霞side
その12センチに追いついて 3
『クリスマスの日、よかったら会えませんか?連絡待っています』
八雲くんからもらったメールを眺めながら、私はベッドの上にうつ伏せていた。
田代霞、27歳。
専門学校卒業後は雑誌社に入り、先輩の指導の元アシスタントカメラマンとして活動中……なんて言ったら、一見上手くいっているように聞こえるかもしれないけど。
「私、何をやっているんだろう?」
ベッドの上で寝返りを打つ。
ここは借りているアパートの寝室ではなく、実家にある自分の部屋。私は正月休みを利用して帰省していた。いや、帰省させられたというべきだろうか。
去年の年末、何かと理由を付けて実家に帰ろうとしない私に両親が業を煮やして『帰ってこないならこっちから様子を見に行くよ』と言われたのだ。
別に来られて困ることは無いのだけど、何となく面倒くさい。今のアパートに押しかけられるくらいなら、素直に帰った方が良い。そう思っての里帰りだったのだけど。
「何をやっているんだろう?」
さっきと同じ言葉をもう一度繰り返す。そう言いながらも、目は右手に握られたスマホに映っている文字を追っていた。
『お仕事、お疲れ様です。来年はいよいよ僕も社会人になります。霞さんに負けないよう、頑張って行くつもりです』
『今年は大晦日までバイトがあります。けど年が明けたら同窓会があるので、里帰りはするつもりです。都合がいいようでしたら、その時会えませんか?』
さっきから眺めているのは、全て八雲くんから送られてきたメール。この活き活きとした文面を見ただけでも分かる。彼が真っすぐ前へと進んでいるということが。
けど、それに比べて私ときたら。前に進むどころか、最近では失敗ばかり。去年のクリスマスの時だって……
「―――ッ!」
その時の事を思い出し、胸が締め付けられるように苦しくなる。イルミネーションに彩られた街の風景を撮影している時に、先輩から言われたのだ。
『お前の写真には人を引き付けるものが無い』
ショックだった。けど、一言の反論もできなかった。だってそれは、誰よりも私がよく分かっていたことだったから。
学校では一生懸命写真の撮り方を学び、希望通りのカメラマンへの道を歩くことができた。
アシスタントカメラマンとして頑張って行けば、いつかは一人前のカメラマンになれる。そう信じていのに。そんな前向きな姿勢が崩れたのはいつからだっただろうか。
そうだ。最初に焦りを感じたのは、後輩の女の子を見た時だった。
私よりも一年遅く入社したその女の子は高卒で、年齢は3つ下だった。
『先輩の足を引っ張らないよう、頑張りますね』
そう言っていたのに。入社して一年が過ぎた頃、その子の撮った写真が賞を取り、私のちっぽけなキャリアを易々と追い越して行った。
『たまたま上手くいっただけですって。普段は田代先輩の方がずっと撮るのが上手ですよ』
そう言ってくれたけど。後輩に先をこされてしまったという事実は、焦りを感じさせるには十分だった。
別にその子が悪いというわけでは無い。天真爛漫な人柄もとても好きだし、その子の撮る写真も、素直に上手だと思っている。
だけどその写真を見るたびに、やっぱり私の方が劣っているような気がして。何とか結果を残さないといけない思い、日に日に焦りは強くなっていった。
風景に動物。撮りたい物や残したい絵は次々とカメラに納め、これなら大丈夫と思える写真も何枚か撮れた。
だけど結果は良くなかった。使われる写真が全く無いわけじゃ無かったけれど、何だか全然成長していない気がして。次第に何を撮れば良いのかも分からなくなってしまった。
そしてクリスマスの時に言われた、人を引き付けるものが無いという言葉。それが胸に深く突き刺さった。
先輩はその後、こうも言っていた。どう撮るかばかりに気を取られて、何を取りたいかが欠落していると。
けど、仕方ないじゃない。同じ被写体をとっても、私と先輩との差は歴然としているし。だから技術を磨こうって頑張っているのに、どうしてそんなことを言われなくちゃいけないの?
そう思うと、またも胸が苦しくなってくる。私はそんな嫌な気持ちを振り払うかのように、もう一度スマホに目を向ける。
「八雲くん、今頃同窓会かあ。楽しんでいるかなあ」
水城八雲くん。私のずっと好きな人。
そう言えば八雲くんは、いつか私に追いつきたいって言っていたっけ。あの頃は私はまだ高校生で、八雲くんは小学生。きっと小学生の目からは高校生の私は、とても大人びて見えたのだろう。実際は全然そんなこと無かったのだけど、それでも追い付いてみせますって張り切る八雲くんを見るのがとても好きだった。
だけど八雲くんは今の私を見ても同じことを言ってくれるだろうか。いや、きっとそうはならないだろう。
小さかった八雲くんももう大人だ。背だってとっくに私を追い越している。そんな成長した八雲くんの目には、私はいったいどう映るだろう。きっととても情けなく、惨めでダメな大人と捉えるに違いない。
分かってる。分かってるよ、それくらい。
そんなどうしようもない今の姿を見せたくなくて。クリスマスには会いに行けなかった。
八雲くんと顔を合わせるのが怖くて、逃げたのだ。その結果先輩にダメ出しをされたわけだけど。
無理も無いか。そんな後ろ向きな気持ちで撮った写真が良い物のわけが無い。そうしてますます惨めになった私は、今度の正月は帰らないから会えないと八雲くんにメールを送ったのだった。実際はこうして帰ってきているのだけど。
「こんなこと、いつまで続けるんだろう……」
自分自身にそう問いかける。こんな会ってもくれないような女なんて、すぐに愛想をつかされるんじゃないか。そんな不安がよぎる。だけど会ったら会ったで、幻滅されそうで怖い。
「……12センチ、かぁ」
そんな言葉が漏れる。八雲くんは以前、12センチある目線の高さの違いを追いかけると言っていた。
けど今ならハッキリ言える。かつて八雲くんが憧れ追いかけた田代霞は、もうどこにもいないのだと。そして八雲くんは私より、遥か先を歩いていると。
「追いつくどころか、もう追い越しちゃってるよ」
今の私は八雲くんにとって邪魔なだけなのかもしれない。だけどそう思ってしまうと同時に、それを認めたくない自分も確かにいる。だって認めてしまったら、八雲くんと一緒にいられなくなってしまうから。
私にとって八雲くんは決して離れたくない、大好きな男の子になってしまっていた。
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