうやらさーちゃんは八雲くんの事となると勘が鋭くなるらしい。

 図星を突かれて何も答えずにいるとそれを肯定と受け取ったのか、さーちゃんは納得したようにため息をつく。


「気にしなくて良いって言ってるのに。八雲ったら霞まで巻き込んで。帰ったらちゃんと叱っておかなきゃ」

「そうじゃないよ。八雲くんが気にしていたのは本当だけど、これは私が言いたかったから言ってるだけ」

「何よそれ。そんなの霞が気にする事じゃないでしょ」

「そうかも知れないけど。さーちゃん、自分じゃ気付いてないかもしれないけど、やっぱり無理してるように見えるもの。そんな姿を見せられたら心配もするし、八雲くんだって気にするよ」

「霞も八雲も気にしすぎ!」


 苛立っているのか、さーちゃんの口調がだんだんと強くなっていく。私もお節介だという自覚はあるけど、話してみるって八雲くんとも約束しているし、ここは意地でも引くわけにはいかない。


「それじゃあせめて、八雲くんと二人で話し合ってみたら。さーちゃんは八雲くんに負担を掛けないようにって思っているだろうけど、八雲くんだって同じことを考えているんだから。一人で決めちゃうんじゃなくて、少しは八雲くんの気持ちも考えてあげて」

「―――ッ!」


 瞬間、さーちゃんの表情が崩れた。

 いけない、冷静になって話を進めなきゃいけないのに、私もつい熱くなって無神経な言い方をしてしまった。

 さーちゃんは悔しそうに奥歯を噛み締めた後、睨むように私を見る。


「―――五月蠅いわね」

「えっ?」


 これまで聞いた事の無いような冷たい声に、思わず身を竦める。いや、男子を罵倒する時などにこんな感じの声を出す事はあったけど、それが自分に向かって放たれたことは無かった。


「どうでもいいでしょ、もう決めた事なんだから」

「いや、だからそれは…」

「五月蠅いって言ってるでしょ!」


 我を忘れたかのように声を上げ、教室にいる全員が思わずさーちゃんを見る。だけど本人はその事を気にする余裕もないようだ。


「分かったような事を言わないで!八雲の事は私が一番よく知っているんだから!だいたい、霞には何の関係も無いでしょ!」


 そう叫んだ後、さーちゃんはしまったと言わんばかりに口に手を当てる。だけどすぐにまたさっきまでの怒った表情…いや、少し悲しげな表情を私に向ける。

 さーちゃんは黙ったまま、それ以上何も言ってこなかったけど、私も何と言えばいいか分からなくて。気まずい沈黙が続いて行く。


 私達はすっかり教室中の注目の的になっていて、事情を知らない人達も何かあったという事は分かったようで。重苦しい空気が教室内に漂っている。

 そして沈黙が続く中、動いたのはさーちゃんの方だった。


「…トイレ行ってくる」


 冷たい声でそう言ったと思ったらおもむろに立ち上がり、お弁当を片付けもしないでそのまま教室から出て行ってしまった。

 急いで追いかけようか。そう思ったけど、追いついたところでかける言葉も分からないし。

 そうして動けずにいると、様子を見ていたクラスの女子達が心配そうに声を掛けてくる。


「田代さん、大丈夫?」

「水城さんと何かあったの?」


 そうやって心配してくれるのは有り難いけど、事情を説明するのは躊躇われた。結局私は何でもないと答えて、無理やり納得してもらう。


「だったら良いけど、仲直りするなら早い方が良いよ」


 心配してくれた女子の一人がそう言ってくれた。

 私もそう思う。さっきのはさーちゃんの気持ちを考えずに、無神経な言い方をして傷つけてしまったのではないかと反省している。だけどそれでも私は、意見そのものを曲げるつもりは無い。


(もう一度ちゃんと話をしなくちゃ)


 その結果例え友達をなくすことになったとしても、言わなくちゃいけないことがある。

 さーちゃんが出て行った扉の方を見ながら、放課後にでもまた声をかけてみようと思うのだった。

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