その12センチを追いかけて 7
さーちゃんと初めて喧嘩をした。だけどもう一度ちゃんと話をしようと決め、チャンスをうかがっていた私だったけど。
(全然話せない)
喧嘩をしたあの日からもう三日目。あれ以来私は、さーちゃんとろくに話せていなかったのである。
もちろん話しかけようとはしたよ。放課後に声を掛けたり、朝おはようって挨拶をしたりもした。
だけど放課後はバイトがあると言って話をする間もなく帰ってしまい、挨拶には返事はしてくれたものの、間髪入れずにどこかへ行ってしまったりして。私は明らかに避けられていた。
様子がおかしい事に気付いた基山くんが大丈夫かと聞いてきたけど、心配をかけたくなかったから平気だと答えておいた。ただし喧嘩をしたことでさーちゃんが一人でいることが多くなってしまっていたから、なるべくさーちゃんに構ってほしいともお願いした。
『事情は分からないけど、水城さんの為ならそうする。けど、田代さんも本当に困った事があったら遠慮なく言ってね。僕じゃ頼りないだろうけど、やっぱり力になりたいから』
そんなことを言われてしまった。ありがとう基山くん。本当に力が必要な時は、その時はちゃんと相談するから。
しかしそうは言ったものの、結局この日も捕まえる事は叶わず。そのまま放課後となってしまい、さーちゃんはいつものようにさっさとバイトに行ってしまった。
(今日も話せなかったなあ)
とぼとぼとした足で家路につく。今のままでは説得するどころか、目を合わせてももらえない。もしかしたら喧嘩したまま卒業してしまうんじゃないか。そんな不安もよぎってくる。
まだ春なのだから大袈裟かもしれないけど、入学以来ずっと仲の良かったさーちゃんが目を合わせてもくれないのだ。これだけ長い間口を聞かなかったことも無かったし、やっぱり不安になってしまう。
(何をやっているんだろう)
八雲くんに任せてって言ったのにこの体たらく。彼をガッカリさせないためにも、何か早急に手を打たないと。
だけどいくら焦っても良い案なんてそうそう浮かぶはずもなく。失意の下、私はわが家へと帰宅する。
「ただいま」
元気のない声を出しながら玄関の戸を潜ると、出迎えてくれていたハチミツがすり寄ってくる。そう言えば、今日はハチミツの散歩当番の日だったっけ。
「ごめんねハチミツ。着替えてくるから、ちょっとだけ待ってて」
ハチミツを玄関に残し、自室へと向かおうとする。
するとその途中、私が帰っていた音に気だいたお母さんが、リビングから顔を覗かせる。
「ああ、帰ってたの」
「お母さんただいま。着替えたらすぐ、ハチミツを連れて散歩に出かけるから
「それは良いんだけどさ、さっきアンタ宛に電話があったよ」
私に電話?いったい誰からだろか。
「学校の友達からかな?」
「違うよ。ほらあの、皐月ちゃんの弟の八雲くんっているじゃない。あの子からの電話だったわ。
「八雲くんから⁉」
お母さんはさーちゃんの事も八雲くんのことも知っているから何の気無しに言っているつもりだろうけど、わざわざ今電話してきたことの意味を考えると、もしかしたらさーちゃん絡みの内容なのかもしれない。
「それで、八雲くんは何て?」
「さあ。アンタがまだ帰って無いって言ったら、後でまたかけ直すって言ってたわ。って、ちょっと…」
お母さんはまだ何か言おうとしていたけど、それを聞かずに電話機の元へと走った。
受話器を取って八雲くんのケータイの番号に電話を掛けると、しばらくのコール音が続いた後に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『霞さんですか?』
「八雲くん?電話があったって聞いたんだけど、何?もしかして、さーちゃんに何かあったの?」
『そんな発想が出たという事は、そっちで何かあったってことですよね。じつは最近、姉さんの様子がおかしいので気になって。学校ではどうしているのか聞こうと思ったのですが』
どうやらさーちゃんは家での態度まで変わってしまっているようだ。何があったか今全部話そうかとも思ったけど、もしかしたら長くなるかもしれない。
「今時間ある?できれば、どこかで会って話がしたいんだけど」
『僕は問題ありません。それじゃあ、いつかの公園で待ち合わせということでいかがでしょうか?』
ハチミツと八雲くんを初めて会わせたあの公園の事だ。こんな時だけどハチミツの散歩もサボるわけにはいかないし、あそこなら好都合。
「分かった。すぐに行くから待っててね」
急いで電話を切ると、すぐに散歩に行く準備をする。
出かける前に着替えようかとも思っていたけど、今はその時間も惜しい。私は制服のままリードを用意して玄関に行き、そこで待っていたハチミツの首輪に取り付ける。
「あれ、その格好でハチミツの散歩に行くつもりなの?」
「うん。八雲くんを待たせてあるから。少しでも急がないと」
「八雲くんねえ。そう言えばアンタに電話してくる男の子なんて、あの子くらいのものだっけ。もう高校に入って三年目になるんだから、彼氏の一人でも作ったりしないの?」
進路で頭を悩ませている娘に、勉強でなく彼氏ができるかどうかの心配をしてくるのだから。うちの親は中々に変わっている。
「別にいいでしょ。いざとなったらその八雲くんと付き合うから大丈夫」
「八雲くんかあ。確かにあの子はいい子だからねえ。あと2、3年もすれば立派なイケメンに成長するよきっと」
「…私にとってはすでに誰よりも格好いいから」
「え、何て言ったの?」
呟くように発してしまった一言は、幸いお母さんには届いていなかったようだ。
「何でも無い。それじゃあ、ちょっと行ってくるね」
私はハチミツを連れ、家を飛び出して行った。
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