その12センチに追いついて 2

 昔の面影を残した同級生達が集まる中、僕は男子のグループに囲まれて話に花を咲かせていた。と言っても、その話の内容と言うのが…


「それじゃあさっきは、年齢確認をされてたのか。水城、高校の時から全然変わってないんだな」

「良かったじゃないか、若く見られて。今でも制服を着れば高校生で通用するってことだな」


 先ほど店員さんに免許証を見せていた所を犬塚くんに見られていたのがいけなかった。皆は僕が高校生に間違えられたことを面白がっているようだけど、正直童顔は悩みの種だ。

 お酒を買う時いちいち免許証を見せるのも面倒だし、大学で後輩から年下だと思われてタメ口を聞かれることも少なくない。別にタメ口が嫌だというわけじゃないけど、その後先輩だとだと知った時の気まずい空気を思うと、後輩達に申し訳ない。

 それに童顔だと威厳や頼りがいというものがどうしても弱くなってしまう。やはり年相応に見られた方が良いとは思うのだけど……


「高校から変わってないってのは言い過ぎだよ。もう中学生に間違えられたりはしないからね」

「何?それじゃあお前は高校まで中学生に間違えられていたのか」

「まあ…」


 正確には高校までじゃなく、二十歳までだけど。

 成人式の日、散髪をしてから会場に行こうと思って床屋に寄ったのだけど、そこで中学生料金を請求された時はショックだった。身長は170を超えていたのになあ。

 さすがに中学生と間違えられることはもう無いけど、22歳という年齢を告げると大抵驚かれる。声変わりも殆どしなかったので、幼声のままだ。


「まあ良いじゃねーか。元気でやっているならそれで。大学、今年卒業だって?就職も決まっているんだろ」

「うん、4月からは役場勤め。卒業論文もできてるから、今は余った時間でバイトに勤しんでる」

「公務員か。やっぱり安定志向なんだな」

「そう言うわけじゃないんだけどね」


 役場に就職するのは犬塚君が言うように、収入が安定しているからと言うのが理由では無い。僕が入るのは福祉課。そして就職理由は、親を亡くした子供の力になりたいと考えたからだ。


 小学四年生の時に両親に先立たれ、それからは大変だった。

 それでも僕の場合は、姉さんがいたからまだ良かったと言える。姉さんが頑張ってくれたおかげで、今だって大学にも通えているし、何より寂しいと思う事が無かったのだから。

 福祉課に入ったところで、出来ることは限られているかもしれない。だけど僕と同じような立場の子供が辛い思いをしないよう、少しでも力になりたいと思って、この道を選んだのだ。

 生憎こんな事恥ずかしくて、犬塚くんに話すのは躊躇われるけど。


「僕のことより犬塚くんはどうなの?今は何の仕事をしているの?」

「俺か?普通の会社員だよ。安い給料でこき使われてる。酷いもんだぞ、この前もらったボーナスも嫁に盗られちまったしよ」

「へえ、もう結婚してるんだ」


 全然知らなかった。高校に入ってからは会っていなかったし、連絡も取ってなかったから。だけど彼ももう大人だ。結婚していても何ら不思議はない。


「相手はどんな人?」

「高校で一緒だった奴。試しに付き合い始めて、気がついたら結婚してたって感じだな。口やかましい奴だよ。あーあ、失敗したかもなー」

「そんなこと言って。案外悪くないって思っているんでしょ。昔から言っている事と本音が逆だったもの。例えば…」

「それ以上言うな!まあ、悪いとは言わねえよ。春には二人目も産まれるから、俺ももっと頑張らなくちゃなっても思うし」


 そう言ってビールのつがれたコップを口に運ぶ。

 犬塚くんの中学時代までしか知らない僕は彼がこんなふうにお酒を飲むのも、家族の話をする姿を見るのも初めてだから。何だか不思議な感じがする。


(みんな、知らないうちに変わっていってるんだなあ)


 そう思った時、ふと霞さんのことが頭をよぎった。

 田代霞さん。小学校の時からずっと好きな人。僕はあの人に追いつくために、早く大人になりたいと思ったんだ。

 結局大人になる前に、中学一年の時から付き合い始め、あれからもう十年近くが経とうとしている。そして今の僕達の関係は…


「そういやよぉ」


 僕の思考を遮るように、ビールを飲み終えた犬塚くんが尋ねてくる。


「お前の方はどうなんだ?大学に彼女でもいるのか?」

「大学ではないけど、彼女はいるかな」

「へえ、どんな子だ?可愛いのか?」

「可愛いって言って良いのかな?僕より五つ年上だし。綺麗って言った方がしっくりくるかも。覚えてないかな?小学校の時、僕に好きな人がいるって話したこと?」

「んん?そんなこともあったか…」


 犬塚くんは少しの間考えていたけど、やがてポンと手を叩く。


「思いだした!確か姉ちゃんの友達だって言う、高校生だった人だろ。何だ、その人と付き合ってるのか?」

「まあ」

「すげーじゃねーか。十年かけて口説いたのか。上手くやったなあ、コイツ」


 すっかり出来上がっているのか、機嫌良さそうに笑いながら僕にヘッドロックを掛けてくる。


「で、いったいどうやって口説いたんだ?詳しく話聞かせろよ」


 そう言った犬塚くんは本当に僕を祝福してくれているようで。昔同じ話をした時笑っていたのと同一人物とは思えない。

 しかし、喜んでくれるのは有難いけど、同時に罪悪感も覚えていた。何だか騙しているようで後ろ髪を引かれるような、そんな感覚。

 何しろ今は、霞さんと上手くいっているとは到底言えないのだから。

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